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結局昼休みに食べ損ねた弁当は放課後になってもあけられることはなく、バッグの中で夢を見ている。なんか恥ずかしいことを言われた気もするし言った気もする昼休みのことは、情報量が多すぎて弁当を食べていない脳みそでは処理することが出来ず、実は体よく見た夢だったんじゃないかとすら思っていた。
夢ならあいつは来ないじゃないか、じゃあ帰るか、と思い始めていた頃、
「お待たせしました~」
と駆け寄ってくる渡辺の姿を見て一息ついた。
「なんか緊張しますね」
「何でだよ、今まで何回も一緒に帰ってるんじゃん」
実は自分も緊張していることを悟られないように、渡辺の方は見ずに嘘をつく。
「思いが通じ合って初めての下校ですよ!?それってもうデートみたいなものじゃ……、あ!!!」
話の途中でいきなり大声を出す渡辺にびっくりして自転車ごとこけそうになる。なんだよ、と冷静を装って聞いてみれば、
「俺、今日まだ恭人先輩に好きって言ってもらってない!」
「気づいたか」
「えー!先輩、確信犯ですか!?俺も好きって言われたい~ねえ~」
自転車をガクガク揺らしながら駄々をこねている。器用だな本当。こいつこそ何やらせても全部出来るんじゃないか。
「危ないから落ち着けって。また今度な」
「今度っていつですか」
「来年?」
遠すぎて待てない~、と再び駄々をこねている。こいつ、黙ってたら格好良いのにな。こういうところはお子ちゃまなんだよな。可愛いけど。
渡辺がキャンキャン言っている間に俺の家に着いた。
「じゃ、また明日」
「ええ!?このまま本当に言わずに帰る気ですか!?」
「うん」
「はー!何て人だ!この際だから言いますけど、先輩、俺が昼休みに会いに行ったとき、増田先輩と目を合わせるやつやってましたよね!?」
そんなところまで見てるのかよこいつ。しかもそれがお決まり化していることにも気づいてそうだよな。めちゃくちゃ俺のこと見てるじゃん。全然気づかなかったけど。
「俺、あれ超妬いてるんですからね!そんな俺に免じて一言くらい好きって言ってくれても良いんじゃないですか!?」
人の家の前で小声なのに圧を感じる口調で大騒ぎされる。こいつに隙につけこませたのは間違いだったかもしれない。が、仕方ない。可愛い後輩のためなら何だって言えそうな気がする今のうちに言っといてやるか。
「渡辺が俺のことを愛しいって思ってくれていて嬉しいよ。俺と付き合ってくれる?」
さっきまで騒いでいたのが嘘かのように、あたりが静けさに包まれていく。
「おい、何か言えよ、俺だけが浮かれてるみたいで恥ずかしいだろ」
固まって動かなくなった渡辺。本当に俺だけが浮かれていて、今日言われたこと全て、意味を捉え違えていたのか?と不安が募る。
「おい、わたな」
名前を呼び終わる前に目の前が真っ暗になり、鼻と口も柔らかい何かに塞がれた。これは、抱きしめられている、渡辺に。そう気づいた時には既に窒息しかけており、力強く渡辺の背中を叩いた。
背中への衝撃で我に返った渡辺が、ばっと俺を自分から遠ざける。
「お、い」
やっとの思いで出した声はカッスカスになってしまっていて、渡辺のハグの恐ろしさを物語っている。こいつの胸筋、鍛えられすぎだろ。
「すみません、嬉しくてつい」
ついで許されたら警察要らないんだよ。でも嬉しかったんなら良いか、と思ってしまうのは惚れた弱みだろうか。
「で、返事は?」
「よろしくお願いします!」
そう言って再び俺を抱きしめる渡辺。2回目のハグは流石に優しかった。
きっと全員が全員祝福してくれるような関係には当分なれないんだろうけど、渡辺がずっと渡辺のことを信じさせてくれるなら、その思いに賭けてみても良いかなと思えた。一度は諦めた恋を、渡辺がもう一度持って来てくれたから。
オレンジに染まった綺麗な夕焼け空は、俺たちの門出を優しく祝福してくれていた。