「……そっか……」
 方便であることは容易に理解できた。入試の前夜に、団欒も何もないのだから――。
「帰りは、一緒に帰ろうな」
 そう言われて、冬馬も笑顔を作った。
「――うん」

 冬馬は入試当日、父と兄に見送られてマンションを後にした。帝仁高校の門が開くと同時に、敷地内に足を踏み入れる。門の開閉を行っていた高峰が冬馬の受験票を見て、教室の場所を教えてくれた。一学年全員が収容可能な、大教室のようだ。
「どうか落ち着いて問題を解いてください。今まで努力してきた、あなた自身を信じてください。そして最後まで、諦めないでください」
 高峰が門の前で熱いエールを送ってくれた。
「はい」
 冬馬は口元を綻ばせて頷いた。多少緊張していたが、高峰に会ったことでリラックスできたような気がした。
 冬馬が大教室に入った時、やはりまだ誰も来ていなかった。中央付近の階段を降りて行き、自分の受験番号が貼られた席を見付けて腰を下ろす。生徒たちが座る席は段になっており、前方の教壇を見下ろす形になっている。当然のことながら、中学にはこのような教室はなかった。私立高校となると勝手が違うようだ。
 ダッフルコートを脱ぎ、畳んで隣の座席に置いた。筆記用具を取り出し、試験の準備をしていると、だんだんと受験生が到着してきた。
 しばらくしてから腕時計を見ると、時刻は集合時刻の三十分前になろうとしていた。冬馬は内心不安になる。同じ教室とは限らないが、隣の学区の中学なのだからこの大教室で受験の可能性が高い。冬馬と同じクラスで元バレー部員の後藤は、既に到着していた。後藤は冬馬の後ろで、緊張のため蒼い顔をしている。
「……トイレ行っとこうかなー……」
 真っ青な顔でそう言うので、冬馬は促した。
「まだ三十分あるから、行ってきなよ」
 後藤は頷いてとぼとぼと歩いて行く。
「……あ!?」
 出口に向かって階段を上っていた後藤が、奇妙な声を上げる。冬馬が振り返ると、後藤の視線の先に翔が立っていた。
「翔! 良かった! 遅刻しちゃうのかと思ってたから」
 冬馬は立ち上がって、翔の元へと走る。
「冬馬。おはよう」
 翔が破顔した。後藤は食い入るように、翔をじっと見ていた。
「――お? 木下じゃないか!」
 別の声に呼ばれた。翔の後方に見知った顔があった。確かテニスで以前対戦したはずだ。
「俺のこと覚えてるか?」
 翔を押しのけて前に出てきたその人物を、冬馬は記憶から手繰り寄せる。
「東中の城崎だよ。初戦でおまえにぼろ負けした」
 言葉とは反対に、城崎は嬉しそうだ。