オフィスのパソコン画面には、私が作成中の旧型製品との比較を表すグラフが映し出されている。営業さんにお願いされて、朝から資料片手に奮闘している。
私は、七菜香と湊さんが付合い始めたのを知ってからも至って普通に会社に通って仕事をしていた。
自分が選ばれなかったショックが、胸に小さな針として刺さっていたけれど七菜香に話を聞いたその日に吹っ切っていた。
三十歳にもなると、悲しいことがあってもその気持ちに折り合いをつけるのが上手くなった。初めて彼氏だと思っていた男性に捨てられた時は、泣いて泣いて泣いて周りの友達が引くくらい長いこと落ち込んだけれど……。
でももう今の私は、それだけ落ち込んでもいつかは忘れて新しい恋をすることを知っている。立ち直れることを知っているから、落ち込む時間が短くなった。
それにしたって、今回のことは吹っ切るのが早かったけれど……。
多分、七菜香の幸せそうな顔を見たら仕方ないと思ったし、悔しいけれど二人がとてもお似合いだと感じたからだ。
それに多分、幸知の存在も少なからず影響している。キスされて意識しないでいる方が難しい……。だからって、こちらから連絡をとるつもりはないのだけれど……。
「鈴木さーん、朝頼まれた資料ってこんな感じで大丈夫ですか?」
隣の鈴木さんに、私のパソコン画面を確認してもらう。
「うん。いいと思う。相変わらず、仕事早いねー。助かるわ」
鈴木さんは、感心したように画面を見ながら頷いている。
「良かったです。では、これで進めますね」
私は、パソコン画面に向き直り続きを打ち込んで行く。
「ところでさ、なんか最近元気ないよね?」
「は? 何でですか?」
私は、驚いて素のままの私で返答してしまった。
「いや、何となく? 一応俺、藤堂さんが新卒の頃から見ている先輩だし? 違ってたらごめんね」
鈴木さんは、ちょっと誇らしそうな顔をしている。当たった? と喜んでいるみたいだ。
「私、元気なかったですか?」
「自分で気づいてないの? 溜息多いし、重い雰囲気纏ってるし、かと思ったら何かにわたわたしてるし」
「なんか悔しいんですが……」
私は、鈴木さんに言い当てられたことが面白くなくてボソッと小さな声で呟く。しかも私は、至って普通のつもりだった。物凄く悔しい。
「当たりかー。俺って良い上司じゃね? この前見た、年下君に振られたの?」
「違います。彼とはそんなんじゃないって言いましたよね?」
「あれ? じゃー他にもいたの? 藤堂さん、なかなかやるー」
鈴木さんが茶化してくる。うざい……。
「鈴木さん、余計なおしゃべりしてたら課長に怒られます。真面目に仕事して下さい」
「なんだよー。元気づけようとしただけなのにー。まっ、藤堂さんは真面目で気が利くいい子だから大丈夫だって。ほら、これ食べて元気だせ」
鈴木さんが、自分のデスクの引き出しからチョコを出して私の机の上に置いた。それは、コンビニ限定味でインスタでバズって手に入りにくくなったチョコだった。
「家の近くのコンビニで見つけてさ、藤堂さん食べてみたいってこの前言ってたからさ」
「ありがとうございます」
鈴木さん、うざいって思ってごめんなさい。鈴木さんが実はいい上司だって知っているし、こんな風に優しい人だっていうのもわかっている。
落ち込んでいたのだと、私に気づかせたことが面白くなかっただけだ。
「おう。さっきの資料の続きよろしく!」
そう言うと、鈴木さんは自分のパソコン画面に向き直り仕事モードに戻っていった。私は、鈴木さんからもらったチョコを自分の机の引き出しにしまう。
パソコンのキーボードの上に指を置き、パチパチと文字を打つ。
吹っ切ってはいたけれど、元気はなかったらしい。自分で自分が面倒くさい。仕事に集中しようとしたけど、まるで資料が頭の中に入ってこない。
仕方がなく、私は席を立って給湯室に向かった。
気分転換にコーヒーでも飲もうと、給湯室の食器棚から自分のマグカップを出す。うちの会社には、人気のコーヒーチェーン店のコーヒーマシーンが併設されていて何時でもタダで飲み放題なのだ。
コーヒーマシーンの前に立って、マグカップをセットする。数ある種類の中から今日は、カプチーノを選択してボタンを押した。
プシューと音がしたかと思ったら泡のミルクが注がれる。その上からエスプレッソが注入され適量が入り切ったところで機械が止まった。
給湯室の中は、美味しそうなコーヒーの匂いが香っている。美味しそうなカプチーノの入ったマグカップを取って、私は自分のデスクへと戻って行った。
デスクに座って、カプチーノを一口飲む。何度飲んでも美味しい。これがタダで飲めるって、この会社に入って良かったと思うことの上位で間違いない。
コーヒーの香りを楽しんでいて、ふと思い出す。
家で幸知にコーヒーを入れてあげた時も、「美味しいです」と喜んでくれた。バーベキュー以降、幸知と連絡は取っていない。
そのうち、何かあれば向こうから連絡があるだろうと思ってそのままになっている。もし私に好意があるのなら、向こうから連絡が来るはずだし……。
それがないってことは、やっぱりあのキスは特に意味なんてなかったのだろうで片づけてしまっている私。
幸知のことは、今みたいに「元気にしているかな?」とたまに思い出すぐらいが丁度いい。
そして、私は仕事モードに戻っていった。
私は、七菜香と湊さんが付合い始めたのを知ってからも至って普通に会社に通って仕事をしていた。
自分が選ばれなかったショックが、胸に小さな針として刺さっていたけれど七菜香に話を聞いたその日に吹っ切っていた。
三十歳にもなると、悲しいことがあってもその気持ちに折り合いをつけるのが上手くなった。初めて彼氏だと思っていた男性に捨てられた時は、泣いて泣いて泣いて周りの友達が引くくらい長いこと落ち込んだけれど……。
でももう今の私は、それだけ落ち込んでもいつかは忘れて新しい恋をすることを知っている。立ち直れることを知っているから、落ち込む時間が短くなった。
それにしたって、今回のことは吹っ切るのが早かったけれど……。
多分、七菜香の幸せそうな顔を見たら仕方ないと思ったし、悔しいけれど二人がとてもお似合いだと感じたからだ。
それに多分、幸知の存在も少なからず影響している。キスされて意識しないでいる方が難しい……。だからって、こちらから連絡をとるつもりはないのだけれど……。
「鈴木さーん、朝頼まれた資料ってこんな感じで大丈夫ですか?」
隣の鈴木さんに、私のパソコン画面を確認してもらう。
「うん。いいと思う。相変わらず、仕事早いねー。助かるわ」
鈴木さんは、感心したように画面を見ながら頷いている。
「良かったです。では、これで進めますね」
私は、パソコン画面に向き直り続きを打ち込んで行く。
「ところでさ、なんか最近元気ないよね?」
「は? 何でですか?」
私は、驚いて素のままの私で返答してしまった。
「いや、何となく? 一応俺、藤堂さんが新卒の頃から見ている先輩だし? 違ってたらごめんね」
鈴木さんは、ちょっと誇らしそうな顔をしている。当たった? と喜んでいるみたいだ。
「私、元気なかったですか?」
「自分で気づいてないの? 溜息多いし、重い雰囲気纏ってるし、かと思ったら何かにわたわたしてるし」
「なんか悔しいんですが……」
私は、鈴木さんに言い当てられたことが面白くなくてボソッと小さな声で呟く。しかも私は、至って普通のつもりだった。物凄く悔しい。
「当たりかー。俺って良い上司じゃね? この前見た、年下君に振られたの?」
「違います。彼とはそんなんじゃないって言いましたよね?」
「あれ? じゃー他にもいたの? 藤堂さん、なかなかやるー」
鈴木さんが茶化してくる。うざい……。
「鈴木さん、余計なおしゃべりしてたら課長に怒られます。真面目に仕事して下さい」
「なんだよー。元気づけようとしただけなのにー。まっ、藤堂さんは真面目で気が利くいい子だから大丈夫だって。ほら、これ食べて元気だせ」
鈴木さんが、自分のデスクの引き出しからチョコを出して私の机の上に置いた。それは、コンビニ限定味でインスタでバズって手に入りにくくなったチョコだった。
「家の近くのコンビニで見つけてさ、藤堂さん食べてみたいってこの前言ってたからさ」
「ありがとうございます」
鈴木さん、うざいって思ってごめんなさい。鈴木さんが実はいい上司だって知っているし、こんな風に優しい人だっていうのもわかっている。
落ち込んでいたのだと、私に気づかせたことが面白くなかっただけだ。
「おう。さっきの資料の続きよろしく!」
そう言うと、鈴木さんは自分のパソコン画面に向き直り仕事モードに戻っていった。私は、鈴木さんからもらったチョコを自分の机の引き出しにしまう。
パソコンのキーボードの上に指を置き、パチパチと文字を打つ。
吹っ切ってはいたけれど、元気はなかったらしい。自分で自分が面倒くさい。仕事に集中しようとしたけど、まるで資料が頭の中に入ってこない。
仕方がなく、私は席を立って給湯室に向かった。
気分転換にコーヒーでも飲もうと、給湯室の食器棚から自分のマグカップを出す。うちの会社には、人気のコーヒーチェーン店のコーヒーマシーンが併設されていて何時でもタダで飲み放題なのだ。
コーヒーマシーンの前に立って、マグカップをセットする。数ある種類の中から今日は、カプチーノを選択してボタンを押した。
プシューと音がしたかと思ったら泡のミルクが注がれる。その上からエスプレッソが注入され適量が入り切ったところで機械が止まった。
給湯室の中は、美味しそうなコーヒーの匂いが香っている。美味しそうなカプチーノの入ったマグカップを取って、私は自分のデスクへと戻って行った。
デスクに座って、カプチーノを一口飲む。何度飲んでも美味しい。これがタダで飲めるって、この会社に入って良かったと思うことの上位で間違いない。
コーヒーの香りを楽しんでいて、ふと思い出す。
家で幸知にコーヒーを入れてあげた時も、「美味しいです」と喜んでくれた。バーベキュー以降、幸知と連絡は取っていない。
そのうち、何かあれば向こうから連絡があるだろうと思ってそのままになっている。もし私に好意があるのなら、向こうから連絡が来るはずだし……。
それがないってことは、やっぱりあのキスは特に意味なんてなかったのだろうで片づけてしまっている私。
幸知のことは、今みたいに「元気にしているかな?」とたまに思い出すぐらいが丁度いい。
そして、私は仕事モードに戻っていった。