頭を撫でられるのは照れ臭かったが、冬馬はされるがままにしていた。
「よく来てくれたねえ」
「……うん」
 この家独特の、木の匂いが心地良かった。ここは、父と、父の二人の弟が育った家だ――。

 受験生である冬馬は、父や祖父母の計らいで、食事や食後の団欒の時以外は、奥の静かな部屋で勉強をした。六畳の和室に、古めかしいデスクがあるだけの簡素な部屋だった。
 冬馬は持って来ていた英単語帳を開く。寒くないようにと、祖父が電気ストーブを運んでくれたおかげで、部屋は温かかった。祖母もブランケットを持って来てくれたので、足元も温かい。冬馬は襖の上方にある掛け時計を見上げる。おそらく、数十年そこにあるのだろう古びた時計は、この部屋の前の持ち主を知っている――。
 冬馬はデスクを撫でるようにさすった。そして、心の中で決意を語る。
 ――父さん。俺、頑張るから。

 大晦日の夜は、家族と紅白を見ながら、年越し蕎麦を食べた。元旦は、祖父母と叔父夫婦と母が用意してくれたおせち料理を味わう。家族全員で近所の神社へ初詣に出掛け、冬馬は穏やかな正月を過ごした。

 三日の朝、冬馬は父と兄と連れ立って、近所の寺へ向かった。途中花屋へ寄る。父が買ってきたのは、マーガレットの花束だった。寺務所で線香を購入し、墓地へ向かう。朝早い時間であったため、墓地は静かだった。
 三人はある墓の前で立ち止まる。墓石には木下家と刻まれていた。父がマーガレットの花束を供えた。徹がライターで線香に火を付ける。冬馬も線香を受け取って、供えた。無言で合掌する。
「戻るか」
 しばらく経ってから、父が言った。
「うん」
 冬馬が頷く。
 歩き出した父の後に続きながら、もう一度墓石を振り返る。墓石は普段から磨かれているのか、汚れが付いていなかった。

 夕方には自宅に着いた。明日から仕事始めだという父と兄は、早めの夕食を済ませると、マンションに向けて出発した。
 その夜、冬馬は難関高校のレベルに合わせて作られた問題集を一題解き終えてから風呂に入った。湯船に浸かっていると、脱衣所の外から母が呼び掛けてきた。
「冬馬。年賀状、テーブルに置いておくわよ」
「はーい!」
 冬馬は声を張り上げて返事をした。
 ドライヤーで髪を乾かし、喉の渇きを潤すため、リビングに行った。お茶を飲んでいると、テーブルに置かれた年賀状に自然と目が行った。
「もしかしたら……」と、淡い期待を抱きながら、冬馬はゆっくりとお茶を飲み干した。首にタオルをかけたまま、冬馬はそそくさと自室に戻る。手には、自分宛ての年賀状が握られていた。デスクに年賀状を置き、椅子に座って、呼吸を落ち着かせる。