「びっくりした? ごめんね」
「なにが? あのおじさん?」
「あ、うん」
「優しそうだったね」
あすみちゃんはやっぱりおじさんに対して特に何も思わないようだ。モナもうんうんとうなずいている。
「モナはこれからどうするの?」
「帰るところないならうちに来る?」
あすみちゃんはやっぱりいい子だ。初めて会った時から感じていたけど今日でそれは確信に変わった。
「あ、大丈夫」
「毎日どこにいるの?」
僕は聞いた。
「空に戻るとか?」
あすみちゃんは身を乗り出して聞いた。もう死神だと信じきっているのだろうか。
「空には戻れないの、任務を遂行しないと」
「じゃあうちに来なよ、うち親あんま帰ってこないしいいよ、猫いるけど」
「僕も心配だしとりあえず泊めてもらえば?」
モナは困ったように僕とあすみちゃんの顔を交互に見たあと、こくんとうなずいた。
「なんか買って帰ろうか、お腹空いちゃったね」
「お腹、空かないの」
「そっか、ならお金かからなくていいね」
そう言ってあすみちゃんはキュッと笑った。
そしたらつられるようにモナも笑った。
あすみちゃんの『親あんま帰ってこないし』っていう発言は気になったけど今はまだ聞くのはやめておこう。
「あすみちゃん体調はよくなった?」
「んー、まぁまぁかな」
「そっか病院行きなよ」
「あー、うん、それよりけいたくん行った方がいいんじゃないの?」
「俺? なんで?」
「だって一ヶ月で……」
そう言ってあすみちゃんは無言になった。
ああそうだ。僕は一ヶ月に死ぬんだ。
「モナ、僕は病気で死ぬの?」
「わからないの」
「そっか」
「回避できないの?」
あすみちゃんが聞く。
「今、上に掛け合ってるところ、間違いだから取り消してって」
なんだか会社みたいだなと思った。
「けいたくん一応病院行ってきなよ、助かるかもしれないし」
「ああ、そうだな」
ふたりと別れて家路についた。
また妹のアイスは忘れた。
「父さん、母さん、ちょっといい?」
「なんだ? 慶太」
なんて切り出そうか考える。反対されるのは目に見えている。それだけじゃない。この話をしたらみんながモナカのことを思い出す。そしてまた悲しい気持ちがよみがえる。
それに、もしOKをもらえたとして、一ヶ月後に僕がこの世にいなかった場合、それはあまりにも無責任なんじゃないかとも思った。だけどたとえ僕がいなくなったとしても、あの子が幸せに暮らすならこの家しかない、そうとも思う。
「慶太どうしたの? 勉強のことでなんかあった?」
僕が帰ってきて夕飯を温め直してくれている母さんが心配をしてテーブルまで来た。
僕は椅子に座りおかずにかけてあるラップを外す。
「うん、あのさ」
みんなはもう夕食は終わっている。これが僕が塾へ行く時のルーティンだ。
「何お兄ちゃん、なんかやらかした?」
妹もテーブルまでやってきた。
「あのさ、猫、飼いたいんだけど」
そう言った瞬間家の空気が止まった。気まずくなって下を向く。
「なによ突然」
温め終わりの合図がして母さんはレンジに向かう。
「この子なんだけど」
僕はあすみちゃんから貰っていた黒猫の画像を出した。
「どうしたの? この子」
妹が興味を持ってスマホを覗く。
「迷子になってるところを保護したんだけどどうも野良猫みたい」
「地域猫ってことはない? ないか、耳切れてないもんね」
「うん」
地域猫とは地域全体で見守る猫のことで、だいたい耳が桜の花弁のようにカットされている。右耳がカットされているのが男の子、左耳がカットさているのが女の子だ。まぁたまに間違っている子もいるけど。
「この子どうなっちゃうの?」
「今のところ飼える人がいなくて、このままだと保健所……」
そう言いかけた時だった。
「やだやだやだやだ、ねぇ、お父さん、お母さん、いいでしょ? 飼おう」
妹が懇願した。
「そうは言っても……ねぇ」
母さんは困ったように眉を下げ、温めたハンバーグをテーブルに載せた。
「ありがとう」
「冷めないうちに早く食べちゃいなさい」
うなずいてラップを外し早速そのハンバーグに切り込みを入れる。
「お父さん、ねぇ!」
妹の声が力強くなる。父さんは口を真一文字に結んで考え込んでいた。
「ちょっと考える」
しばらくして父さんがそう言い、判断は持ち越された。
食事を終えて部屋に戻り参考書とノートを広げた。そして苦笑した。一ヶ月後僕はもういないならこんなことに意味なんてないんじゃないかと思ったからだ。
かといってモナの言っていることが正しいともかぎらない。とりあえずやっておこうと始めても頭に入ってこない。入ってくるはずがない。
モヤモヤする気持ちを抱えているとスマホが鳴った。
――明日会える?
あすみちゃんからだ。
――うん
――モナちゃんと一緒にファミレスでも行こう
皮肉なもんだ。あれだけほしがっていた青春のようななにか、友達とファミレスで過ごすというものがこんな時に叶うなんて。
OKとメッセージを送るとそのついでに検索エンジンを開いた。そして『死神 初めて』と検索した。
当然ながらモナが言っているようなことは書いていなかった。
僕は小さくため息をつく。
そして画像欄の死神を見る。
モナの顔を思い出す。
実物は随分可愛いんだなと感心した。
「なにが? あのおじさん?」
「あ、うん」
「優しそうだったね」
あすみちゃんはやっぱりおじさんに対して特に何も思わないようだ。モナもうんうんとうなずいている。
「モナはこれからどうするの?」
「帰るところないならうちに来る?」
あすみちゃんはやっぱりいい子だ。初めて会った時から感じていたけど今日でそれは確信に変わった。
「あ、大丈夫」
「毎日どこにいるの?」
僕は聞いた。
「空に戻るとか?」
あすみちゃんは身を乗り出して聞いた。もう死神だと信じきっているのだろうか。
「空には戻れないの、任務を遂行しないと」
「じゃあうちに来なよ、うち親あんま帰ってこないしいいよ、猫いるけど」
「僕も心配だしとりあえず泊めてもらえば?」
モナは困ったように僕とあすみちゃんの顔を交互に見たあと、こくんとうなずいた。
「なんか買って帰ろうか、お腹空いちゃったね」
「お腹、空かないの」
「そっか、ならお金かからなくていいね」
そう言ってあすみちゃんはキュッと笑った。
そしたらつられるようにモナも笑った。
あすみちゃんの『親あんま帰ってこないし』っていう発言は気になったけど今はまだ聞くのはやめておこう。
「あすみちゃん体調はよくなった?」
「んー、まぁまぁかな」
「そっか病院行きなよ」
「あー、うん、それよりけいたくん行った方がいいんじゃないの?」
「俺? なんで?」
「だって一ヶ月で……」
そう言ってあすみちゃんは無言になった。
ああそうだ。僕は一ヶ月に死ぬんだ。
「モナ、僕は病気で死ぬの?」
「わからないの」
「そっか」
「回避できないの?」
あすみちゃんが聞く。
「今、上に掛け合ってるところ、間違いだから取り消してって」
なんだか会社みたいだなと思った。
「けいたくん一応病院行ってきなよ、助かるかもしれないし」
「ああ、そうだな」
ふたりと別れて家路についた。
また妹のアイスは忘れた。
「父さん、母さん、ちょっといい?」
「なんだ? 慶太」
なんて切り出そうか考える。反対されるのは目に見えている。それだけじゃない。この話をしたらみんながモナカのことを思い出す。そしてまた悲しい気持ちがよみがえる。
それに、もしOKをもらえたとして、一ヶ月後に僕がこの世にいなかった場合、それはあまりにも無責任なんじゃないかとも思った。だけどたとえ僕がいなくなったとしても、あの子が幸せに暮らすならこの家しかない、そうとも思う。
「慶太どうしたの? 勉強のことでなんかあった?」
僕が帰ってきて夕飯を温め直してくれている母さんが心配をしてテーブルまで来た。
僕は椅子に座りおかずにかけてあるラップを外す。
「うん、あのさ」
みんなはもう夕食は終わっている。これが僕が塾へ行く時のルーティンだ。
「何お兄ちゃん、なんかやらかした?」
妹もテーブルまでやってきた。
「あのさ、猫、飼いたいんだけど」
そう言った瞬間家の空気が止まった。気まずくなって下を向く。
「なによ突然」
温め終わりの合図がして母さんはレンジに向かう。
「この子なんだけど」
僕はあすみちゃんから貰っていた黒猫の画像を出した。
「どうしたの? この子」
妹が興味を持ってスマホを覗く。
「迷子になってるところを保護したんだけどどうも野良猫みたい」
「地域猫ってことはない? ないか、耳切れてないもんね」
「うん」
地域猫とは地域全体で見守る猫のことで、だいたい耳が桜の花弁のようにカットされている。右耳がカットされているのが男の子、左耳がカットさているのが女の子だ。まぁたまに間違っている子もいるけど。
「この子どうなっちゃうの?」
「今のところ飼える人がいなくて、このままだと保健所……」
そう言いかけた時だった。
「やだやだやだやだ、ねぇ、お父さん、お母さん、いいでしょ? 飼おう」
妹が懇願した。
「そうは言っても……ねぇ」
母さんは困ったように眉を下げ、温めたハンバーグをテーブルに載せた。
「ありがとう」
「冷めないうちに早く食べちゃいなさい」
うなずいてラップを外し早速そのハンバーグに切り込みを入れる。
「お父さん、ねぇ!」
妹の声が力強くなる。父さんは口を真一文字に結んで考え込んでいた。
「ちょっと考える」
しばらくして父さんがそう言い、判断は持ち越された。
食事を終えて部屋に戻り参考書とノートを広げた。そして苦笑した。一ヶ月後僕はもういないならこんなことに意味なんてないんじゃないかと思ったからだ。
かといってモナの言っていることが正しいともかぎらない。とりあえずやっておこうと始めても頭に入ってこない。入ってくるはずがない。
モヤモヤする気持ちを抱えているとスマホが鳴った。
――明日会える?
あすみちゃんからだ。
――うん
――モナちゃんと一緒にファミレスでも行こう
皮肉なもんだ。あれだけほしがっていた青春のようななにか、友達とファミレスで過ごすというものがこんな時に叶うなんて。
OKとメッセージを送るとそのついでに検索エンジンを開いた。そして『死神 初めて』と検索した。
当然ながらモナが言っているようなことは書いていなかった。
僕は小さくため息をつく。
そして画像欄の死神を見る。
モナの顔を思い出す。
実物は随分可愛いんだなと感心した。