冬馬は夕飯にすき焼を御馳走になった。キッチンに入るのは初めてで、多少緊張した。四人掛けの食卓で、冬馬は翔の隣に腰を下ろした。
 隣にいる翔と、「美味しいね」と笑い合いがなら、冬馬は、年末に家族全員が揃った時、母がすき焼をしてくれたことを思い出していた。そういえば、母は、父が栄転で本社勤務となり、兄が就職して父と暮らすようになってから、全員が顔を揃えない限り、鍋料理をしなくなった。最初は六人だった家族が、今は二人欠けて四人になっている。春になれば、冬馬は寮に入り、今後は三人になる――。
 そこまで考えた時、冬馬ははたと気が付いた。
「どうした?」
 箸を止めている冬馬に、横から翔が心配そうに声をかけた。
「いや、なんでもないよ」
 冬馬は再び箸を動かす。今更ながら、冬馬は翔が両親と暮らしていないことに初めて気が付いた。翔は年の離れた兄や姉と、三人暮らしのようだった。冬馬自身、父の仕事の都合で離れて暮らしているが、何か事情があるのだろうか。冬馬は翔の口から、両親のことを一度も聞いたことがなかった――。
 壁にかけられたカレンダーが視界に入った。一箇所だけ、花丸の付いた日があった。二月二十日――。既に過ぎてしまったその日は、翔の誕生日だった。
 夕食後、冬馬は翔よりも先に風呂に入った。冬馬と入れ違いに、翔は部屋を出て浴室に向かう。冬馬は翔の部屋を、改めて見回した。受験勉強のために、足しげくここに通っていたが、この部屋でくつろいだことは一度もなかった。自然と足は本棚に向かった。翔はどんな漫画を読むのだろうと、漫画のタイトルを見る。冬馬は少年誌の野球漫画を一冊手に取った。
 冬馬は弟の健悟と共に、この漫画のアニメを見たことがあった。冬馬がこれを読もうと思ったのは、主人公の性格が翔に似ているような気がしたからだ。翔のベッドに凭れかかり、漫画のページをめくっていく。次第に冬馬は、その世界に引き込まれていった――。
「冬馬。ちゃんと髪乾かしたか?」
「え?」
 いつのまにか、翔が風呂から戻って来ていた。知らぬ間に熱中してしまったようだ。パジャマ姿の翔を目の当たりにし、冬馬は妙な緊張感を覚える。
 翔が目の前に現れ、手を伸ばしてきた。顔を背けると、髪に触れられた。
「まだ濡れてる」
 眉根を寄せてそう言ってから、翔の手が離れた。
「ちょっと待ってて」
 そう言い残し、部屋から出て行く。タオルとドライヤーを手に、すぐに翔は戻ってきた。
「ありがとう」
 冬馬は手を伸ばして受け取ろうとするが、翔は冬馬の隣に腰を下ろした。冬馬の頭にタオルをかけ、丁寧に拭いたのだ。
「――ちゃんと乾かさないと、風邪ひくぞ」