二月下旬の週末、冬馬は北見沢家に招待された。合格発表が一週間前にあった。冬馬と翔は、無事に帝仁高校への入学が決まったのだ。
 翔が担任に合格したと伝えると、「奇跡だ!」と言われたそうだ。翔の兄と姉も、大げさに喜んでくれたらしい。「一緒に勉強してくれた子に、是非お礼を言いたい」と、兄にせがまれたそうだ。
「宿泊込みで、家に来てくれだって」と、翔にはにかむような表情で言われた。冬馬は困惑する。
 ――『宿泊』って……!深い意味はないだろうけど……一晩一緒に過ごすって……。
「嫌なら、断ってくれていいんだぜ?」と寂しそうに翔が言うので、ほとんど衝動的に、「行く」と、返事をしてしまった。次の瞬間には後悔していたが、あまりにも翔が嬉しそうに笑うので、つられて笑ってしまった。

 冬馬は翔の兄である翼に、初対面で深々と頭を下げられていた。
「弟と一緒に勉強してくださって、本当にありがとうございました!」
 靴さえ履いたままで、冬馬は玄関先で立ち尽くしていた。
「――いえ、僕も楽しかったですし」
 早く頭を上げてもらおうと、冬馬は言葉を選ぶ。
「弟は、担任の先生にまで見放されていました!」
 翼は顔を上げてくれたが、まだお礼を止めてはくれない。そして冬馬の右手を握り、顔を近付けて必死に訴えてきた。
「あなたと一緒でなければ、翔は絶対に勉強なんかしませんでした!」
 突然冬馬の視界を、翔の腕が遮った。翔は冬馬をかばうように、兄の前に立ちふさがる。翼はやっと手を離してくれた。
「翼、上がってもらいましょうよ」
 後ろから翔の姉が、声を掛けてきた。翼は、冬馬がまだ靴を履いたままであることにやっと気付いたようだ。
「申し訳ない」
 翼は後ろに下がり、冬馬が靴を脱ぎやすいようにスペースを空けた。
「全く……」
 翔が吐き捨てるように言った。
「ごめんな」
 翼が近付き過ぎないよう、翔は冬馬をかばうように立っている。
「いいよ」
 冬馬は微笑して応えた。
 翼は、眼鏡をかけたインテリジェンスという感じだった。どちらかというと体力に頼ったところのある体育会系の徹とは、大きく違うようだ。この人が、翔が帝仁を目指すきっかけを作った人なのかと、冬馬は改めて翼を凝視する。姉の方が年上なのだろう。翼は何やら怒られているようだ。
 冬馬は隣に立つ翔に視線を移す。一見して翔は、兄とも姉とも似ていないように思えた。けれども、翼が纏っているどこか陰のあるような雰囲気は、時折翔が見せる憂いのようなものと、共通しているように思える。