あすみちゃんの家に着いてメッセージを送る、するとあすみちゃんはすぐに玄関まで出てきて中に入るよう誘導した。
あすみちゃんの部屋はマンションの一室で、とても広いとはいえなかった。あすみちゃんはお母さんとふたり暮、しらしく、それならこの広さで十分なんだろうけど、それでも雑然と物が置いてあるこの空間はやっぱり少し狭く感じる。
しかも今はモナがいる。
「モナのこと頼んじゃってごめんね」
「いいのいいのモナちゃんね、ご飯も食べないし寝ないの」
「そうなの?」
「うん、だからお金かからないし、しかもトイレも行かないんだもん」
「そうなんだ、あすみちゃんのお母さんは?」
「うん、今はいないよ」
今はいない、いついるのかはわからない。
「モナのこと受け入れてくれてる?」
「まだ会ってないからわからない」
ということは全然帰ってきてないんだ。
どうりで生活感がない部屋のはずだ。
「そう、猫がお世話になったね」
「ま、元々保護したの私だからお世話するのは当たり前だよ」
そう言って苦笑した。
モナはテレビを見ていた。
「モナ、面白い? そのテレビ」
「うーん?」
どっちともつかないように曖昧な返事が返ってきた。
「人間てさ、毎日学校行ったり仕事に行ったりたいへんなことばかりじゃない。五日たいへんで休みは二日、割に合わないなんて思うけど、何かできるって幸せなのかもしれないね」
あすみちゃんはそう言いながら猫を連れてきた。
相変わらず大人しい子だ。膝の上に乗ってきた。
僕は頭を撫でる。するとぐるぐると喉を鳴らした。
「慣れてるね」
「うん、あ、これ猫エイズウイルスは陰性だったから」
そう言って検査結果表みたいなものをくれた。
「病院行ってくれたんだ」
「うん、健康状態も問題ないって、少し栄養失調気味だったみたいだけどカロリー高いウエットフードあげてたらだいぶよくなった。これ残った餌も入れとくね」
「かなりお金かかったでしょう」
「大丈夫だよ、これは自分が勝手にやったことだから。それよりここからの方がかかるよ、けいたくん大丈夫?」
「うん、うちは大丈夫だよ」
きっとあすみちゃんは自分のバイト代でやってくれたんだろう。お母さんもモナがいることを知らなかったくらいなんだし猫がいるなんてことは夢にも思わないだろう。
僕は今のところ親にお金を頼むしかない。そしてこの子を看取ることもできない。大学生になったらバイトをしてお金を入れようと思っていたけど、それすらもできなくなって、なのに迎え入れたいなんて自分勝手だよなと思う。
テレビからはバラエティと思しき番組がやっていてさまざまな年齢の男女の笑い声が響いている。誰かが何かを言って、別の誰かがツッコんで、そこにいるみんなが声を出して笑う。
なのにそれを見ていてモナは一切笑わない。
「感情があまりないのかな? 食べたり寝たりっていうのは生きてる楽しみのひとつだし、それがなくて娯楽もないって、モナちゃん楽しいのかな?」
モナは生きているのかな?
それよりモナは過去に生きていたのかな?
「どうだろ」
「トイレにしたって、そりゃ煩わしいよ、食べることなければ太ることも気にしなくていいんだけどさ、だけどそれが人間なんだなって痛感した。いろいろ考えながらも煩わしいことしながらも嫌なことに抗いながらも、それが人間なんだよね、それ全部奪われたら楽しいことなんてないよ」
あすみちゃんの言っていることは確かだった。
僕は胸が苦しくなった。モナは何を思っているんだろう。何も思っていないのかもしれない。何も思わないロボットみたいなモナを楽しませてあげることはできないのかな。
「じゃあとりあえずこの子はうちで責任をもって育てます」
玄関で靴を履きキャリーバッグを抱えて外に出る。あすみちゃんとモナが見送りに来てくれて笑顔で手を振っていた。
モナは感情がないと感じることはあるけれど、ちゃんとにっこりと笑うことがある。
悲しい顔をすることもある。
やっぱり感情がないなんてことはないと思う。
ドアから出ようと踵を返すと外の方からドアノブが回り一瞬前のめりになりそうになった。
そこから現れたのはとても若くてきれいな女性だった。
「ママ」
あすみちゃんがそう言ったからお母さんなんだろうけどお姉さんでも十分通用する、派手な印象のあるあすみちゃんをもっと派手にしたような、そんな女性だった。
「あら、お友達?」
「あ、お邪魔してます」
僕は慌てて頭を下げた。
「どうぞごゆっくり」
久しぶりに帰ってきた家に男がいたのにお母さんは何も感じないのかな?
もっとも、僕はあすみちゃんになにかしたりなんてしないけどさ。
「また行くの?」
「そう、着替え取りに来ただけ」
あすみちゃんが悲しい顔をした。
その隣、なぜかモナも悲しい顔をしていた。
お母さんはモナにも気がついたようで小さく頭を下げた。
「こ、こんばんは」
モナも頭を下げるとお母さんは「お友達たくさんっ」とご機嫌につぶやいた。
「あ、あの」
「なに?」
「僕比嘉慶太と申します」
「あらそう、彼氏?」
「いえ、違います」
「ふーん」
お母さんはあまり僕には興味がなさそうだ。
「あすみちゃん少し体調が悪いみたいで」
「ちょっと、けいたくん」
あすみちゃんは僕の腕をコツンと叩き鋭い視線を向けてきた。
「あすみ、そうなの?」
「あ、うん、でももう平気」
「(言った方がいいよ)」
口の動きだけであすみちゃんに伝える。
あすみちゃんは首を振る。
「病院行ってきなさいよ、これはご飯代、じゃあお母さんまた出かけるけどひとりで大丈夫だよね? 」そう言ったあとぐるりとモナと僕の方を見て「ひとりじゃないから大丈夫か」とつけ加えた。
あすみちゃんはひとりだよ、お母さん。
あすみちゃんの部屋はマンションの一室で、とても広いとはいえなかった。あすみちゃんはお母さんとふたり暮、しらしく、それならこの広さで十分なんだろうけど、それでも雑然と物が置いてあるこの空間はやっぱり少し狭く感じる。
しかも今はモナがいる。
「モナのこと頼んじゃってごめんね」
「いいのいいのモナちゃんね、ご飯も食べないし寝ないの」
「そうなの?」
「うん、だからお金かからないし、しかもトイレも行かないんだもん」
「そうなんだ、あすみちゃんのお母さんは?」
「うん、今はいないよ」
今はいない、いついるのかはわからない。
「モナのこと受け入れてくれてる?」
「まだ会ってないからわからない」
ということは全然帰ってきてないんだ。
どうりで生活感がない部屋のはずだ。
「そう、猫がお世話になったね」
「ま、元々保護したの私だからお世話するのは当たり前だよ」
そう言って苦笑した。
モナはテレビを見ていた。
「モナ、面白い? そのテレビ」
「うーん?」
どっちともつかないように曖昧な返事が返ってきた。
「人間てさ、毎日学校行ったり仕事に行ったりたいへんなことばかりじゃない。五日たいへんで休みは二日、割に合わないなんて思うけど、何かできるって幸せなのかもしれないね」
あすみちゃんはそう言いながら猫を連れてきた。
相変わらず大人しい子だ。膝の上に乗ってきた。
僕は頭を撫でる。するとぐるぐると喉を鳴らした。
「慣れてるね」
「うん、あ、これ猫エイズウイルスは陰性だったから」
そう言って検査結果表みたいなものをくれた。
「病院行ってくれたんだ」
「うん、健康状態も問題ないって、少し栄養失調気味だったみたいだけどカロリー高いウエットフードあげてたらだいぶよくなった。これ残った餌も入れとくね」
「かなりお金かかったでしょう」
「大丈夫だよ、これは自分が勝手にやったことだから。それよりここからの方がかかるよ、けいたくん大丈夫?」
「うん、うちは大丈夫だよ」
きっとあすみちゃんは自分のバイト代でやってくれたんだろう。お母さんもモナがいることを知らなかったくらいなんだし猫がいるなんてことは夢にも思わないだろう。
僕は今のところ親にお金を頼むしかない。そしてこの子を看取ることもできない。大学生になったらバイトをしてお金を入れようと思っていたけど、それすらもできなくなって、なのに迎え入れたいなんて自分勝手だよなと思う。
テレビからはバラエティと思しき番組がやっていてさまざまな年齢の男女の笑い声が響いている。誰かが何かを言って、別の誰かがツッコんで、そこにいるみんなが声を出して笑う。
なのにそれを見ていてモナは一切笑わない。
「感情があまりないのかな? 食べたり寝たりっていうのは生きてる楽しみのひとつだし、それがなくて娯楽もないって、モナちゃん楽しいのかな?」
モナは生きているのかな?
それよりモナは過去に生きていたのかな?
「どうだろ」
「トイレにしたって、そりゃ煩わしいよ、食べることなければ太ることも気にしなくていいんだけどさ、だけどそれが人間なんだなって痛感した。いろいろ考えながらも煩わしいことしながらも嫌なことに抗いながらも、それが人間なんだよね、それ全部奪われたら楽しいことなんてないよ」
あすみちゃんの言っていることは確かだった。
僕は胸が苦しくなった。モナは何を思っているんだろう。何も思っていないのかもしれない。何も思わないロボットみたいなモナを楽しませてあげることはできないのかな。
「じゃあとりあえずこの子はうちで責任をもって育てます」
玄関で靴を履きキャリーバッグを抱えて外に出る。あすみちゃんとモナが見送りに来てくれて笑顔で手を振っていた。
モナは感情がないと感じることはあるけれど、ちゃんとにっこりと笑うことがある。
悲しい顔をすることもある。
やっぱり感情がないなんてことはないと思う。
ドアから出ようと踵を返すと外の方からドアノブが回り一瞬前のめりになりそうになった。
そこから現れたのはとても若くてきれいな女性だった。
「ママ」
あすみちゃんがそう言ったからお母さんなんだろうけどお姉さんでも十分通用する、派手な印象のあるあすみちゃんをもっと派手にしたような、そんな女性だった。
「あら、お友達?」
「あ、お邪魔してます」
僕は慌てて頭を下げた。
「どうぞごゆっくり」
久しぶりに帰ってきた家に男がいたのにお母さんは何も感じないのかな?
もっとも、僕はあすみちゃんになにかしたりなんてしないけどさ。
「また行くの?」
「そう、着替え取りに来ただけ」
あすみちゃんが悲しい顔をした。
その隣、なぜかモナも悲しい顔をしていた。
お母さんはモナにも気がついたようで小さく頭を下げた。
「こ、こんばんは」
モナも頭を下げるとお母さんは「お友達たくさんっ」とご機嫌につぶやいた。
「あ、あの」
「なに?」
「僕比嘉慶太と申します」
「あらそう、彼氏?」
「いえ、違います」
「ふーん」
お母さんはあまり僕には興味がなさそうだ。
「あすみちゃん少し体調が悪いみたいで」
「ちょっと、けいたくん」
あすみちゃんは僕の腕をコツンと叩き鋭い視線を向けてきた。
「あすみ、そうなの?」
「あ、うん、でももう平気」
「(言った方がいいよ)」
口の動きだけであすみちゃんに伝える。
あすみちゃんは首を振る。
「病院行ってきなさいよ、これはご飯代、じゃあお母さんまた出かけるけどひとりで大丈夫だよね? 」そう言ったあとぐるりとモナと僕の方を見て「ひとりじゃないから大丈夫か」とつけ加えた。
あすみちゃんはひとりだよ、お母さん。