一夜明けて朝起きた私は、テレビの前のソファーに座ってぼけーっとしていた。昨日の出来事が頭を駆け巡って、何を考えるべきなのかパニックを起こしている。
七菜香と湊さんがキスをしていたこと、それで知った自分の気持ち、帰りがけに幸知にされたキス。どれ一つとっても、現実に思えなくてぼんやりしてしまう。
窓から入る日差しが、丁度私の目の前にあるローテーブルに当たっている。斜めに入る明るい光を見ながら呟く。
「恋かどうかもわかんないな……」
湊さんのことは、話しやすくていい人だと思っていた。出会った当初は、私の好きなタイプだと意識もしていた。
でも仲良くなるにつれて、誰にでも優しいのだと気づいてからはそう思わないようにしていたのに……。
結局、そう思っていること自体がもう好きになっていたのか……。望みがないのを分かっていながら、向こうからのアプローチを期待していた……。
それがやっぱり自分じゃなかったことに勝手に傷ついている。なんて馬鹿な私……。
歴代の最低彼氏のトラウマからなのか、いつのまにか恋に臆病になっていた。そんなことさえ、自分で気づいていなかった。
二人が付き合っている事実に、素直におめでとうと言えるのか……。正直、二人がキスしていたシーンを思い浮かべると、黒い靄が胸に沸く。
何もしなかった私が非難する資格なんてない。でも、自分が悪いのだからと割り切れるほど人間できていない。すっきりできない気持ちと折り合いがつかないから、現実逃避をするしかない。
思考が幸知との出来事に飛ぶ。幸知にされたキス……。自分の唇に指を当てて、あの時のことを思い出す。
チュッと一瞬、掠めただけだったけれど間違いなくキスだった。強くつかまれた腕の感覚も覚えている。
幸知は、どうしてあんなことをしたんだろうか? 私のことが好きなのか? そんな心当たりが見当たらない。
だって、十歳も年が離れていて魅力的とは言えない私。今、正に好意を抱いてた相手から相手にされなかったばかり。そんな私を、あんな若くて格好いい男の子が好きになる理由があると思えない。それに彼は今、誰かに恋なんてしている場合じゃないはずだ。
「はぁーわからない。なんでキスなんてするんだよ……」
私は、頭を抱えてうずくまる。
そこに、スマホにメッセージ通知が送られてくる。テーブルの上に置いていたスマホを取ると、珍しく蘭からの通知だった。
七菜香と三人のグループにメッセージが入っていた。
『昨日はお疲れ。七菜香さ、言うことあるよね? 蘭』
蘭にしては、珍しく直球だ。しかも個別のメッセージではなく、グループに送ってくる辺り私に配慮しているのがわかる。
きっと蘭は、私の気持ちをわかってて知るなら早い方がいいと私も混ぜてくれたのだ。
すぐに新しいメッセージが現われる。
『ごめーん。わかっちゃったー? 実は、湊さんと付き合うことになりましたー。七菜香』
七菜香の告白を聞いた私は、もう昨日と同じ衝撃は受けなかった。ただの確認作業みたいなものだ。胸に広がる黒い染みがじわじわと侵食している。
私は、画面を見ながらなんと送ろうかと考えを巡らす。
『そっかー。全然、気づかなかったよー。咲』
当たり障りのない、無難な文章に留める。
『ちょっと、何でそうなったのか説明求む。今日暇ならランチするぞ。蘭』
『OK。七菜香』
『いいよ。咲』
聞くしかないでしょうと、私は諦めの境地に達する。聞かない方が、どうせ気になって仕方ない。一体いつ、どっちから声をかけたのだろう……。それは、ずっと気になっていたのだ。
その後に、何時にどこに集まるか相談してメッセージのやり取りを終了した。二時間後に、関内にある幸知と行った喫茶店に決まった。
あの喫茶店は、時間を気にせずにゆっくりできるので三人の都合が合えばしばしばランチを食べに行く場所なのだ。
そうと決まれば、出かける準備を始めないといけない。今日は、まだ洗濯も掃除も顔さえも洗っていない。急がないと間に合わない。私は、慌ただしく動き出した。
**************
待合せ場所につくと、まだ二人とも来ていなかった。私は、先にお店の中に入って席をとる。正午前なのでまだ席に余裕を感じる。私は、ゆっくり三人で話せそうな一番端のボックス席を陣取った。
席に着いた私は、メニュー表を見ながら待つことにした。朝ご飯を食べずに来てしまったので、ランチとデザートをガッツリ食べようと企む。
「ごめん、お待たせ。七菜香は、まだか……」
私を見つけた蘭が、私の向かいの席に腰を掛ける。
「私も今来たところだから。昨日は、お疲れ様」
「お疲れ。……ねえ、先に聞いとくけど……。咲さ、大丈夫? 幸知君いるから平気か?」
蘭が、喫茶店の入り口を見つつ七菜香がまだ来ていないことを確認しながら言った。
「大丈夫って何が? それにさ、幸知君はそういんじゃないって言ってるじゃんよ」
「いや、そういうのいいから。咲さ、湊さんのこと少なからずいいなって思ってたよね?」
蘭が、クールにさらっと聞いてくる。流石、蘭と言うべきか私よりも私のことをわかっている……。私は、答えられずに黙ってしまう。
「沈黙は肯定ってことね。あとさ、どう考えても幸知君さ咲のこと好きだよね? ってかさ、七菜香じゃないけどかなりのイケメンで驚いたんだけど」
蘭は、遠慮なくサクサクと話を進める。
「あのさ、蘭から見たらそう見えたってこと? でもさ、十歳年上だよ? あのイケメンだよ? 私の何が引っかかるって言うの? さっぱりわからないんだけど……」
私は、自分じゃもう分からなくて蘭にこの際だから聞いてしまえとやけになる。
「んー、やっぱり年上のお姉さんってところがいいのかな? 若い子にはない余裕とか? あとさ、咲は自分で思ってるよりも懐が深いからね。一回入ったら居心地よくて出てこられないのかも」
「何なのそれ? そんなこと言われたの初めてだけど?」
「うん。初めて言ったからね」
蘭は、平然とした顔でそう言う。初めて言ったってさ……。そんなの知らないし……。懐が深いって一体何なのさ? 私は、さっぱり意味がわからない。
「ごめーん。お待たせ。一番最後だった。二人とも、もうなんか頼んじゃった?」
私と蘭が黙りこくったところで、丁度七菜香が登場する。
「や、まだだよ。昨日はお疲れ様ー。幸知のことありがとうね」
私がそう答えると、七菜香は蘭の隣に腰を下ろした。蘭も七菜香に「昨日はお疲れ」と声をかけている。
「全然大丈夫なんだけどさ。むしろ、私いなくても彼ちゃんと一人でコミュニケーション取れてたよ。佐々木さんや倉田さんとも、なんかマニアックなことで盛り上がってたし」
七菜香は、上着を脱いで自分の横に畳んで置いた。店員さんが、蘭や七菜香の分のお水を運んで来てくれる。私たちが「ありがとうございます」と会釈をすると下がって行った。
「そうなんだ。なら良かった。あまり年上の人と話す機会はないみたいだから、たまには違う年代の同姓と話してみるのも面白いと思ってさ。でも、マニアックなことって一体なに?」
私は、七菜香に自分が見ていたメニュー表を渡す。渡したメニュー表を開きながら、うーんと考えていた。
「ちょっと待ってね。先に注文しちゃおう。二人ともまだなんだよね?」
七菜香がそういうので、それもそうだと三人ともさっさと頼むものを決めて注文をした。
七菜香と湊さんがキスをしていたこと、それで知った自分の気持ち、帰りがけに幸知にされたキス。どれ一つとっても、現実に思えなくてぼんやりしてしまう。
窓から入る日差しが、丁度私の目の前にあるローテーブルに当たっている。斜めに入る明るい光を見ながら呟く。
「恋かどうかもわかんないな……」
湊さんのことは、話しやすくていい人だと思っていた。出会った当初は、私の好きなタイプだと意識もしていた。
でも仲良くなるにつれて、誰にでも優しいのだと気づいてからはそう思わないようにしていたのに……。
結局、そう思っていること自体がもう好きになっていたのか……。望みがないのを分かっていながら、向こうからのアプローチを期待していた……。
それがやっぱり自分じゃなかったことに勝手に傷ついている。なんて馬鹿な私……。
歴代の最低彼氏のトラウマからなのか、いつのまにか恋に臆病になっていた。そんなことさえ、自分で気づいていなかった。
二人が付き合っている事実に、素直におめでとうと言えるのか……。正直、二人がキスしていたシーンを思い浮かべると、黒い靄が胸に沸く。
何もしなかった私が非難する資格なんてない。でも、自分が悪いのだからと割り切れるほど人間できていない。すっきりできない気持ちと折り合いがつかないから、現実逃避をするしかない。
思考が幸知との出来事に飛ぶ。幸知にされたキス……。自分の唇に指を当てて、あの時のことを思い出す。
チュッと一瞬、掠めただけだったけれど間違いなくキスだった。強くつかまれた腕の感覚も覚えている。
幸知は、どうしてあんなことをしたんだろうか? 私のことが好きなのか? そんな心当たりが見当たらない。
だって、十歳も年が離れていて魅力的とは言えない私。今、正に好意を抱いてた相手から相手にされなかったばかり。そんな私を、あんな若くて格好いい男の子が好きになる理由があると思えない。それに彼は今、誰かに恋なんてしている場合じゃないはずだ。
「はぁーわからない。なんでキスなんてするんだよ……」
私は、頭を抱えてうずくまる。
そこに、スマホにメッセージ通知が送られてくる。テーブルの上に置いていたスマホを取ると、珍しく蘭からの通知だった。
七菜香と三人のグループにメッセージが入っていた。
『昨日はお疲れ。七菜香さ、言うことあるよね? 蘭』
蘭にしては、珍しく直球だ。しかも個別のメッセージではなく、グループに送ってくる辺り私に配慮しているのがわかる。
きっと蘭は、私の気持ちをわかってて知るなら早い方がいいと私も混ぜてくれたのだ。
すぐに新しいメッセージが現われる。
『ごめーん。わかっちゃったー? 実は、湊さんと付き合うことになりましたー。七菜香』
七菜香の告白を聞いた私は、もう昨日と同じ衝撃は受けなかった。ただの確認作業みたいなものだ。胸に広がる黒い染みがじわじわと侵食している。
私は、画面を見ながらなんと送ろうかと考えを巡らす。
『そっかー。全然、気づかなかったよー。咲』
当たり障りのない、無難な文章に留める。
『ちょっと、何でそうなったのか説明求む。今日暇ならランチするぞ。蘭』
『OK。七菜香』
『いいよ。咲』
聞くしかないでしょうと、私は諦めの境地に達する。聞かない方が、どうせ気になって仕方ない。一体いつ、どっちから声をかけたのだろう……。それは、ずっと気になっていたのだ。
その後に、何時にどこに集まるか相談してメッセージのやり取りを終了した。二時間後に、関内にある幸知と行った喫茶店に決まった。
あの喫茶店は、時間を気にせずにゆっくりできるので三人の都合が合えばしばしばランチを食べに行く場所なのだ。
そうと決まれば、出かける準備を始めないといけない。今日は、まだ洗濯も掃除も顔さえも洗っていない。急がないと間に合わない。私は、慌ただしく動き出した。
**************
待合せ場所につくと、まだ二人とも来ていなかった。私は、先にお店の中に入って席をとる。正午前なのでまだ席に余裕を感じる。私は、ゆっくり三人で話せそうな一番端のボックス席を陣取った。
席に着いた私は、メニュー表を見ながら待つことにした。朝ご飯を食べずに来てしまったので、ランチとデザートをガッツリ食べようと企む。
「ごめん、お待たせ。七菜香は、まだか……」
私を見つけた蘭が、私の向かいの席に腰を掛ける。
「私も今来たところだから。昨日は、お疲れ様」
「お疲れ。……ねえ、先に聞いとくけど……。咲さ、大丈夫? 幸知君いるから平気か?」
蘭が、喫茶店の入り口を見つつ七菜香がまだ来ていないことを確認しながら言った。
「大丈夫って何が? それにさ、幸知君はそういんじゃないって言ってるじゃんよ」
「いや、そういうのいいから。咲さ、湊さんのこと少なからずいいなって思ってたよね?」
蘭が、クールにさらっと聞いてくる。流石、蘭と言うべきか私よりも私のことをわかっている……。私は、答えられずに黙ってしまう。
「沈黙は肯定ってことね。あとさ、どう考えても幸知君さ咲のこと好きだよね? ってかさ、七菜香じゃないけどかなりのイケメンで驚いたんだけど」
蘭は、遠慮なくサクサクと話を進める。
「あのさ、蘭から見たらそう見えたってこと? でもさ、十歳年上だよ? あのイケメンだよ? 私の何が引っかかるって言うの? さっぱりわからないんだけど……」
私は、自分じゃもう分からなくて蘭にこの際だから聞いてしまえとやけになる。
「んー、やっぱり年上のお姉さんってところがいいのかな? 若い子にはない余裕とか? あとさ、咲は自分で思ってるよりも懐が深いからね。一回入ったら居心地よくて出てこられないのかも」
「何なのそれ? そんなこと言われたの初めてだけど?」
「うん。初めて言ったからね」
蘭は、平然とした顔でそう言う。初めて言ったってさ……。そんなの知らないし……。懐が深いって一体何なのさ? 私は、さっぱり意味がわからない。
「ごめーん。お待たせ。一番最後だった。二人とも、もうなんか頼んじゃった?」
私と蘭が黙りこくったところで、丁度七菜香が登場する。
「や、まだだよ。昨日はお疲れ様ー。幸知のことありがとうね」
私がそう答えると、七菜香は蘭の隣に腰を下ろした。蘭も七菜香に「昨日はお疲れ」と声をかけている。
「全然大丈夫なんだけどさ。むしろ、私いなくても彼ちゃんと一人でコミュニケーション取れてたよ。佐々木さんや倉田さんとも、なんかマニアックなことで盛り上がってたし」
七菜香は、上着を脱いで自分の横に畳んで置いた。店員さんが、蘭や七菜香の分のお水を運んで来てくれる。私たちが「ありがとうございます」と会釈をすると下がって行った。
「そうなんだ。なら良かった。あまり年上の人と話す機会はないみたいだから、たまには違う年代の同姓と話してみるのも面白いと思ってさ。でも、マニアックなことって一体なに?」
私は、七菜香に自分が見ていたメニュー表を渡す。渡したメニュー表を開きながら、うーんと考えていた。
「ちょっと待ってね。先に注文しちゃおう。二人ともまだなんだよね?」
七菜香がそういうので、それもそうだと三人ともさっさと頼むものを決めて注文をした。