生徒たちの健やかな学校生活を全力で支援する。それが、私たち教員の務めなのです」
 高峰はそこまで言うと、徹の方へと向き直った。
「木下さん」
 改めて名を呼び、深々と頭を下げた。
「どうか、冬馬くんの気持ちをしっかりと聞いてあげてください」
「そんな……頭をお上げください」
 予想外の事態に徹はうろたえている。
「どうか」
 頭を上げようともせず、高峰は重ねて言った。
「わかりました」
 徹はどうやら、高峰の熱弁に心を打たれたようだ。それを受けて顔を上げた高峰は、安堵したように微笑んでいた。

 高峰に挨拶をして、二人は帝仁高校を後にした。マンションに向かう前にスーパーに寄って、食材を調達した。昼食は徹が作るようだ。
 なるほど。徹たちのマンションは、交差点を真っ直ぐ進んだ最初の通りにある。さっき徹が言っていた寮生の噂話は、その場しのぎの出たら目というわけではないかもしれない。
 徹が作った海老ピラフを、三人で食べた。兄はいつのまにか料理が上手くなっていた。冬馬も野菜を切るなどして手伝った。
「それで、志望校は決めたのか?」
 昼食を終えて、冬馬は父と向かい合って座っていた。奥の流しでは、徹が後片付けをしている。
「うん」
 冬馬は鞄から帝仁高校の資料を出して、父の方へ差し出した。
「俺、帝仁高校を受験したいんだ」
 父はすぐには反応しなかった。緩慢な動作で資料を手に取り、ぱらぱらとめくる。しばらくの沈黙の後、口を開く。徹と違って驚いてはいないようだ。
「冬馬が帝仁を受けたいというのなら、止めはしないが、その理由を知りたい」
 兄が片付けを終えて、手を拭きながら戻ってきた。
「帝仁高校の生徒たちは、見る限りちゃんと交通ルールを守っているようだし、悪い噂も聞いたことがない」
「先生も良い人だったよ」
 徹が父の隣の椅子を引いて腰掛けた。
「会ったのか?」
 父が徹に尋ねた。
「うん。ついさっき。寮の前で」
「そうか」と、父は小さく頷いた。
「なあ。冬馬」
 父は改めて、冬馬に投げ掛ける。
「生徒たちも寮の先生も、別段悪いというわけではないようだが、帝仁は決して、有名校というわけではないだろう」
 冬馬の志望校をけなさないように気を遣って、父は言葉を選んでいた。冬馬の瞳を真っ直ぐに見詰めて父は言う。
「帝仁高校を知ったきっかけと、入学したいと思った理由を、聞かせてくれないか」
「それ、俺も知りたい」
 兄も横から言った。
 冬馬は膝の上で拳を握った。電車の中で考えていたことを話すべき時が来た。一度閉じた瞼の裏には、あの日の翔の、目に涙を溜めた顔が浮かんでいた。
「帝仁高校は、友達のお兄さんが行ってた高校なんだ」
 冬馬は顔を上げて話し始める。冬馬の心は穏やかだった。
「その友達が言ってたんだ。お兄さんは帝仁で夢を見付けたって」
「友達のお兄さんは帝仁に行って、自分のこと、周りのこと、家族のことをじっくり考える機会が持てたんだって。家を離れてみて、初めて色々と考えたって」