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翌日、俺は懲りずに渡辺を巻いて帰ろうとしていた。いつもは増田たちとちんたら片付けて帰る用意をしているが、今日からそれが出来なくなったと考えると少し寂しい気もする。しかし俺にも負けられない戦いがあって。
「俺、あいつ巻かないといけないから先行くわ」
「諦めてないのかよ。あいつ足速いんだろ?」
「安寧を手に入れるには、それ相応の覚悟と努力が必要なんだよ、じゃあな」
無気力な仲間たちを置いて即座に自転車を取りに行く。相棒、待ってろよ。
「あー、疲れた」
周囲に誰もおらずほっと一息つく。さすがに俺より先に着くわけないよな。ドカッとかごに荷物を乗せ、スタンドを蹴り上げ、再び走り出す。これから毎日部活後にも走らないといけないのか。おぞましい。大体何で構内で自転車乗ったら悪いんだよ!と悪態をつきながらとにかく走る。昨日は失敗したが今日はいけそうな気が―――。
「アーーー!昨日一緒に帰る約束したのにー!」
学校中に響き渡るビッグボイス。後ろを振り向いたら負けだ、と思った時にはもう体は停止し、目はそいつを映していた。
「何で間に合うんだよ」
「愛のパワーで?」
「うるさ」
「てか何で今日もまたおいて帰ろうとしてるんですか?昨日約束したのに」
俺を完全に捉えた渡辺は横でプリプリしている。
「考えとくって言っただけで約束なんかしてねーし」
「先輩往生際悪すぎ、俺に目つけられたんだから観念して子守りしてください」
さよなら、俺の安寧。
「もーう……、部活があるときだけだからな」
「恭人先輩優しい!」
目をハートにさせてるんじゃと錯覚するような声でからかわれ、やっぱり許可したのは間違いだったと後悔した。
「今日は先輩に色々聞きたくて。昨日はうっかり先輩について僕が熱弁しちゃったから」
本当は先輩にいろいろ教えてもらうはずだったのに~と泣き真似をしている。あの熱量、うっかりで出せてたんだ。
「ね、だから良いでしょ?」
「だからってなんだよなんも接続出来てねえよお前が勝手に語ってたんだろ」
「いやー、本人を目の前にすると歯止めがきかなくて」
「良いように言うな」
結局、家に帰りつくまで、練習方法やメンタル面など、部活に関することを根掘り葉掘り聞かれ、自室に着くやいなや、制服をハンガーにもかけずベッドになだれ込んだ。
「はーあ、あいつ、めっちゃソフトテニス好きじゃん。羨ましい」