三十日の夜、冬馬が風呂から上がると、父と兄がリビングでまだ晩酌をしていた。
「飲み過ぎじゃないの?」
 心配になって兄に声をかける。徹は真っ赤な顔をしていた。
「大丈夫だって。ちびちび飲んでるから。つまみだって食べてるし」
 確かに、テーブルの上にはスルメイカやチーズが並んでいた。一升瓶にはまだ、酒が大部分残っていたし、二人で少しずつ飲んでいるようだ。
「五年後の正月には、三人で晩酌できるかなあ」
 徹がしみじみと言う。どんな反応をすればいいのかわからず、冬馬は曖昧に微笑んだ。
「お互いに忙しくてな。マンションでは、酒なんか飲まないんだ。仕事関係で飲む時は、気が張ってるし」
 今まで黙っていた父が口を開く。
「そうそう」
 徹が同意した。
 父が持っていたお猪口をテーブルに置いた。
「冬馬」
 父が改まって、冬馬の名を呼ぶ。促されるままに、向かいのソファーに腰を下ろした。母たちは既に寝入ったようで、辺りは静けさで満ちていた。
「本当に、公立一本でいくつもりか?」
 父が、はっきりとそう言った。父には帰ってきたその日のうちに、通知表を見せていた。その成績を見た上で、父は言っているのだと理解した。冬馬の成績は、五段階評価でほぼ満点だったのだ。
「他に、気になっている高校はないのか?」
 父の問いかけに、冬馬の心は揺れた。真っ先に思い浮かんだのは、翔の顔だった。その動揺を見て取ったのか、父は続ける。
「私立高校でも構わないんだぞ?」
「そうだ! 明慶は? A判定だったんだろ? ……あそこは部活が盛んじゃないか……。でも冬馬ならどこだって……」
 徹が横から口を挟んだ。父と兄には、模試の結果を報せてあった。
「明慶はちょっと……」
 冬馬は微苦笑を浮かべる。妹の麻里のことが念頭にあった。これ以上麻里ともめたくなかった。麻里はおそらく、冬馬が明慶に行こうものなら、口もきいてくれなくなるだろう。
「何も明慶だけが私立高校じゃない。テニス部が強いところに行ってもいい。明慶よりも通いやすいところで、レベルの高い高校なら他にもあるんじゃないか?」
 父が落ち着いた声で言った。麻里と折り合いが悪いことを知っているのだ。
 明慶高校までは電車で一時間近くかかる。父は、冬馬が自宅から高校に通うことを前提で話している。冬馬は膝に置いた拳を握る。高校など、最終学歴となる大学に進学するための、足がかりだとしか考えていなかった。ある一定の学力レベルに達していれば、どこでも良かった。翔に出逢うまでは――。
「……気になってる高校は……あるよ……」