勉強はすることにした。突然しなくなるのもおかしいし、する以外に理由がなかった。こうやって頑張っていれば元々の世界で起こるはずだった僕のキャンパスライフが手に入るかもしれない、なんて少し思うし。

 翌日学校帰り、家には夕飯はいらないと言ってある。塾はない。僕は待ち合わせ場所に向かう。なんのことはない、いつもみんなで会う駅のところ、そこにあるファミレスに行くことになった。


 まず最初に着いたのは僕だった。そして「すぐ着く」というメッセージを受け取った。僕が早く来すぎたんだ、彼女たちの到着時刻は至極真っ当だ。



 学校終わりはいつもはまだ昼間のように明るかった。それは終わらない夏の話。今はもう夜を運んできている。夜までいかないけど、オレンジの空のキャンバスにちぎれた雲が浮かんでいて、そんな夕焼けが空に広がる。


 きれいな夕焼けだな、なんて思っていた、そして視線を下に移した、その時に立っていたんだ。なんと、坂崎が立っていた。


「おう、坂崎」
「おう」


 坂崎は少し恥ずかしそうに手を挙げた。


「待ってたのか? 僕のこと」
「そういうわけじゃねーよ、たまたま」


 たまたま? 引きこもりの坂崎がたまたまここにいるかな?


「今日俺ひとりだけじゃないんだ、それでも大丈夫?」


 坂崎は一瞬たじろいだ。無理もない。外に出ることすらハードルが高く、見知った顔のクラスメイトにすら人見知りを発揮している坂崎に、ましてや女の子ふたりなんてハードルは宙より高いだろう。


「ああ」
「いや、ごめん女の子ふたりもいるけどいい?」


 坂崎は眉を寄せて鋭い視線をこちらに送ってきた。
 いや、申し訳ないけど君が想像しているようなハーレム展開ではない。


 その次に坂崎の表情がふっと和らいだ。
 わかりやすい奴。


 申し訳ないけど君が想像しているようなダブルデート展開でもない。


 そんなことをしている間にあすみちゃんとモナが現れた。


 坂崎はクラスメイトの誰かかと思って身構えていたようだけど全く知らない子たちだったからか拍子抜けをしていた。


「今たまたま会って、一緒でもいいかな? 坂崎って俺のクラスメイトなんだ」


 坂崎を紹介するとあすみちゃんもモナもいつものように「こんばんは」と穏やかに言った。協調性スキルが高すぎる。


「こっちの茶髪の方があすみちゃん、タメだよ」
「どーも」
「どーも」


「んで、こっちの黒髪の子がモナ、年齢は……」
「十八」
「えっ? そうなの? じゃタメじゃん、てことはここはみんなタメ!」


 その瞬間『無礼講!』なんて言葉が頭に浮かんだ。誰が言ったわけではないけど、もしかしたら隣の全然知らないおじさんが全然知らない人に向かって言った言葉かもしれない。なんとなくそんな言葉が耳に残った。その言葉を拝借することにした。


 僕はポツリと呟いた。


「今夜は無礼講だ!」


 とね。


 たまたま会った四人の男女。
 ひとりは一ヶ月後に死ぬ。
 ひとりは死神。
 ひとりは引きこもり。


 これを言ったら坂崎は「あれ? 俺の悩みなんて他の人に比べたらたいしたことない?」なんて思うかもしれない。そう思い浮かべたらふっと笑みが浮かんできた。


「なになに、何笑ってるの」


 坂崎が不思議そうに顔を覗き込む。


「言っていい?」


 モナに許可を得る。モナは「まぁ、別に」といい首を縦に振った。


「坂崎、ここはすげーぞ」
「すげーって何が?」
「あ、お前のことも言ってもいいよな?」
「お、俺のこと?」
「うん、俺らもっとすごいこと言うから」


 そう言ったら坂崎は少し思案したあと首を縦に振った。


「よし、じゃあまず僕から、僕来月死ぬんだ。次モナ」
「えっ、ちょっちょっちょっ待って、なに? なんでそんなことになってんの?」
「なんでかわからないんだけど、突然そんなことになっちゃったの」
「病気とか?」
「たぶんそんな感じだと思う、はい次モナ」
「私は死神です」



「えええええ、え、ちょっと待って待ってなに、みんなこれなに? あ、酒だろ? 飲んじゃダメだよ高校生なんだから」
「これはソーダ水だよ」
「ウイスキーと混ぜたハイボールじゃないの?」
「色が違うじゃない」


「あ、じゃ、君! 君の茶色いの、怪しいなぁ」
「わ、私? 私烏龍茶なんだけど」
「ウーロンハイだ」


 坂崎探偵の迷推理は止まらない。だけど残念だけど全て的外れ。僕たちはドリンクバーでジュースを飲んでいるだけだよ。


「で、そこのウーロンハイの子、その子はなに」


 坂崎はあすみちゃんに向かってもっとなにかおかしな話をするんじゃないかと身構えた。残念だがあすみちゃんからは黒猫の話しか出てこないよ。


「私? だからこれは烏龍茶だってばー」不服そうに烏龍茶をストローでズズズと吸う。


「猫? 猫と話せるのか? 猫が空を飛ぶのか? さあなんでも言ってくれ」


「なんの話ー? 私の話は……」


 そう、猫を拾った話、里親探しに奔走しているそんな高校三年生。そう自己紹介すると、思っていたんだ。

「話は?」


 
「子どもができて悪阻で毎日吐きそう」