人気のない暗い夜道を歩きながら、北見沢(きたみざわ)(かける)は落ち込んでいた。引退した部活の後輩たちが企画してくれたクリスマス会の帰りだった。
 バレー部の集まりだったが、テニス部の連中も混じっていた。それは別に構わない。だがしかし、受験勉強の息抜きのはずが、とんでもないことを聞かされてしまった。
「『帝仁(ていじん)』って、けっこうレベル高いぜ?」
「……え!?」
 元テニス部員で、同級生の城崎(しろさき)象二(しょうじ)の言葉だった。城崎も、帝仁高校を受験する予定だ。
 狭いカラオケボックスの一室で、お調子者の後輩がヘビーメタルを熱唱している。「クリスマスイブにそれはないんじゃないか」と、先輩らしく突っ込みを入れている場合ではない。
「おまえ、期末も赤点ぎりぎりだったんだろ?相当頑張らないと、やばいと思うぜー?」
 もはや後輩の歌声など気にならない程、翔はショックを受けていた。
 ――どうしたもんかね……。
 確かに城崎の言う通り、赤点ぎりぎりの点数しか取ったことのない自分には、文武両道と言われている帝仁高校を志望するのは、現実的じゃないのかもしれない。
 翔は街灯の下で足を止めた。この辺りはかつて商店街として、それなりの賑わいを見せていた。十年程前、駅前に大規模なショッピングモールが完成したため、数年の間に、全てが空き店舗となってしまっていた。
 吐く息が白い。翔は南の空を見上げた。本来ならオリオン座が見えるはずだが、空は厚い雲に覆われていて、星は全く見えない。
 翔はゆっくりと口を開いた。頭に浮かんだメロディーを口ずさむ。幼い頃から、落ち込むたびにこの歌を歌ってきた。宮沢賢治の『星めぐりの歌』だ。
 一番を歌い終わったその時、視界の端で何かが動いた。斜め前に見える橋の街灯と街灯の間に、人がいるようだった。遠目には、人影は少年のように見える。時刻は午後十時を回っているはずだ。こんな時間に何をしているのだろう。
 翔は道を折れ、橋を渡り始めた。二車線の大きな橋なのに、車も人も全く通っていない。ただ轟々と川の流れる音だけが、やけに響いて聞こえた。暗がりに目が慣れてきて、やはり同い年くらいの少年だったとわかった。彼はずっとこちらを見詰めていたようだ。色白で、柔らかそうな髪をしている。翔が声をかける前に、少年の方から口を開いた。
「今の……」
「ん?」
 聞き返すと、少年は続けた。
「今の歌……」
「ああ……」
 ――やはり、聞こえていたのか……。
 そんなに大声で歌っていたのかと、恥ずかしく思いながらも翔は応えた。
「『星めぐりの歌』だよ。宮沢賢治の」
「ふーん。いい歌だね」
 翔にとって、少年の反応は意外だった。思えば、『星めぐりの歌』を歌っていて、馬鹿にされなかったのは、これが初めてだった。