その夜、珍しく翔の方から電話がかかってきた。
『帝仁を勧めるのは、今日だけだから! お願いだから今日だけは、俺の話を聞いてくれ! 頼む!』
 翔の声は、微かに震えているような気がした。冬馬の手元には、帝仁高校のパンフレットがあった。勉強の合間に読もうとした時、丁度着信があったのだ。
「――うん。いいよ。話して?」
『ありがとう』
 少しの間の後、翔は続ける。
『……帝仁は、俺の兄ちゃんの母校なんだ――』
 翔の兄は、『(つばさ)』という名だそうだ。翼は現在、システムエンジニアとして働いている。
 翼が帝仁高校に在学中、寮監の教諭がホームページの制作を任されていた。その作業を手伝っているうちに、コンピュータシステムの面白さに興味を持ったそうだ。
「へえー。なんかかっこいいお兄さんだねぇ。高校生の時の夢を叶えたんだね」
『――ああ。ホント……。かっこいい兄貴だよ……』
 翔は深い悲しみをこらえているようだった。たまらずに、冬馬は自分の兄の話をした。
「俺のお兄ちゃんなんて、元高校球児なんだけど、偏差値高い学校でさ。部活なんて二の次だったもんだから、高校野球全敗なんだよ」
『……へえー』
 翔の声が少し和らいだような気がして、冬馬はほっとした。
『帝仁で目標が見付かったって、兄ちゃんは言ってた。寮に入って、家族のこととか……じっくり考えられたんだって……。今の自分にとって、何が一番大事なのかを……じっくり……考えたんだそうだ……』
 それを聞いた時、冬馬は思った。翔が帝仁に行きたい理由は、これなんじゃないかと――。