冬馬の口から「家を離れてみて」という言葉が出たことに、父と兄は同時に眉宇に深い皺を刻んだ。
「さっき、高峰先生に会って、ますます帝仁に行きたくなったんだ。いい先生だよ。聞いてみたんだけど、友達のお兄さんのこともちゃんと覚えてた。寮生活は不安だけれど、高峰先生がいたら、やっていけそうな気がする」
 あの人は本当に、生徒のことを考えてくれている。冬馬はそう思った。
「俺、帝仁に行って……」
 冬馬はそこで躊躇する。何を言うべきか迷い、言葉を選んだ。
「自分のことを……色々と考えてみたいんだ」
 それは紛れもなく、冬馬の本心だった。自分はどうして生かされたのか――。それが知りたいと思った。
 父は大きく息を吐き、資料に目を落とす。
「……進学率もいいみたいだな」
「うん」
 冬馬が受験するはずだった公立高校よりも、大学進学率は少し高い。
「……テニス部もあるようだな。それ程強豪というわけではなさそうだが」
 部活動の紹介ページを見て、父は徹に顔を向ける。
「帝仁はここから近いから、応援に行けるなあ」
「うん。そうだね」
 二人は嬉しそうだ。冬馬自身は高校でテニスを続けるつもりはなかったが、この状況では言い出せない。
「それじゃあ……」
 遠慮がちに冬馬が尋ねる。父と兄は顔を見合わせた。
「全寮制っていっても、ここから近いから安心できるし」
 兄が先に言う。それを受けて、父が頷いた。
「うん。私たちのマンションがすぐ近くにあるから、お母さんも安心だと思う」
 母のことを言われて、冬馬は戸惑った。「そうかなあ」と口角だけを上げて、無理に笑ってみせる。そんな冬馬の様子を見て、父と兄は慈しむような眼差しを、ただ向けているだけだった。
「お茶入れようか」
 父が立ち上がって、食器棚からティーカップを取り出す。
「俺はコーヒー」
 兄が自分の分を準備するために立ち上がる。二人の様子を見ていた冬馬は、あることを思い出していた。父がいつも墓に供えているマーガレットの花束のことだ。ずっと気になってはいたが、尋ねるきっかけも勇気もなかった。
「さあ、どうぞ」
 父が紅茶を入れてくれた。
「ありがとう」
 冬馬は紅茶に口を付ける。心地良い香りが鼻腔に広がった。
「お父さん。俺、聞きたいことがあるんだけど」
「うん?」
 父がティーカップをテーブルに置いて先を促した。
「マーガレットの花束のこと」
 今なら、訊ける気がした――。