夕陽に染まる空の下、大学のキャンパスをゆっくりと歩く。きっと私は、もう大学に来ることはないだろうという思いを抱えていた。
だからだろうか、意識したわけではないけれど最後を噛み締めるみたいにゆっくりと門へと歩く。この場所は、私には眩しすぎたみたいだ。
前方を見ると、大学の出口である大きな門が見える。行に潜ったアーチには、「来校ありがとうございました」と大きな文字で飾ってあった。
きっと今、カメラを持っていたら青春の1ページのような光景を撮れたかもしれない。夕陽が照らすその景色は、私の人生では既にもう通り過ぎたものだった。
私は、目を逸らすことなく門へと向かう。何となく、あの門を潜ったらおしまいな気がした。
「何だが、大袈裟だな。ちょっとだけ、ノスタルジーに浸っちゃった」
しんみりしてしまった気持ちを、独り言として外に吐き出す。色々考え過ぎて耐えきれなかった。
別に何も解決する訳ではないけれど、口に出してしまうと息苦しさから少しだけど解放された。
「――――さ……き……さん……」
名前を呼ばれた気がしたけれど、空耳だと思い足を止めることなく門に真っすぐに進む。
「咲さん!!」
今度は、間違いなく聞こえ私は振り向く。すると、はぁーはぁーと息を切らせた幸知が膝に手を付いて立っていた。
「――もう……こんなに……走ったの……久しぶり……」
幸知は、私が振り返ったのを確認すると苦しそうにそう言った。
「えっ? 何かごめん」
まさか幸知が、私を追って走って来るなんて思わなかったのでびっくりする。汗だくになっている彼に走り寄って「大丈夫?」とハンカチを手渡した。
「何で、会わずに帰っちゃうんですか……」
幸知は、膝に手を当てたまま上目遣いに私を見て言う。その表情が、切なげでとても悲しそうだった。私は、何も言えずに押し黙ってしまう。
そんな顔で言われたら、会わずに帰りたかったなんて言える訳がない。
「何でって……い、忙しいかと思って?」
私は、咄嗟に無難な言い訳をした。
「俺、一番に咲さんに感想聞きたかったです」
幸知は、ようやっと呼吸が整ったのか今度は真っすぐに立って右手を腰に当てている。真っすぐに立たれると、今度は私が幸知を見上げる番だった。
私は、幸知の真っすぐな言葉に何も言えずに佇んでいた。すると、一歩幸知が私に近づき、私の腕を取った。
「咲さん? 聞いてます?」
幸知は、私の顔を覗き込む。突然の近さに、私はまたしても慌てふためく。
「き、聞いてるから! か、感想でしょ? なんて言おうって考えてただけだよ」
私は、幸知に握られている腕を払えない。
「で、どうでした?」
幸知は、今度はワクワクした顔で聞いてくる。さっきステージで輝いていた人と同一人物なんだと思ったら、急に緊張してしまう。
「えっと……、凄く……」
「凄く?」
「か、かっこ良かった……」
私は、小さな声でぼそぼそっと呟く。本来だったら、幸知の目を見て堂々と「格好良かったよ」って言えばいいのに変に意識してしまった。
「本当ですか? めっちゃ嬉しい」
幸知は、私の腕を離さずにきらきらの笑顔で喜んでいる。私は、どうすればいいのか頭を抱える。こんなシチュエーションは人生でも初めてなのだ。
自分に正直になれるとしたら、胸がときめかないはずがない。私は、俯けていた顔を上げて幸知の目をしっかり見た。
「あのね……」
――――私の言葉を阻むように、幸知の後ろから大きな声が聞こえた。
「ゆ、き、とー。ゆきとー」
幸知の後ろから、彼の名前を呼びながらこっちに手をぶんぶん振っている女の子が見える。幸知も気が付いたみたいで、後ろを振り返った。
「すみれ……」
幸知が、女の子の名前をポツリと呟く。女の子は、どんどん近づいてくる。そして私はすぐに気が付いた。その子が、ビラを配っていたアイドルみたいに可愛い女の子だったことに……。
その子は、私たちの前までくると息を弾ませている。さっきの幸知ほどではないので、普段から運動をしてそうだった。
「もう、幸知。突然、走って外に行っちゃうんだもん。心配するじゃんよー」
女の子は、幸知のシャツを握ってツンツンと可愛く引っ張っている。
「裕也にすぐに戻るって行って来たけど?」
幸知は素っ気なく答える。そして、握っていた手を離したかと思ったら今度は手を繋いで私の隣に立ちなおした。
私は、えっ? っと幸知の顔を伺ってしまうし、女の子は繋いだ手を見て怪訝な顔を私に向けた。
「えっと……その方は? 幸知のお姉さん?」
女の子の視線が、段々険しいものになっていくのを感じる。私は、怖すぎて彼女の顔を見られなかった。
「咲さん。俺の大切な人。今、取り込んでるから菫は先に戻っといて」
「だってすぐに打ち上げなんだよ。一緒に戻ろうよ。私待ってるから」
幸知が菫と呼んだ女の子は、引く気がないみたいだ。
「私はもう帰るから、打ち上げに行って。主役なんだからいないと駄目だよ」
私は、ゆっくりと幸知の手から自分のそれを抜いた。抜いた瞬間、ちょっとだけ胸に痛みが走ったけれど問題ない。
「ほら、お姉さんもそう言ってるよ」
菫は、幸知の腕を取って戻ろうとする。
「ちょっとやめてくれる。今、咲さんと話してるんだよ!」
幸知は、さっきとは違って強めに菫に応対している。私は、それを見てこれは良くないと判断した。
「幸知くん、私この後用事があってもう行かないと駄目なの。感想は、今度ゆっくり話すね。ちゃんと連絡するから。じゃーね」
私は、そう言って門へと走った。後ろから「咲さん!」と呼ぶ声がしたけれど、聞こえないふりをしてもう振り返ったりしなかった。
駅に行くために私はバス停に並んでいる。残念ながらバスは、行ったばっかりで15分待たなくちゃいけなかった。「あーあ」と私は溜息をつく。
完全にマウントを取られた。菫ちゃんとやらは、間違いなく幸知狙い。これを知った私は、溜息しか出ない……。一人でいいから、やけ酒を飲みたい気分。
一人、ふて腐りながらバスを待っていたけれど段々と私の後ろに人の列ができ始める。腕時計を確認すると、あと五分くらいだった。私は、大学の門がある方に背を向けて立っていた。
――――タッタッタッタと誰かが走ってきているなと思っていた。バスがもうすぐだから、走って来ているんだろうな、でも後5分あるから大丈夫なのにと私は他人事のように考えていた。
すると、ガッと肩を掴まれる。
びっくりして、後ろを振り返ったら菫ちゃんが息を切らして立っていた。今度は、さっきと違って本当に苦しそうにはぁーはぁーと息を吐いていた。
「菫さん?」
一体どうしたのかと、私は名前を呼んだ。
「……よ…かっ……た。まに……あっ……た…」
「どうしたの?」
菫は、息を整えている。私は、彼女が落ち着くのを黙って待った。
「言いたいことがあって。 私、幸知のことが好きです。貴方が、幸知とどんな関係なのか知りませんけど、それだけ言っておきたくて。私の方が、幸知にはお似合いだと思います。それだけです」
菫は、それだけ言うと私の返事も待たずに大学の方に走って行ってしまった。私は、何も言い返すこともできずにポカーンと佇む。そこに、バスがやってきて私の前で扉が開いた。
私は、機械が決められた動作をするのと同じようにバスの扉が開いたから何も考えずにただ乗り込んだ。
バスの座席に座って、小さな声で呟いた。
「そんなことわかってる……」
だからだろうか、意識したわけではないけれど最後を噛み締めるみたいにゆっくりと門へと歩く。この場所は、私には眩しすぎたみたいだ。
前方を見ると、大学の出口である大きな門が見える。行に潜ったアーチには、「来校ありがとうございました」と大きな文字で飾ってあった。
きっと今、カメラを持っていたら青春の1ページのような光景を撮れたかもしれない。夕陽が照らすその景色は、私の人生では既にもう通り過ぎたものだった。
私は、目を逸らすことなく門へと向かう。何となく、あの門を潜ったらおしまいな気がした。
「何だが、大袈裟だな。ちょっとだけ、ノスタルジーに浸っちゃった」
しんみりしてしまった気持ちを、独り言として外に吐き出す。色々考え過ぎて耐えきれなかった。
別に何も解決する訳ではないけれど、口に出してしまうと息苦しさから少しだけど解放された。
「――――さ……き……さん……」
名前を呼ばれた気がしたけれど、空耳だと思い足を止めることなく門に真っすぐに進む。
「咲さん!!」
今度は、間違いなく聞こえ私は振り向く。すると、はぁーはぁーと息を切らせた幸知が膝に手を付いて立っていた。
「――もう……こんなに……走ったの……久しぶり……」
幸知は、私が振り返ったのを確認すると苦しそうにそう言った。
「えっ? 何かごめん」
まさか幸知が、私を追って走って来るなんて思わなかったのでびっくりする。汗だくになっている彼に走り寄って「大丈夫?」とハンカチを手渡した。
「何で、会わずに帰っちゃうんですか……」
幸知は、膝に手を当てたまま上目遣いに私を見て言う。その表情が、切なげでとても悲しそうだった。私は、何も言えずに押し黙ってしまう。
そんな顔で言われたら、会わずに帰りたかったなんて言える訳がない。
「何でって……い、忙しいかと思って?」
私は、咄嗟に無難な言い訳をした。
「俺、一番に咲さんに感想聞きたかったです」
幸知は、ようやっと呼吸が整ったのか今度は真っすぐに立って右手を腰に当てている。真っすぐに立たれると、今度は私が幸知を見上げる番だった。
私は、幸知の真っすぐな言葉に何も言えずに佇んでいた。すると、一歩幸知が私に近づき、私の腕を取った。
「咲さん? 聞いてます?」
幸知は、私の顔を覗き込む。突然の近さに、私はまたしても慌てふためく。
「き、聞いてるから! か、感想でしょ? なんて言おうって考えてただけだよ」
私は、幸知に握られている腕を払えない。
「で、どうでした?」
幸知は、今度はワクワクした顔で聞いてくる。さっきステージで輝いていた人と同一人物なんだと思ったら、急に緊張してしまう。
「えっと……、凄く……」
「凄く?」
「か、かっこ良かった……」
私は、小さな声でぼそぼそっと呟く。本来だったら、幸知の目を見て堂々と「格好良かったよ」って言えばいいのに変に意識してしまった。
「本当ですか? めっちゃ嬉しい」
幸知は、私の腕を離さずにきらきらの笑顔で喜んでいる。私は、どうすればいいのか頭を抱える。こんなシチュエーションは人生でも初めてなのだ。
自分に正直になれるとしたら、胸がときめかないはずがない。私は、俯けていた顔を上げて幸知の目をしっかり見た。
「あのね……」
――――私の言葉を阻むように、幸知の後ろから大きな声が聞こえた。
「ゆ、き、とー。ゆきとー」
幸知の後ろから、彼の名前を呼びながらこっちに手をぶんぶん振っている女の子が見える。幸知も気が付いたみたいで、後ろを振り返った。
「すみれ……」
幸知が、女の子の名前をポツリと呟く。女の子は、どんどん近づいてくる。そして私はすぐに気が付いた。その子が、ビラを配っていたアイドルみたいに可愛い女の子だったことに……。
その子は、私たちの前までくると息を弾ませている。さっきの幸知ほどではないので、普段から運動をしてそうだった。
「もう、幸知。突然、走って外に行っちゃうんだもん。心配するじゃんよー」
女の子は、幸知のシャツを握ってツンツンと可愛く引っ張っている。
「裕也にすぐに戻るって行って来たけど?」
幸知は素っ気なく答える。そして、握っていた手を離したかと思ったら今度は手を繋いで私の隣に立ちなおした。
私は、えっ? っと幸知の顔を伺ってしまうし、女の子は繋いだ手を見て怪訝な顔を私に向けた。
「えっと……その方は? 幸知のお姉さん?」
女の子の視線が、段々険しいものになっていくのを感じる。私は、怖すぎて彼女の顔を見られなかった。
「咲さん。俺の大切な人。今、取り込んでるから菫は先に戻っといて」
「だってすぐに打ち上げなんだよ。一緒に戻ろうよ。私待ってるから」
幸知が菫と呼んだ女の子は、引く気がないみたいだ。
「私はもう帰るから、打ち上げに行って。主役なんだからいないと駄目だよ」
私は、ゆっくりと幸知の手から自分のそれを抜いた。抜いた瞬間、ちょっとだけ胸に痛みが走ったけれど問題ない。
「ほら、お姉さんもそう言ってるよ」
菫は、幸知の腕を取って戻ろうとする。
「ちょっとやめてくれる。今、咲さんと話してるんだよ!」
幸知は、さっきとは違って強めに菫に応対している。私は、それを見てこれは良くないと判断した。
「幸知くん、私この後用事があってもう行かないと駄目なの。感想は、今度ゆっくり話すね。ちゃんと連絡するから。じゃーね」
私は、そう言って門へと走った。後ろから「咲さん!」と呼ぶ声がしたけれど、聞こえないふりをしてもう振り返ったりしなかった。
駅に行くために私はバス停に並んでいる。残念ながらバスは、行ったばっかりで15分待たなくちゃいけなかった。「あーあ」と私は溜息をつく。
完全にマウントを取られた。菫ちゃんとやらは、間違いなく幸知狙い。これを知った私は、溜息しか出ない……。一人でいいから、やけ酒を飲みたい気分。
一人、ふて腐りながらバスを待っていたけれど段々と私の後ろに人の列ができ始める。腕時計を確認すると、あと五分くらいだった。私は、大学の門がある方に背を向けて立っていた。
――――タッタッタッタと誰かが走ってきているなと思っていた。バスがもうすぐだから、走って来ているんだろうな、でも後5分あるから大丈夫なのにと私は他人事のように考えていた。
すると、ガッと肩を掴まれる。
びっくりして、後ろを振り返ったら菫ちゃんが息を切らして立っていた。今度は、さっきと違って本当に苦しそうにはぁーはぁーと息を吐いていた。
「菫さん?」
一体どうしたのかと、私は名前を呼んだ。
「……よ…かっ……た。まに……あっ……た…」
「どうしたの?」
菫は、息を整えている。私は、彼女が落ち着くのを黙って待った。
「言いたいことがあって。 私、幸知のことが好きです。貴方が、幸知とどんな関係なのか知りませんけど、それだけ言っておきたくて。私の方が、幸知にはお似合いだと思います。それだけです」
菫は、それだけ言うと私の返事も待たずに大学の方に走って行ってしまった。私は、何も言い返すこともできずにポカーンと佇む。そこに、バスがやってきて私の前で扉が開いた。
私は、機械が決められた動作をするのと同じようにバスの扉が開いたから何も考えずにただ乗り込んだ。
バスの座席に座って、小さな声で呟いた。
「そんなことわかってる……」