幸知に導かれるまま、連れてこられたのは桜木町にあるイタリアンだった。店内は、ナチュラルテイストを意識したのか木目調の家具を用いて木の温かみ感じる。
天井からグリーンが掛けられ目にも優しく、心落ち着く店内だった。若い女の子が好きそうなお店だなと、店内をぐるりと見回すと思った通り若いカップルで賑わっていた。
「ここ、安くて美味しいんですよ」
席に着くと、幸知がそういってメニュー表を渡してくれた。メニュー表を見ると、確かにパスタの種類が豊富でどれも美味しそう。迷ってしまってなかなか決められない。
「幸知くん、もう決めた?」
「はい。俺、いつも同じなんで」
幸知は、私を見ながらニコニコしている。
「えっ? そうなの? ちなみにどれ?」
私は、メニュー表を幸知に向けた。幸知は、自分が選んだパスタを指で指し示す。
「これですよ。炙りたらこバターです」
「美味しそうだね。ってか、どれも美味しそうで迷う……」
私は、メニュー表を自分の方に向きなおして悩む。うーん、どうしよう……と決められずいた。何も言ってこない幸知を不思議に思って顔を上げると、やけにニコニコしている。
「あのさ……、さっきから何でそんなニコニコしてるの?」
私は、耐えきれずに聞いてしまう。だって、やけに今日は機嫌がいいような気がする。
「えっ? そうですか? そんなつもりはなかったんですけど。今日、咲さんに会えると思ってなかったんで本当に嬉しくて。それに、今日いつもと感じが違ってていいなーって」
私は、とっさにメニュー表に顔をうずめる。いや、確かにちょっとおしゃれしてきちゃいましたけど……。そんなに直球で褒められるって、完全に顔が赤くなっている。
二十歳君に翻弄される三十歳OL。絶対にまずい。私は、元々チョロインなのだ。でも、幸知の前では大人の女性を装っていたはずだ。これでは、被っていた猫がどこかに行ってしまう。
「大人を揶揄わないの!」
私は、ピシャンっと跳ねのける。
「別に揶揄ってないですけど。注文決まりました?」
幸知は、怒られてまずいと思ったのかあっさりと話題を変えた。
「エビとアボガドとモツレラチーズのジェノベーゼにする。あと、サラダとスープのセットも付ける」
私は、これ以上ぐずぐず選んでいられないと一番最初に目に入ったメニューにした。幸知が、すぐに店員を呼んでくれて注文をしてくれる。
私は、その間にお水を飲んで心を落ち着かせる。今日はなぜか、幸知のペースに嵌っている。今までは、ここまで気安い感じではなかったはずなのだが……。
もう何度も会っているし、堅苦しさが取れたのかもしれない。普段の幸知はこんな感じなのかもなと漠然と感じた。私は、落ち着きを取り戻すと今日の目的を聞いた。
「ところで、突然どうしたの? 何か進捗があった?」
「あっ、そうですよね。ちょっと待って下さいね」
幸知は、自分の横に置いた黒の斜め掛け鞄の中をあさる。
「これを渡したくて」
幸知は、鞄から一枚の紙きれを出してきて私の前に置いた。私は、その紙切れを手に取ってまじまじと見る。
K大学文化祭、軽音部チケットと書かれている。これは、もしかして幸知のライブのチケットなのかな?
「これって……」
「来週の週末に、大学の文化祭があって俺も軽音部のライブに出るから来てもらえないかなって。駄目ですか?」
幸知は、不安そうな表情で私を見る。私は、チケットを凝視して止まってしまった。大学の文化祭を、この年になって一人で見に行くってかなりハードルが高くないでしょうか……。
流石に、七菜香や蘭は誘えない……。チラッと、幸知の顔を見ると断られることを念頭に置いて心許ない表情だった。
そんな顔で見られて、無理って言えるわけないじゃんよ……。
「だっ、大丈夫。行くよ。幸知君が歌うんだもんね」
私は、無理やり笑って見せる。大丈夫。保護者だってたくさん来てるはず。それに紛れて見ていればきっと大丈夫! 私は、そう自分に言い聞かせる。
「本当ですか? 良かった。咲さんに見てもらいたかったから嬉しいです」
幸知が、先ほどの心配そうな表情から一転パッと顔を輝かせて喜んでいる。そんなに喜んでくれると思っていなかったので、私もなんだか嬉しくなる。
断らなくて良かったと、自分を褒めた。
「私も、幸知君が歌ってるの見るの楽しみだな。どんな曲歌うの?」
「それは、当日のお楽しみです。あー、良かった。ずっと緊張してたから、一気にお腹空いてきました。パスタ、まだですかね?」
幸知は、厨房の方に目をやった。
しばらくすると、料理が運ばれて来たので一緒に食べ始める。思った通り、とても美味しい。エビとアボガドなのだ間違いないと思ったけど、やっぱり美味しい。
サラダに入っている野菜は、レタスやキュウリやトマトなどの定番なのだが、かかっているドレッシングが凄く美味しい。
玉ねぎとニンニクのみじん切りをベースにしたドレッシングは、多分酢や白ワインなどが入っている。他にも色々入っていそうだが、そこまでぐらいしかわからない。でも、酸味が強いこともなく食べやすい。
「サラダにかかってる、ドレッシング美味しいねー」
私は、七菜香たちと食べている時の感じで幸知に話かけてしまう。
「あっ、そうなんですよ。いつも違うドレッシングなんですけど、いつも美味しくてお勧めなんです」
幸知も、ドレッシングが気に入ったようで笑顔が零れている。いちいち絵になるなーと感心してしまう。
この前のバーベキューの時は、あまり相手にしてあげなかったから、こんな風に改めて一緒に食事をすると目を引き付けられるものがある。
その後も、大学の話をしたりしながら楽しくご飯を食べた。明日も普通に仕事があるので、夕飯を食べ終えた私たちは帰宅の途につく。
幸知は、家まで送りますと言ってくれたけどそんなに遅い時間ではなかったので丁重に断った。残業で遅くなる時は、もっと遅い時間になる。これくらいで送ってもらうなんて、申し訳なさすぎる。
お店から桜木町の駅までの道を歩きながら、私はそう幸知に話をした。
「咲さん、危機感が弱すぎます。俺が言うのも何ですけど、ちゃんと防犯対策して下さいね!」
そう言ったかと思うと、少し前を歩いていた幸知はスタスタと私の隣まで歩いてくる。そして、行きと同じように私の手を取って歩き出した。
幸知の手は、私の手よりも大きくて暖かい。幸知の体温を身近に感じた私は、一瞬で鼓動が高まる。これは一体なんなのだろう……。聞いてしまえば、スッキリするんだろうか……。
さっきまで歩いていたお店のあった路地は、少し駅から離れた場所で人通りがまばらだった。だから並んで歩いていても、普通に会話ができた。
けれど、桜木町の駅に近づいた今は帰宅する人々でざわついている。
「ねえ、幸知くん。何で手つないでるの?」
私は、ポロっと本音をこぼす。返答次第では、頭を悩ませるだろうが深く考えなかった。
「え?」
行き交う人々の雑音で聞こえなかったのか、幸知が屈んで私の顔に自分の耳を近づけた。幸知との距離が一瞬にして縮まる。
びっくりして横を向いてしまった私の眼前には、幸知の整った顔がすぐ目の前にあった。
近すぎて何も言えなくなってしまった私は「何でもない」と誤魔化してしまう。私からの返事か無いからか、今度は幸知が私の耳元で囁く。
「咲さん、何で全然連絡くれないんですか? 俺がメッセージ送ってもそっけないし……」
幸知に握られている手に熱が帯びる。
「そんなことないと思うけど……」
幸知の突然の言葉に動揺する。彼がどんな顔をしてこんなことを言っているのか、確かめられそうにない。
「じゃー、たまには咲さんから連絡欲しいです」
幸知が、態勢を戻してそう言った。私は、彼の顔を仰ぎ見る。負担にならない程度に、控えめだけど本当に欲しそうなそんな顔だった。
私からの連絡が欲しいなんて……嬉しく思わないわけがない。胸の鼓動がドキドキと煩い。
「うん。わかった……。あっ、見て! あそこに見える観覧車、綺麗だね」
私は、咄嗟に話題を変えた。幸知の手の温もりと彼からの可愛いお願いに、私の心はパンク寸前だ。
「今度、一緒に乗りましょう」
そう言って笑った幸知の顔が、眩しすぎて直視できなかった私はもうどうしょうもない……。
天井からグリーンが掛けられ目にも優しく、心落ち着く店内だった。若い女の子が好きそうなお店だなと、店内をぐるりと見回すと思った通り若いカップルで賑わっていた。
「ここ、安くて美味しいんですよ」
席に着くと、幸知がそういってメニュー表を渡してくれた。メニュー表を見ると、確かにパスタの種類が豊富でどれも美味しそう。迷ってしまってなかなか決められない。
「幸知くん、もう決めた?」
「はい。俺、いつも同じなんで」
幸知は、私を見ながらニコニコしている。
「えっ? そうなの? ちなみにどれ?」
私は、メニュー表を幸知に向けた。幸知は、自分が選んだパスタを指で指し示す。
「これですよ。炙りたらこバターです」
「美味しそうだね。ってか、どれも美味しそうで迷う……」
私は、メニュー表を自分の方に向きなおして悩む。うーん、どうしよう……と決められずいた。何も言ってこない幸知を不思議に思って顔を上げると、やけにニコニコしている。
「あのさ……、さっきから何でそんなニコニコしてるの?」
私は、耐えきれずに聞いてしまう。だって、やけに今日は機嫌がいいような気がする。
「えっ? そうですか? そんなつもりはなかったんですけど。今日、咲さんに会えると思ってなかったんで本当に嬉しくて。それに、今日いつもと感じが違ってていいなーって」
私は、とっさにメニュー表に顔をうずめる。いや、確かにちょっとおしゃれしてきちゃいましたけど……。そんなに直球で褒められるって、完全に顔が赤くなっている。
二十歳君に翻弄される三十歳OL。絶対にまずい。私は、元々チョロインなのだ。でも、幸知の前では大人の女性を装っていたはずだ。これでは、被っていた猫がどこかに行ってしまう。
「大人を揶揄わないの!」
私は、ピシャンっと跳ねのける。
「別に揶揄ってないですけど。注文決まりました?」
幸知は、怒られてまずいと思ったのかあっさりと話題を変えた。
「エビとアボガドとモツレラチーズのジェノベーゼにする。あと、サラダとスープのセットも付ける」
私は、これ以上ぐずぐず選んでいられないと一番最初に目に入ったメニューにした。幸知が、すぐに店員を呼んでくれて注文をしてくれる。
私は、その間にお水を飲んで心を落ち着かせる。今日はなぜか、幸知のペースに嵌っている。今までは、ここまで気安い感じではなかったはずなのだが……。
もう何度も会っているし、堅苦しさが取れたのかもしれない。普段の幸知はこんな感じなのかもなと漠然と感じた。私は、落ち着きを取り戻すと今日の目的を聞いた。
「ところで、突然どうしたの? 何か進捗があった?」
「あっ、そうですよね。ちょっと待って下さいね」
幸知は、自分の横に置いた黒の斜め掛け鞄の中をあさる。
「これを渡したくて」
幸知は、鞄から一枚の紙きれを出してきて私の前に置いた。私は、その紙切れを手に取ってまじまじと見る。
K大学文化祭、軽音部チケットと書かれている。これは、もしかして幸知のライブのチケットなのかな?
「これって……」
「来週の週末に、大学の文化祭があって俺も軽音部のライブに出るから来てもらえないかなって。駄目ですか?」
幸知は、不安そうな表情で私を見る。私は、チケットを凝視して止まってしまった。大学の文化祭を、この年になって一人で見に行くってかなりハードルが高くないでしょうか……。
流石に、七菜香や蘭は誘えない……。チラッと、幸知の顔を見ると断られることを念頭に置いて心許ない表情だった。
そんな顔で見られて、無理って言えるわけないじゃんよ……。
「だっ、大丈夫。行くよ。幸知君が歌うんだもんね」
私は、無理やり笑って見せる。大丈夫。保護者だってたくさん来てるはず。それに紛れて見ていればきっと大丈夫! 私は、そう自分に言い聞かせる。
「本当ですか? 良かった。咲さんに見てもらいたかったから嬉しいです」
幸知が、先ほどの心配そうな表情から一転パッと顔を輝かせて喜んでいる。そんなに喜んでくれると思っていなかったので、私もなんだか嬉しくなる。
断らなくて良かったと、自分を褒めた。
「私も、幸知君が歌ってるの見るの楽しみだな。どんな曲歌うの?」
「それは、当日のお楽しみです。あー、良かった。ずっと緊張してたから、一気にお腹空いてきました。パスタ、まだですかね?」
幸知は、厨房の方に目をやった。
しばらくすると、料理が運ばれて来たので一緒に食べ始める。思った通り、とても美味しい。エビとアボガドなのだ間違いないと思ったけど、やっぱり美味しい。
サラダに入っている野菜は、レタスやキュウリやトマトなどの定番なのだが、かかっているドレッシングが凄く美味しい。
玉ねぎとニンニクのみじん切りをベースにしたドレッシングは、多分酢や白ワインなどが入っている。他にも色々入っていそうだが、そこまでぐらいしかわからない。でも、酸味が強いこともなく食べやすい。
「サラダにかかってる、ドレッシング美味しいねー」
私は、七菜香たちと食べている時の感じで幸知に話かけてしまう。
「あっ、そうなんですよ。いつも違うドレッシングなんですけど、いつも美味しくてお勧めなんです」
幸知も、ドレッシングが気に入ったようで笑顔が零れている。いちいち絵になるなーと感心してしまう。
この前のバーベキューの時は、あまり相手にしてあげなかったから、こんな風に改めて一緒に食事をすると目を引き付けられるものがある。
その後も、大学の話をしたりしながら楽しくご飯を食べた。明日も普通に仕事があるので、夕飯を食べ終えた私たちは帰宅の途につく。
幸知は、家まで送りますと言ってくれたけどそんなに遅い時間ではなかったので丁重に断った。残業で遅くなる時は、もっと遅い時間になる。これくらいで送ってもらうなんて、申し訳なさすぎる。
お店から桜木町の駅までの道を歩きながら、私はそう幸知に話をした。
「咲さん、危機感が弱すぎます。俺が言うのも何ですけど、ちゃんと防犯対策して下さいね!」
そう言ったかと思うと、少し前を歩いていた幸知はスタスタと私の隣まで歩いてくる。そして、行きと同じように私の手を取って歩き出した。
幸知の手は、私の手よりも大きくて暖かい。幸知の体温を身近に感じた私は、一瞬で鼓動が高まる。これは一体なんなのだろう……。聞いてしまえば、スッキリするんだろうか……。
さっきまで歩いていたお店のあった路地は、少し駅から離れた場所で人通りがまばらだった。だから並んで歩いていても、普通に会話ができた。
けれど、桜木町の駅に近づいた今は帰宅する人々でざわついている。
「ねえ、幸知くん。何で手つないでるの?」
私は、ポロっと本音をこぼす。返答次第では、頭を悩ませるだろうが深く考えなかった。
「え?」
行き交う人々の雑音で聞こえなかったのか、幸知が屈んで私の顔に自分の耳を近づけた。幸知との距離が一瞬にして縮まる。
びっくりして横を向いてしまった私の眼前には、幸知の整った顔がすぐ目の前にあった。
近すぎて何も言えなくなってしまった私は「何でもない」と誤魔化してしまう。私からの返事か無いからか、今度は幸知が私の耳元で囁く。
「咲さん、何で全然連絡くれないんですか? 俺がメッセージ送ってもそっけないし……」
幸知に握られている手に熱が帯びる。
「そんなことないと思うけど……」
幸知の突然の言葉に動揺する。彼がどんな顔をしてこんなことを言っているのか、確かめられそうにない。
「じゃー、たまには咲さんから連絡欲しいです」
幸知が、態勢を戻してそう言った。私は、彼の顔を仰ぎ見る。負担にならない程度に、控えめだけど本当に欲しそうなそんな顔だった。
私からの連絡が欲しいなんて……嬉しく思わないわけがない。胸の鼓動がドキドキと煩い。
「うん。わかった……。あっ、見て! あそこに見える観覧車、綺麗だね」
私は、咄嗟に話題を変えた。幸知の手の温もりと彼からの可愛いお願いに、私の心はパンク寸前だ。
「今度、一緒に乗りましょう」
そう言って笑った幸知の顔が、眩しすぎて直視できなかった私はもうどうしょうもない……。