「……うん」
 翔のペースに乗せられている。しかし、この笑顔を見ていると「まあ、いいか」と思えてくるから不思議だ。
 カレーを食べ終えた頃、翔が改まって言った。
「冬馬。頼みたいことがあるんだ」
 翔は視線を落とし、自分の手元を見ている。
「うん。何?」
 翔が顔を上げて、縋るように冬馬を見た。その視線に射ぬかれ、冬馬の心臓は早鐘を打つ。
「勉強教えてほしいんだ!」
『勉強』という単語を聞いて真っ先に思い浮かんだのは、翔がどの高校を受けるのだろうという疑問だった。そして、ある想いが脳裏をかすめた。
 ――翔と同じ高校へ行けたら、どんなに……。
「……冬馬?」
 反応がない冬馬に、翔は首を傾げる。
「あ……。勉強だっけ?」
「うん。俺……」
 翔は沈んだ様子で言う。
「部活引退するまで、勉強したことなかったんだ!」
 翔が身を乗り出した。涙目になっている。
「こんな成績じゃ、志望校はとても無理だって……昨日、担任に呼び出されたんだ……」
『志望校』という単語が、気になって仕方なかった。
「頼む!冬馬!」
 翔が身を乗り出し、冬馬の両手を握った。心臓から火が出そうだ。至近距離で熱烈に見詰められ、この動悸を悟られないかと気が気でなかった。
「俺に、勉強教えて!」
「……うん。俺で良ければ……いいよ」
「ありがとう!」
 翔は満面の笑みを浮かべて、やっと両手を離して元の姿勢に戻ってくれた。ほっとしたと同時に、寂しい気もした。この気持ちは何なのだろう。翔に出会ってから、冬馬の心は目まぐるしく動いていた。
「良かったー。冬馬が頼みきいてくれて」
 翔は心の底から安堵しているようだ。よっぽど深刻なのかと、冬馬は少し不安になる。翔の頼みには、できる限りのことはしたいと思った。そして、単純に冬休みも翔と一緒にいられることが嬉しくもある。
 ファミレスを出て、冬馬と翔は並んで歩き出す。冬馬は隣を歩く翔を見上げた。初めて会った時はわからなかったが、翔は冬馬より十センチ以上背が高かった。冬馬自身、運動部に所属していたが、翔の方が、肩幅が広く、体格がいいことがわかった。
 冬馬が見ていることに気付いたのか、視線がぶつかった。たったそれだけで、冬馬の心には小波が立つ。
「寒いな」
 翔はそう言った。
「……うん」
 冬馬は素直に頷いた。それだけで、嬉しかった。