「コートのコーナーはこちらです」
 おしゃれな店員が右手で示しながら笑顔で言う。
「うん?」
 翔が、マネキンが着ている紺のダッフルコートに近付いていく。
「これ……冬馬に絶対似合う!」
 翔が振り向いて、期待を込めた瞳でこちらを見た。
「ええ?」
 冬馬は困惑した。あまりにも翔の瞳が輝いていたため、翔の隣に行き、まじまじとダッフルコートを見詰めた。
「……これって、かわいい女の子が着るもんじゃないの?」
 コートを指差して呟くように言う。
「男の子のだってあるんだって」
「こちらメンズですので」
 店員まで応戦してくる。
「『メンズ』っていったって、ダッフルなんて……」
 心の声がだだ漏れてしまった。
「着てみてくれよ!」
 また翔が顔を近付けて懇願してきた。すかさず店員が試着用のコートを持って来た。輝く瞳に見詰め続けられることが耐えきれず、しぶしぶ冬馬は了承した。
「わかったよ……」
「やった!」
 翔はガッツポーズをして喜びを表す。そして、冬馬に右手を差し出した。その真意がわからず、冬馬は翔の顔を見上げる。
「荷物、持っててやるから」
「……え? ここで着るの?」
 ――上着だから、ここで着ても問題はないだろうが……。
「な? 鞄貸して?」
 その輝く瞳に促されるようにして、冬馬は袈裟がけしていた鞄に手を伸ばす。店内は暖房が効いているため、マフラーや手袋は既にはずして鞄に入れていた。翔はまだ満面の笑みを浮かべて、こちらに右手を出している。手が、触れてしまわないように――。
 手が触れて、この気持ちが、翔にわかってしまわないように――。冬馬は慎重に鞄を渡した。自分のこの姿は、店員にはどう見えているのだろう。
「その上着も脱いだ方がいいぜ」
 そう言われて、ファスナーをゆっくりと開き、袖を引き抜いた。翔は先程渡した鞄を肩にかけ、また手を差し出していた。その彼の優しさに、胸が苦しくなる。
 目を合わせないように上着を渡すと、ダッフルコートを手渡された。翔は大事そうに上着を畳んで、腕にかけるようにして持っている。ここまでお膳立てされると、着ないわけにはいかない。しぶしぶと袖を通していく。
「思った通りだ!かわいい!」
 ボタンをかけ終わると、満足げに翔が言った。
「よくお似合いです!」
 そばで見ていた店員までそんなことを言う。この二人気が合うんじゃないかと、頭の隅でと思った。
「本当にかわいいよ!」
 瞳を輝かせて翔が言う。