シンイリはおやつを食べ終わるとさっさと僕の膝から離れケージの中のクッションの上に丸まった。すっかりお気に入りのようだ。妹は喜んでシンイリにあげるだろう。


 シャワーを浴びてリビングに戻るとシンイリは寝息を立てて眠っていた。幸せそうな顔をしている。


 ドライヤーで頭を乾かして時計を見る。二十時過ぎだ。やっぱり勉強をしよう。なにかしていないと落ち着かない。そう思い出しっぱなしにしていたリビングの机の上の参考書とノートを広げようとした、その時だった。


 スマホが鳴りメッセージが届いたのかと思い視線を落とすと、それは電話だった。画面にはあすみちゃんの名前。何かあったのかと思って慌てて取る。


「もしもし?」
「あ、けいたくん、ごめんね」
「ううん、なにかあったの?」
「うん、ちょっと、あの」


 電話越し、風が受話部分を叩く音がした。


「外なの?」
「うん、ちょっとモナちゃん迎えにきてくれるかな? 今日うちダメになっちゃって」
「え? どうしたの?」
「うん、ちょっとね」


 外を見る、随分気温も下がってきた。ふたりは外にいるんだろう。


「わかった、すぐに行く」
「ごめんね、ありがとう、公園まで送ってくからそこで待ち合わせしよ」
「いいよ、行くよ」
「ごめん、それだとまた厄介なことになるから」


 なにか都合があるんだろう。


「わかった、じゃあ公園で」


 僕は慌てて上着を羽織り外へ飛び出した。


 そして公園に向かう。


 公園についてしばらくするとあすみちゃんとモナのふたりのシルエットが近づいてきた。


「けいたくん! ごめんね、突然」
「いや、大丈夫?」
「うん、ママがね、彼氏連れてきて、追い出されちゃって」
「マジか。あすみちゃんは大丈夫なの?」
「あ、うん、私は大丈夫」


 そりゃそうだよな、あすみちゃんの家なんだしあすみちゃんが追い出されることはありえない。思えば当たり前にモナのこと頼みすぎちゃっていたと反省する。


「わかった、今日は大丈夫だから」
「ごめんね、また連絡する」


 とはいえモナの方をちらっと見る。胸が高鳴る。僕の家は誰もいない。ふたりきり。なにも悪いことはしないけど、なにか悪いことをしているかのような気分になる。


 いや、シンイリがいる。ふたりきりじゃない。悪いことはなにもしていない!


「行こっか」
「うん」


 モナが少しこっちに傾き僕の腕に軽くぶつかるだけで僕の心臓は制御できなくなっている。こんなんで大丈夫か?


 モナの手と僕の手もコツコツとぶつかる。モナはなにも意識していなさそうで、僕は半歩モナから離れる。


 するとモナは駆け足で半歩近づいてくる。

 モナはなにも意識していない。僕の意識は左半分に集中している。


 家に着くとモナは「おじゃまします」と小さく呟いた。


 リビングまで行くとモナはシンイリを見つけ笑顔でかけよった。


「シンイリ! 久しぶり」


 そう言ってキュッと笑う。

 シンイリをゲージから出すとシンイリはすりすりとモナの膝にすりより、屈んだモナの膝に乗った。


「あ、毛がつくね」


 と思ったけどモナの服は黒くて、シンイリの毛も黒いからあまり目立たない。


 モナはシンイリの頭を撫でる。シンイリの目は細くなる。モナも同じ目をして撫でていた。


 なにか飲む? って聞こうとしてなにも飲まないことを思い出した。


 僕もモナの隣に座るとモナは僕の手を掴みシンイリの背中に持っていった。ふたりで撫でるとシンイリはいよいよリラックスも頂点に達しごろんとお腹を出した。


「モナ、モナは僕が死んだらどうなるの?」


 モナはびくんと体を張った。


「えっと、たぶんシンイリじゃなくなって、ほんとの死神になる」
「そっか、そうなってもあすみちゃんとかと仲良くできるの?」


 するとモナは首を横に振った。今にも泣き出しそうだ。猫のようなアーモンド型の瞳に涙が溢れた。


「できない、もう誰にも会えない、今度はターゲットとしか会えない」
「そっか」
「でもけいたのことは守りたい」


 真剣な瞳、ほろりと涙が落ちた。僕は拭ってあげたかったけどそんなことはできずにティッシュを渡す。


「ありがとう」

「ジョウシに聞いてみる」

「あの人?」


 モナはこくんとうなずく。


「あの人ほんとに怖い人?」


 僕は半信半疑の気持ちで聞いた。


「怖い人。だけど、優しい人」


 やっぱり。僕の読みは間違っていなかった。


 モナの言っている「怖い」ってのはこういっちゃなんだけどあの見た目とか、死神の仕事をしている上司ってところを言っていて、実際あの人自体は優しい人なんだと思う。僕はそれがすぐにそれがわかった。


「けいたいい人」


 そうかなと頬を掻く。
 

「あすみちゃんいい人」
「うん」
「坂崎くんもいい人」
「うん」
「おじさんもいい人」
「そうだね」


「シンイリも、シンイリを受け入れてくれたけいたの家族もみんないい人」

「うん」

「けいたの周りはいい人いっぱい」
「モナもだよ」


 そう言うとモナは恥ずかしそうに頬を赤らめた。


「けいたは死んだらダメ」
「死んでいい人なんていないよ」


 モナは悲しそうに俯き、そしてうなずいた。
  

「そうだ、明後日おじさんの誕生日なんだ、僕誕生日会したいと思ってるんだけど、どうかな? モナも来てくれない? たくさん人がいた方が楽しいし」


 僕は話題を変えた。現実から逃げたかったからだ。
 

「うん!」


 モナの顔が一瞬で笑顔になった。
 僕も嬉しくなって笑う。


 モナと目が合ってしばらく時が止まったようになった。


 ふぁーとシンイリが寝返りを打った。


 時がまた進む。