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ちょっと寂しいかもしれない。時刻はもう夜の7時になろうかというのに、まだまだ明るいこの時間に俺は3か月ぶりに一人で家路についていた。4月の時にはあんなに恋しかった一人のこの時間も、あいつと帰るのが当たり前になってしまっていた今となっては物足りなさを感じる。この3か月間でどれだけあいつに浸食されてしまったんだ。自転車に乗った瞬間は久しぶりの一人下校に心躍らせていたのに、いざいつもの風景を一人で眺めるとなると、本当に部活を引退した実感と、もうあいつと帰ることは無いという事実が一気に押し寄せてきて、ノスタルジックな気持ちになった。いやいや、やっとあいつの子守から解放されたんだ。もっと喜ぶべきだぞ。と思おうとしても、どうもあいつの大きな声で笑う姿や道端の猫にはしゃぐ姿が思い出されて、もう一生会えないわけではないことも、俺から誘えばあいつは多分一緒に帰るぐらいはしてくれるであろうことも分かっているのに、心に穴が空いたような感覚になった。
「馬鹿みたい」
そっと吐き出した言葉は街の喧騒の中に消えていく。この芽生えかけそうな気持も一緒に消えて行ってくれたらいいのに。でも、消えてほしい気持ちこそ俺の心に根付いて簡単には離れないことは知っている。完全に根付く前に抜き取って燃やしてしまわなければ。
「あ、お兄ちゃん」
家に着き、家の鍵を探していると、ふいに後ろから声をかけられた。
「もーう、私が近づいてくるのに気が付かないってどれだけ必死に鍵探してたの?なくしたら怒られちゃうよ」
と言いながら、さっと鍵を取り出し、そこどいて、代わりに鍵を開けてくれる。
ありがとうと一言言って自室に入って、制服をハンガーにかけながら、渡辺とどうやって距離を取るかを考える。いや、そもそもこんなことを考えること自体おかしいのか。部活に来ない先輩と毎日部活の話をする必要もなければ、これ以上親密になる必要もない。なんだ、こんなに簡単なことだったんだ。こんなに簡単になくなってしまう時間だったんだ。じゃあもうちょっと大切にすれば良かったかも。
もし仮にあいつが俺のところに来たら、今後は一切来るな、自分の時間を大切にしろって言ってやろう。それが俺に出来る最後のアドバイスかもしれない。そんなうぬぼれたことを考えながら、ベッドに沈み込んだ。