塾から帰る頃には空はどっぷりと闇に包まれていた。頬を刺す風が冷たい。秋って急にくるんだな、肌寒い感覚に忘れていた涼を思い出した。
お腹空いたから早く家に帰ろうと思ったけど、昨日のお詫びに妹にアイスを買って帰ろうとコンビニに向かう。
田舎の闇夜にぼんやりと輝くコンビニの光、いつもとても落ち着く。
当たり前にその方向が光っていて当たり前にコンビニの光だと思った。だけどなにかおかしい、少し光量が少ない気がする。
それもそのはず、ここからはまだコンビニは見えない場所だ。
少しずつ近づく、心臓が早鐘を打つ。段々早足になる。気づいたから、この光がどんな意味を持つか、そこにいる人が誰か気づいたから。
彼女はゆっくりと振り返る。相変わらず黒いワンピースを着ている。真っ黒な髪の毛が風を浴びて揺れる。
「あの」
僕は話しかけた。彼女は今にも泣き出しそうな顔でこっちを向いた。
「……ごめんなさい」
初めて彼女の声を聞いた。
初めての人から聞くような言葉じゃない言葉を彼女は吐いた。か細くて、今にも消え入りそうなそんな声だった。
「え?」
「ごめんなさい」
そして、もう一度ハッキリとそう言った。
「あの、僕のこと知っていますか?」
その質問に縦とも横ともいえない、斜めに首を振った。
「知らない、かな」
「君は誰? 駅のホームに毎朝いるよね、名前教えて」
「名前……」しばらく思案したあと、ポツリ、呟いた。「……シンイリ……かな」
「シンイリ? どういう意味?」
「おい! そこのシンイリ! って呼ばれるから」
新入りって意味かな?
「誰に?」
「怖い人」
僕はなんて返したらいいか分からなかった。彼女はなにかに怯えていることはわかった。それがその「怖い人」になのか「僕」になのかがわからない。
「僕の名前は比嘉慶太、けいたって呼んで」
「けいた」
言われたまま復唱する。
「君は自分の名前がわからないの?」
するとまた曖昧に首を傾げる。
「わからないから適当に呼んで、シンイリでもなんでも」
僕は困った。さすがに新入りとは呼びづらい。
「モナ」
「え?」
「好きに呼んでいいならモナって呼んでいい?」
困惑の表情を浮かべながらも彼女小さくうなずいた。
「モ……ナ……」
そしてなぞるようにそう呟くと嬉しそうに頬を染めた。
猫の名前からとったとはあえて言わなかった。
モナは結構気に入ったようだ。
「モナはここで何してるの?」
「謝りに来たの」
「誰に?」
「けいたに」
「俺に? 何を?」
瞬きの数が増えて、その度眦《まなじり》に溜まっていた涙がこぼれる。そんな状態じゃイマイチ聞きにくい。
「けいた、あなた一ヶ月で死ぬの」
次に出た言葉はとても頭で理解できるようなものじゃなかった。
「はい?」
俺は半笑いで返した。だけどモナの真剣な顔を見ていると冗談で言っているとは到底思えなくて、僕の顔はどんどん引きつっていったと思う。
「殺したのは、私です」
申し訳なさそうにそう言うとまた頭を深く下げて謝ってきた。
「待ってよ待って、よく分からないから、整理しよう。例えば一ヶ月で僕が死ぬとして、なんで『殺したのは』って過去形なの? モナは未来から来たの?」
未来から来たなんて馬鹿げている、そう思ったけどそうでもないとこの文法はおかしい。日本人に見えるけど実は外国の人で日本語がまだよく話せないってことなら理解はできるけど。
「えっと、未来から来てはいなくて、一ヶ月後に死ぬのは決まってしまって、何で決まったかというと、私と目が合ったから」
あの時のシーンが思い浮かぶ。
確かに僕はモナと目が合った。それまでモナが俯いてばかりいたのは誰とも目を合わせたくなかったからなのかもしれない。
モナと目が合えば……死ぬ?
「けいたくん」
頭がこんがらがっている中、名前を呼ばれ振り返る。あすみちゃんだ。
「あぁ、何してるの」
「猫のエサ買いに来たの」
「そう、飼い主見つかりそう?」
あすみちゃんはかぶりを振る。
直後あすみちゃんが視線を移した。
「こんばんは」
そしてモナにそう声掛けた。
「うわっ、ダメ」
僕は慌ててあすみちゃんとモナの真ん中に入ってふたりの視界を遮った。
「目合った? 今この子の顔見た?」
俺の顔はかなり必死だったのかあすみちゃんは一瞬たじろいだ。
「えっと、この方の顔? 見たけど」
僕は絶望的な気持ちになった。
モナの言うことを全て信じたわけではないけど、もしもモナの言っていることが正しければモナと目が合った人は一ヶ月後に死ぬ。
つまり今目が合ったあすみちゃんも一ヶ月後に死ぬということになる。
なんというタイミングであすみちゃんと会っちゃったんだろうと後悔した。僕がどこかで話そうと道の端にいたらあすみちゃんにまで被害が及ばなかったもしれない。
もっともそれら全てはモナの言っていることが正しければの話であり、今のところ彼女の言葉を信用するだけの材料は持ち合わせてはいない。
「大丈夫です。彼女は死にません」
「そうなの?」
「はい、“ハジメテ”の人だけ死ぬので」
とにかく話を聞かないとわからない。
だけど、あすみちゃんが無事ならそれはよかった。
お腹空いたから早く家に帰ろうと思ったけど、昨日のお詫びに妹にアイスを買って帰ろうとコンビニに向かう。
田舎の闇夜にぼんやりと輝くコンビニの光、いつもとても落ち着く。
当たり前にその方向が光っていて当たり前にコンビニの光だと思った。だけどなにかおかしい、少し光量が少ない気がする。
それもそのはず、ここからはまだコンビニは見えない場所だ。
少しずつ近づく、心臓が早鐘を打つ。段々早足になる。気づいたから、この光がどんな意味を持つか、そこにいる人が誰か気づいたから。
彼女はゆっくりと振り返る。相変わらず黒いワンピースを着ている。真っ黒な髪の毛が風を浴びて揺れる。
「あの」
僕は話しかけた。彼女は今にも泣き出しそうな顔でこっちを向いた。
「……ごめんなさい」
初めて彼女の声を聞いた。
初めての人から聞くような言葉じゃない言葉を彼女は吐いた。か細くて、今にも消え入りそうなそんな声だった。
「え?」
「ごめんなさい」
そして、もう一度ハッキリとそう言った。
「あの、僕のこと知っていますか?」
その質問に縦とも横ともいえない、斜めに首を振った。
「知らない、かな」
「君は誰? 駅のホームに毎朝いるよね、名前教えて」
「名前……」しばらく思案したあと、ポツリ、呟いた。「……シンイリ……かな」
「シンイリ? どういう意味?」
「おい! そこのシンイリ! って呼ばれるから」
新入りって意味かな?
「誰に?」
「怖い人」
僕はなんて返したらいいか分からなかった。彼女はなにかに怯えていることはわかった。それがその「怖い人」になのか「僕」になのかがわからない。
「僕の名前は比嘉慶太、けいたって呼んで」
「けいた」
言われたまま復唱する。
「君は自分の名前がわからないの?」
するとまた曖昧に首を傾げる。
「わからないから適当に呼んで、シンイリでもなんでも」
僕は困った。さすがに新入りとは呼びづらい。
「モナ」
「え?」
「好きに呼んでいいならモナって呼んでいい?」
困惑の表情を浮かべながらも彼女小さくうなずいた。
「モ……ナ……」
そしてなぞるようにそう呟くと嬉しそうに頬を染めた。
猫の名前からとったとはあえて言わなかった。
モナは結構気に入ったようだ。
「モナはここで何してるの?」
「謝りに来たの」
「誰に?」
「けいたに」
「俺に? 何を?」
瞬きの数が増えて、その度眦《まなじり》に溜まっていた涙がこぼれる。そんな状態じゃイマイチ聞きにくい。
「けいた、あなた一ヶ月で死ぬの」
次に出た言葉はとても頭で理解できるようなものじゃなかった。
「はい?」
俺は半笑いで返した。だけどモナの真剣な顔を見ていると冗談で言っているとは到底思えなくて、僕の顔はどんどん引きつっていったと思う。
「殺したのは、私です」
申し訳なさそうにそう言うとまた頭を深く下げて謝ってきた。
「待ってよ待って、よく分からないから、整理しよう。例えば一ヶ月で僕が死ぬとして、なんで『殺したのは』って過去形なの? モナは未来から来たの?」
未来から来たなんて馬鹿げている、そう思ったけどそうでもないとこの文法はおかしい。日本人に見えるけど実は外国の人で日本語がまだよく話せないってことなら理解はできるけど。
「えっと、未来から来てはいなくて、一ヶ月後に死ぬのは決まってしまって、何で決まったかというと、私と目が合ったから」
あの時のシーンが思い浮かぶ。
確かに僕はモナと目が合った。それまでモナが俯いてばかりいたのは誰とも目を合わせたくなかったからなのかもしれない。
モナと目が合えば……死ぬ?
「けいたくん」
頭がこんがらがっている中、名前を呼ばれ振り返る。あすみちゃんだ。
「あぁ、何してるの」
「猫のエサ買いに来たの」
「そう、飼い主見つかりそう?」
あすみちゃんはかぶりを振る。
直後あすみちゃんが視線を移した。
「こんばんは」
そしてモナにそう声掛けた。
「うわっ、ダメ」
僕は慌ててあすみちゃんとモナの真ん中に入ってふたりの視界を遮った。
「目合った? 今この子の顔見た?」
俺の顔はかなり必死だったのかあすみちゃんは一瞬たじろいだ。
「えっと、この方の顔? 見たけど」
僕は絶望的な気持ちになった。
モナの言うことを全て信じたわけではないけど、もしもモナの言っていることが正しければモナと目が合った人は一ヶ月後に死ぬ。
つまり今目が合ったあすみちゃんも一ヶ月後に死ぬということになる。
なんというタイミングであすみちゃんと会っちゃったんだろうと後悔した。僕がどこかで話そうと道の端にいたらあすみちゃんにまで被害が及ばなかったもしれない。
もっともそれら全てはモナの言っていることが正しければの話であり、今のところ彼女の言葉を信用するだけの材料は持ち合わせてはいない。
「大丈夫です。彼女は死にません」
「そうなの?」
「はい、“ハジメテ”の人だけ死ぬので」
とにかく話を聞かないとわからない。
だけど、あすみちゃんが無事ならそれはよかった。