すらすらと解法を書いていく。書き終えてから公式と解き方の説明を加えたが、彼は口を半開きにしたまま静止していた。
「わかって……ないみたいだね」
 そう言うと、翔は俯いた。
「面目ない……」
「どのへんがわかんない?」
「公式とか……全然」
 自分の説明が悪いのかとも思ったが、そういうわけでもないらしい。そういえば部活を引退するまで勉強したことがなかったと言っていた。どうやら誇張して言ったわけではないようだ。
「これは……基礎からやった方がいいね」
 匙を投げたいところだが、翔が相手ではそうはいかない。
「基礎?」
 翔が顔を上げた。
「うん。一年生の問題から、復習していくしかないよ」
「えー? 一年から?」
 翔はあからさまに顔を歪めた。
「地道だけど、確実な方法だよ。確かに入試までそんなにないけど、教科書に載ってるまとめ問題を順番にやって、弱点を克服していけば、やってやれないことじゃないと思うよ」
 翔の表情が少し明るくなった。
「そう思う?」
 恐る恐る翔が訊いてきた。
「うん。大丈夫! 俺がついてるから。一緒に頑張ろう!」
 突然翔が両腕を広げ、こちらに手を伸ばしてきた。抱き締められていると理解するまで、数秒かかった。
「ありがとう」
 耳元で翔の声が響き、すぐに体が離れた。彼は立ち上がって、デスクの引き出しを開き、中を覗き込んでいる。
冬馬はのろのろと移動し、向かいの位置に戻った。顔が熱い。
 ――びっくり……した……。
 しばらく思考が止まってしまった。冬馬は両手で顔を覆う。勉強を教えることに夢中になり、至近距離過ぎたことに今更のように気付く。冬馬は頭を抱えてうずくまった。まさに穴に入りたい気分だった。
「どうした? どこか具合でも?」
 頭上で、翔の心配そうな声がした。冬馬を困惑させている自覚があるのか、それともないのか。人の気も知らないでと、冬馬は恨みがましく翔を見上げる。翔と目が合った。先程までとは打って変わって、元気を取り戻したようだ。
「大丈夫か?」
 晴れやかな顔をしている翔を見ていると、どうでもよく思えてきた。
「……うん。なんでもない」
 少し笑って、冬馬は応えた。それを受けて、翔は冬馬の向かい側に腰を下ろし、持ってきた一年生の教科書を広げる。
「まとめ問題をすればいいんだよな?」
「うん。それぞれの章の終わりに付いてるやつ。とりあえずやってみてよ。わからなかったら飛ばして。終わったら言って。答え合わせするから」
「わかった」