「あすみちゃん、猫のことはまた学校で聞いてみるから、今日はもう遅いし帰りな」
「でも……」
そう言ってあすみちゃんはモナの方をちらりと見た。そりゃそうだ。僕があれだ取り乱してこの子と目が合ったら死ぬなんて言ったら気になるのも当然だ。
三人で歩き出す。いつもの公園のベンチを目指した。
猫は家族に言ってみようかな。僕はそんなことを考えていた。たぶん反対されるだろうけど、このままだとあの子は助からない。だったら僕がどうにかしたい。学生の僕には力はまだないけど、僕は今は勉強を頑張って、それで大学に合格したらそれなりのところに就職して、そして頑張って働く。そうしたら今までできなかった誰かのために何かをするってことができるかもしれない。
そう思っていた。
そう思って頑張っていたのにな。
左からあすみちゃん、僕、モナの順に座る。
「モナ、僕死ぬってほんと?」
半信半疑で尋ねた。
モナは小さくうなずいた。
ベンチに座り無言の時間が流れる。
「なんでけいたくんが死ぬの?」
当たり前に疑問に思ったあすみちゃんが前のめりになって俺越しのモナに聞く。
モナはゆっくりと話しだした。
「私、死神なんです」
え?
僕はあすみちゃんと目を合わせて訝しげな表情を浮かべた。
「死神? ってなに?」
あすみちゃんは困惑した顔をしながら続けて彼女に聞いた。
「人が死ぬ時お迎えに行くお仕事です」
「しょ、証拠あるかな?」
あすみちゃんは苦笑しながらそう聞いた。あまり信じていなさそうだ。
「証拠ですか? カマはあります」
物語の中でよく見る死神は確かに黒い格好をしている。だけどこんなに可愛いワンピースではない。モナが出したのは体と同じサイズの大きなカマではなく、手のひらサイズの小さなカマだった。
「なんか困ってることあるなら私相談に乗るよ、おうちは? 学校はどこ?」
あすみちゃんはモナが嘘をついているとは思わずなにか事情があってこんなことを言っていると思ったみたいで助けようとしている。
「えっと、困ったことはけいたくんと目が合ったことで、家はないです、学校は行ってないです、だって私死神だから」
モナの主張はブレない。
僕はモナの話を信じかけていた。こんなに真剣な顔で嘘をつくとは思えない。
「死神ってのはこれから死ぬ人のところに現れるってイメージだけど僕がもう死ぬって決まってたならさっきの『ごめんなさい』とか『私が殺した』とかいうのはよくわからないんだけど」
「えっと、私は新人でこれが最初の仕事なんです。どういうわけかこの仕事をしないとならなくなってしまって、誰でも最初の仕事は“初めて目が合った人の命を奪う”んです」
「え?」
「誰でもいいんです、だいたい悪い人とか死にたい人を選びます。私は選べなくて誰とも目が会わないようにしてました。毎日、毎日、下を向いたままで日々が過ぎる。私は線路に飛び込もうとした人と出会うまで下を向いてるつもりだったんです」
それが猫捕獲騒動に驚いて顔を上げた。
僕はモナのことが気になっていたからモナの方を見た。
僕たちは目が合ってしまった。
つまり、モナの最初の“お仕事”は完了したわけで、僕が死ぬ。
創ったような話をしているわけじゃないって思った。質問をしても理路整然と話す。嘘は、嘘に嘘の上塗りをするたびに不自然な点が出てくる。だけど彼女の主張にはブレがなかった。
重たい空気が流れ、僕たち三人は無言になってしまった。時間はもう遅い。帰らなければ。僕はまだしもあすみちゃんは早く帰らないとまずいだろう、モナは家がないって言った。モナはどこに帰るんだろう、そんなことが頭の中ぐるぐると巡る。
「よぉ兄ちゃん、今日は美人さんふたりも連れて楽しそうじゃねーか」
「おじさん」
そんな空気を打破したのは、仕事終わりなのか大きなリアカーを引っ張りながら戻ってきたおじさんだった。おじさんはリアカーを置くと足を引きずりながらこちらに向かってきた。
おじさんの体から臭いがする。汗が蒸発しきらず洗っていない服に染みついているのだ。僕は別に気にならなかったけどこのふたりはどう思うだろう?
僕はこのふたりが顔をしかめたらおじさん悲しむだろうななんて考えていた。
「こんばんは」
そう声がして僕はあすみちゃんの方を見た。あすみちゃんは顔をしかめることも、眉を寄せることもなく、ごく普通に挨拶をした。まるで近所のおじさんや友達のお父さんにそう言うように。
続いてモナも会釈をして小さく「こんばんは」と言った。
ふたりに変わった様子はない。
僕の心は安堵と嬉しさがないまぜになった。
「おう、こんばんはー、もう遅いけど家に帰らなくて大丈夫か? 兄ちゃん、ちゃんと送ってってやれよ」
「あ、うん、そろそろ帰るよ」
「今日のお駄賃はと……三枚いるな」
そんなことをブツブツ言いながらおじさんはポケットの中に手を突っ込んだ。おじさんにとっての三百円はどれだけの大金なんだろう。
「いらないよ、僕たち帰るから、じゃあまたね」
そう言ってそそくさとその場を後にした。
そして振り返って付け加えた。
「急に寒くなったから風邪、引かないでよ」
そしたらおじさんは少し照れくさそうに顔を赤らめて「おう」と手を上げた。
「でも……」
そう言ってあすみちゃんはモナの方をちらりと見た。そりゃそうだ。僕があれだ取り乱してこの子と目が合ったら死ぬなんて言ったら気になるのも当然だ。
三人で歩き出す。いつもの公園のベンチを目指した。
猫は家族に言ってみようかな。僕はそんなことを考えていた。たぶん反対されるだろうけど、このままだとあの子は助からない。だったら僕がどうにかしたい。学生の僕には力はまだないけど、僕は今は勉強を頑張って、それで大学に合格したらそれなりのところに就職して、そして頑張って働く。そうしたら今までできなかった誰かのために何かをするってことができるかもしれない。
そう思っていた。
そう思って頑張っていたのにな。
左からあすみちゃん、僕、モナの順に座る。
「モナ、僕死ぬってほんと?」
半信半疑で尋ねた。
モナは小さくうなずいた。
ベンチに座り無言の時間が流れる。
「なんでけいたくんが死ぬの?」
当たり前に疑問に思ったあすみちゃんが前のめりになって俺越しのモナに聞く。
モナはゆっくりと話しだした。
「私、死神なんです」
え?
僕はあすみちゃんと目を合わせて訝しげな表情を浮かべた。
「死神? ってなに?」
あすみちゃんは困惑した顔をしながら続けて彼女に聞いた。
「人が死ぬ時お迎えに行くお仕事です」
「しょ、証拠あるかな?」
あすみちゃんは苦笑しながらそう聞いた。あまり信じていなさそうだ。
「証拠ですか? カマはあります」
物語の中でよく見る死神は確かに黒い格好をしている。だけどこんなに可愛いワンピースではない。モナが出したのは体と同じサイズの大きなカマではなく、手のひらサイズの小さなカマだった。
「なんか困ってることあるなら私相談に乗るよ、おうちは? 学校はどこ?」
あすみちゃんはモナが嘘をついているとは思わずなにか事情があってこんなことを言っていると思ったみたいで助けようとしている。
「えっと、困ったことはけいたくんと目が合ったことで、家はないです、学校は行ってないです、だって私死神だから」
モナの主張はブレない。
僕はモナの話を信じかけていた。こんなに真剣な顔で嘘をつくとは思えない。
「死神ってのはこれから死ぬ人のところに現れるってイメージだけど僕がもう死ぬって決まってたならさっきの『ごめんなさい』とか『私が殺した』とかいうのはよくわからないんだけど」
「えっと、私は新人でこれが最初の仕事なんです。どういうわけかこの仕事をしないとならなくなってしまって、誰でも最初の仕事は“初めて目が合った人の命を奪う”んです」
「え?」
「誰でもいいんです、だいたい悪い人とか死にたい人を選びます。私は選べなくて誰とも目が会わないようにしてました。毎日、毎日、下を向いたままで日々が過ぎる。私は線路に飛び込もうとした人と出会うまで下を向いてるつもりだったんです」
それが猫捕獲騒動に驚いて顔を上げた。
僕はモナのことが気になっていたからモナの方を見た。
僕たちは目が合ってしまった。
つまり、モナの最初の“お仕事”は完了したわけで、僕が死ぬ。
創ったような話をしているわけじゃないって思った。質問をしても理路整然と話す。嘘は、嘘に嘘の上塗りをするたびに不自然な点が出てくる。だけど彼女の主張にはブレがなかった。
重たい空気が流れ、僕たち三人は無言になってしまった。時間はもう遅い。帰らなければ。僕はまだしもあすみちゃんは早く帰らないとまずいだろう、モナは家がないって言った。モナはどこに帰るんだろう、そんなことが頭の中ぐるぐると巡る。
「よぉ兄ちゃん、今日は美人さんふたりも連れて楽しそうじゃねーか」
「おじさん」
そんな空気を打破したのは、仕事終わりなのか大きなリアカーを引っ張りながら戻ってきたおじさんだった。おじさんはリアカーを置くと足を引きずりながらこちらに向かってきた。
おじさんの体から臭いがする。汗が蒸発しきらず洗っていない服に染みついているのだ。僕は別に気にならなかったけどこのふたりはどう思うだろう?
僕はこのふたりが顔をしかめたらおじさん悲しむだろうななんて考えていた。
「こんばんは」
そう声がして僕はあすみちゃんの方を見た。あすみちゃんは顔をしかめることも、眉を寄せることもなく、ごく普通に挨拶をした。まるで近所のおじさんや友達のお父さんにそう言うように。
続いてモナも会釈をして小さく「こんばんは」と言った。
ふたりに変わった様子はない。
僕の心は安堵と嬉しさがないまぜになった。
「おう、こんばんはー、もう遅いけど家に帰らなくて大丈夫か? 兄ちゃん、ちゃんと送ってってやれよ」
「あ、うん、そろそろ帰るよ」
「今日のお駄賃はと……三枚いるな」
そんなことをブツブツ言いながらおじさんはポケットの中に手を突っ込んだ。おじさんにとっての三百円はどれだけの大金なんだろう。
「いらないよ、僕たち帰るから、じゃあまたね」
そう言ってそそくさとその場を後にした。
そして振り返って付け加えた。
「急に寒くなったから風邪、引かないでよ」
そしたらおじさんは少し照れくさそうに顔を赤らめて「おう」と手を上げた。