直後流れてきた電車によりいつもの通り視界が遮られた。結局、彼女がどうしてあんな顔をしたのかその日僕はわからなかった。向かいのホームなのに輝いているから鮮明に見えた。驚いたっていうのがやはりいちばん得心がいく。


 電車が通り過ぎた頃には案の定ホームには降りてきた客しかいなかった。


 明日反対側のホームに行ってみようかと思う。そうすると学校に遅れちゃうんだけど、いちにちくらいいいか。

 
 いちにちの遅れはいちにちでは取り戻せないってさっきいったばかりだけど。


 その夜、ベッドに入ってもうまく眠ることができなかった。あのシーンが何度も何度もリフレインする。


 あの顔はなんだったんだろう。気になって眠れない。いつしか夢か現か、電車に立っている夢を見た。
 

 たぶんこれは夢だ。なんとなくそう思う。

 なぜならホームには僕と向かいのホームには彼女、そのふたりしかいないからだ。


 そんなことはありえないからね。


 そして彼女はこっちを向きあの時の驚いたような目を見開いたような顔をした。そのあと、もう一度顔を上げて……今度は泣き出した。
 

 顔の形はハッキリと見えた。あの時ハッキリと目と目が合ったから、その瞬間彼女の顔の情報が一気に僕の脳にインプットされたんだと思う。


 白い肌に小さな顔、アーモンド型のきれいな双眸、二重幅はそんなに広くないけど周りの人から「目がとても大きいね」と言われるシーンを容易に想像できる。


 そんな顔が驚いた矢先、なんと、泣いた。

 その大きなな双眸からほろほろと大粒の涙を流した。


 そこで僕は目が覚めた。

 夢見が悪い。


 とにもかくにも行ってみよう。学校は遅刻覚悟で、今日は反対側のホームへ行ってみよう。

 
「あ、慶太朝ごはんは?」


 母さんが急いでいる俺を引き止める。
 

「ごめん今日いらない」
「ええ? ちゃんと食べなさい」
「今日小テストあるんだ、ちょっと不安なところがあるから早く出たいんだよ」
「じゃあサンドイッチだけでも持っていきなさい」


 半ば強引にランチボックスに詰められたサンドイッチ。朝食に並べられていた食パンの上にハムとチーズを卵焼きでとじられている、我が家の朝食のローテーションに入っているホットサンドだ。


 駅に向かう足取りは少し重い。期待より不安の方が大きいからだ。

 だけど自然と早歩きになる。心が急かしているからだ。心臓の音が上がっていく。早足で歩いているからなのか彼女に会えるからなのかは分からないけどたぶん後者だろう。


 駅に着く。いつもより少し早い。ホームに向かいいつもの場所に向かった。人がどんどん増えてくる。だけど彼女を見つけられる自信はもちろんある。

 あと十分、あと五分、もうそろそろ……。スマホに目をやりちらりと左右を確認する。


 いない。

 
 どこを見ても彼女がいない。そりゃ期待と不安があるとはいったけど不安ていうのは会ってどんな反応をされるかっていう意味で、まさかいないなんてことは考えもしなかった。


 しばらく待ったが彼女は現れないまま。
 仕方なく改札を抜ける。


 このままじゃ学校には間に合いそうだ。よかったんだか悪かったんだか。

 学校までの道に公園がある。僕はそのベンチに座りサンドイッチを食べることにした。


 緑に囲まれたその公園は遊具がいくつかある小さな公園とは違い休みの日になると大きなスポーツのイベントが行われるほどの大きさの公園だ。僕はこの公園が好きだ。
 

 平日の朝だけどいろんな人がいる。ベビーカーの上に赤ちゃんを乗せたお母さんが歩いていたりスーツを着たサラリーマンがベンチに座っていたり学生が道のショートカットで歩いていたり様々だ。


 僕はそれを横目で見ながらベンチに腰かけた。
 そしてサンドイッチを取り出す。

 朝ごはんを食べてこなかったからお腹が早く早くと急かすように鳴っている。


 その時だった。


「お兄ちゃん」

 呼びかけられて顔を上げた。

「はい?」


 見上げると中年くらいの男性、だけど伸ばし放題の髭と白髪だらけの頭がそれよりもっと上に見える、頭もだけど服も何日も洗っていないような感じの男性が僕の前に立っていた。


「それ、くれよ」
「え?」


 男性は僕のサンドイッチを指さした。

「昨日から何も食べてなくて」


 僕は戸惑った。この公園で生活している人だろうか。

 悩んだ末にそれをあげた。


「え? いいのか?」


 まさか貰えると思っていなかったのか男性は汚れた顔を崩して喜んだ。


「どうぞ」


 お人好し、僕がいつも言われる言葉だ。なんとなくこういう人を邪険にできない。男性は「何かあったかな」と鞄の中から僕へのお礼を探し始めた。

「いらないですよ、大丈夫」

 鞄の中から何が出てくる子か想像したら少し怖くて苦笑して答えた。

「そうか、ありがとな」

 僕は立ち上がり会釈してその場を去った。
 どうせ昼ごはんまで数時間だ。

 そして僕は学校へ向かった。