翔が小さな感動を覚えている間に、少年は川面に視線を移していた。よく見ると、少年は学生服の上に薄手のコートを着ているだけで、他の防寒具を一切身に付けていなかった。
 少年は橋の欄干に手をかけ、川面を見詰めている。翔の目を引いたのは、整った眉の間に、深い皺を刻んでいるように見えたからだ。街灯に照らされた少年は、まるで恨みでもあるかのようにじっと川面を睨んでいる。
 翔は少年の視線の先を追って川面を見た。ただ暗闇が、淀んで見えるだけだった。実際には水の流れがあるのだろうが、月や星の明かりがない今夜は、音でしか川の流れを確認できない。どれ程の時間、ここで過ごしていたのだろう。欄干に置かれた手は赤くなり、凍えているのがわかった。
「君、帰らないの?」
 翔は慎重に言葉を選びながら、ゆっくりと間合いを詰めるように少年に近付いて行った。足下に何かが置かれていることに気付く。
「これ……」
 綺麗にラッピングされた、白い花のブーケだった。中心の雄しべと雌しべを取り囲む、一枚一枚分かれた白い花びら。恋占いに多く用いられる。マーガレットの花束だ。
 少年は欄干から手を離し、かがんで花束を見た。花束は、欄干に立て掛けるように置いてあった。
「お父さんか……お兄ちゃんが……来てくれたんだ……」
 少年が呟いた。
 彼は川の方に向き直り、目を閉じてしゃがんだまま両手を合わせた。それを見た翔も、少年に倣って、腰を落として目を閉じて両手を合わせた。気配を感じたのか、少年が微かに眉根を寄せ、薄目を開けて隣を確認する。そして、また目を閉じた。口元が少し綻んでいる。
 翔は目を開けて、改めて隣の少年を見た。頬や耳が赤くなり、合掌している指先も真っ赤だった。翔の鼻先に冷たいものが当たった。雪が降ってきたのだ。
 翔は自分がかぶっていたニット帽を取り、少年にかぶせた。
「――え?」
 彼は目を開けて翔を見る。翔は構わず、自分のマフラーを少年の首に巻いてやった。頭と首に冷気を感じ、翔はダウンジャケットの首元のファスナーを引き上げる。そして、手袋をはずし、少年の手にはめた。少年の手は触れた時、氷のように冷たかった。
「これ……」
 立ち上がって、少年は付けられた防寒具と翔を交互に見た。
「貸してやるから、早く帰った方がいいよ。家族の人が心配してる」
 少年の表情が急にけわしくなった。
「誰も、心配なんかしてないよ。だから、これ返すよ」
 少年は手袋をはずそうとする。翔がそれを制した。
「俺が心配してる!」