冬馬は会釈した。
「それはそれは」
 男性は強面のように見えるが、笑うと途端に優しそうな顔になった。
「私は、一号館で寮監を務めております。高峰(たかみね)映二(えいじ)と申します。帝仁高校の教諭でもあります」
 高峰は頭を下げた。
「木下冬馬です」
 冬馬もお辞儀をした。
 顔を上げ、改めて高峰を見た。翔に聞いた話を思い出しながら、冬馬は口を開く。
「――北見沢翼さんを知っていますか? 友達のお兄さんなんですが、ここの卒業生だそうです」
 高峰は少し驚いたようだが、やがて柔和な笑みを浮かべた。
「――ええ。よく知っています……。そうですか……。翔くんのお友達ですか……」
 高峰は懐かしそうに目を細めた。
「翔のことも知ってるんですか?」
「はい。もう十年近く前になりますか……。一度遊びに来てくれたことがありました……」
 十年近く前というと、翔がまだ小学生になるかならないかの頃だろうか。
 高峰は後ろを向いて寮を見上げた。冬馬も彼の視線を追う。
 門を挟んで二本の木が立っていた。三階に届くかと思われる程の高さまであるその木は、葉を数枚しか付けていないことから、桜であろうとわかった。「春になったら、翔と一緒に花見がしたい」と、冬馬は思った。
「静かでしょう」
 寮を見ながら高峰が言う。グラウンドからは相変わらず声が聞こえていたが、眼前の寮は静まり返っていた。
「いつもこうなんですか?」
「今日は特に静かです。ほとんどの三年生は、センター試験で早朝から出ています。私立大学を受験する三年生は自室で勉強していますからね。運動部の一・二年生は部活動で寮にはいません。帰宅部や文化部の生徒たちは、まだ休んでいるのかもしれませんね」
 土曜日の午前中だ。寮生活も一年近く――あるいはそれ以上経つと、休みだからといって騒いだり羽目をはずしたりしないものなのだろう。
「五年前に二号館が建ち、生徒数が増員されました」
 高峰がおもむろに話し始める。冬馬は顔を高峰の方へ向けた。澄んだ低い声だった。
「一クラス三十人。一学年六クラスあります。実に五百四十人もの生徒が、我が校の寮で生活しています」
 冷たい風が吹き、桜の梢を揺らす。よく見ると桜の木の枝先には、小さな蕾が付いていた。命が芽吹く春に向けて、準備しているのだ――。
「わずか十五歳の子供たちが、親許を離れ、『自律』への道を歩んでいくのです」
 冬馬は眼前の一号館を見上げる。一号館と二号館に分かれてはいるが、大人数での共同生活――。それは、冬馬にとって未知のものだった。
「寮生活には、メリットとデメリットがあります」
 冬馬の不安を汲み取り、高峰が続ける。