「うん。覚えてるよ」
 城崎のことは印象に残っていた。相手も三年で、当然最後の大会だった。あまりにも手応えなく勝ってしまったため、相当なショックを受けているだろうと思っていた。だが、城崎は試合後の握手の時、満面の笑みを浮かべていたのだ。「おまえ、つえーな。全国行けよ」と、城崎はそう言った。
「あれ? 知り合いだったんだ?」
 翔が冬馬と城崎を交互に見た。
「ああ。テニス部で会ってる……。ていうかおまえこそ、何で木下と知り合いなんだ? 元バレー部員のくせに」
 城崎に疑問を投げ掛けられ、翔は困った顔をした。
「ああ……。ちょっとな……。会ったんだよ。運命的に」
 翔が苦し紛れに応えた言葉に、冬馬は思わず顔を背けた。一遍に顔が熱くなってしまった。試験前なのに、困ってしまう――。
「おまえ北見沢だろ? 東中バレー部のエースアタッカーの……」
 後藤のどすをきかせた声が、冬馬を現実に引き戻した。
「――え? そうだけど?」
 そこで初めて翔は、正面で静止していた後藤に気付いたようだ。後藤の表情からは、憤怒の色が見て取れた。
「後藤……どうしたの?」
 冬馬が後藤の顔を覗き込むようにして尋ねた。けれども、後藤は視線を動かそうとはしなかった。翔は後藤をまじまじと見て、心底困ったような顔をした。
「……悪いけど俺……君のこと覚えてないんだけど……」
 その瞬間、後藤の右腕に緊張が走ったように見えた。殴りかかるのではないかと思い、冬馬は両手で後藤の右腕を掴み、後ろに下がらせた。
「後藤。お腹は大丈夫なの?」
 そう言われて、後藤は真っ青になった。お腹の痛みを思い出したのだ。
「そうだった……。トイレ行くわ……」
 後藤はお腹を押さえながら、翔のすぐそばを通り過ぎて出口へ向かった。すれ違う瞬間、後藤は翔に恨みを込めた視線を送っていた。
「席に行こうぜー」
 遣り取りを傍観していた城崎が冷静に言った。
「そうだな」
 翔が応える。後藤が出て行った出口から視線を戻した。城崎が受験票を見て、左側の階段を指差した。
「あっちから降りた方が早い」
「ああ」
 翔が城崎の後ろを付いて行こうとした時、冬馬は思わず翔の袖口を掴んでしまった。振り向きざまに、翔の瞳が大きく見開かれる。翔の顔が目の前にあった。不意打ちを食らったためか、翔の頬がうっすらと上気している。
「――冬馬……?」
 声と同じように、彼の瞳も揺れているように見えた。
「最後まで頑張ろう!努力は決して、裏切らないから!」
 袖口を掴む手に力を込めて、冬馬は言った。不自然に見えたとしても構わない。受験前にどうしても、翔にエールを送りたかった。掴んでいた腕を引き寄せられ、一瞬だけ抱きすくめられた。
「ありがとう」
 またしても耳元で熱っぽく囁かれる。すぐに体が離れた。翔は手を振って、城崎が待つ方へと歩いて行った。