「……それこそ……女の子にいう台詞だよ」
 心の声がまた漏れてしまった。
「いいじゃん!かわいいんだから」
 かわいいかわいいと連呼され、恥ずかしくなった。視線を下に落とすと、腕に抱くようにして持たれた上着が目に入った。これ以上はもう、無理だと思った――。
 ――翔のこの輝く瞳に見詰められ続けることに、もう耐えられない……。
「そちら、セールで三割引となっております」
 営業スマイルで店員が言う。値札を確認すると、兄に渡された金額で買えるとわかった。
「……これにするよ」
「やったね!」
 翔は嬉しそうだ。
 会計のために、コートを脱いでレジに向かう。
「はい」
 満面の笑みで、鞄を差し出される。油断していたため、少し手が触れてしまった。一瞬だったが、翔の体温が感じられた。それだけで、心臓が破裂しそうだ。
「こちら、着て行かれますか?」
 ビニール袋に入れる前に、店員が訊いてきた。
「そうすれば?」
 隣にいる翔が言う。翔はまだ、腕に抱くようにして冬馬の上着を持っていた。
「……じゃあ、そうします」
 半ばやけになりながら、早くこの場から立ち去りたくて、冬馬はそう応えた。
 店員に値札を取ってもらったダッフルコートを着て、二人は並んで帰路につく。太陽が西の山稜にさしかかっていた。
 来た時と違って冬馬は無言だった。少し前を歩いていた翔が、振り返って冬馬を見る。
「……なんか、気に触った?」
 憮然とした冬馬に、翔が尋ねる。
「――だって、人前であんな……」
 頬を赤らめ、とがめるように冬馬は言う。「人前じゃなかったら良い」と言っているようなものだとは全く気付いていない。翔は少し困った顔をして、後頭部に手をやる。
「よく似合ってるよ。それ」
 まだ言うかと、冬馬は眉宇に皺を刻む。
「でもさ」
 立ち止まって冬馬と向かい合い、翔が改まって言った。
「買って良かっただろ? それ」
 虚を衝かれ、涙が出そうになった。
「な?」
 翔は微笑んでいた。冬馬の袈裟がけしている鞄の中には、翔が丁寧に畳んでくれた秋用の上着が入っていた。翔が選んでくれたダッフルコートは、前の物と比べ物にならない程、はるかに温かかった。
「……うん……」
 涙をこらえることに必死で、それしか言えなかった。
 北風が剥き出しの頬を刺す。それでも、少しも寒いとは感じなかった。翔の短い髪が揺れる。彼の向こうに夕焼け空が広がっていた。冬馬はその光景を、とても綺麗だと思った。