皆本くんは、あまり温かい家庭に育っていなそうだ。

 手作り弁当というものに大きな意味を持ち過ぎている。

 そもそも、夫がいるのに他の男に手作り弁当を渡す関口南とかいう女から既に嫌な感じがする。

「え、マジですか? もしかしてお姉さん。俺のこと⋯⋯」

 皆本くんに頭の中が、手作り弁当イコール自分に気があるということになっている。

 少し気にかけてもらっただけで、頬を染めて嬉しそうにする彼を危なっかしいと思った。
 彼は、とても危うく弄ばされやすい子だ。

「手作り弁当くらい作るわよ。関口南さんに好かれたいんでしょ」

「えっと、お姉さんから手作り弁当を貰うと南さんに好かれるんでしょうか」

 好意を持たれるかは別として、今よりも関口南が皆本くんに注目するのは確かだ。
 おそらくだが、現状、皆本くんは関口南の恋愛対象にさえなっていない。

 皆本くん自身に人としての魅力を感じないからだ。
 23歳の私からみて魅力がないのだから、30代で結婚まで経験している女から見たら自分を慕ってくれることだけに価値がある男だろう。

「旦那さんと関口南さんが離婚したら、関口南さんは皆本くんを選ぶと思う? 今の君は何となくアルバイトをしているだけの学生さん。仕事もパート程度しかしていない30代の南さんが未来を考えられる相手でもない」

 私の言葉に明らかに皆本くんが傷ついているのが分かった。
 彼も私と負けず劣らず、繊細な性格なようだ。

「彼女にまず、毎日お弁当を作ってくれる子がいるくらいモテる男だと皆本くんのことを認識させるの。それから、皆本くんも仕事に本気を出して。週5日入っているなら、本気になれば纏め役にもなれるはずよ。女を養えるレベルの旦那と比較されたら、今の君はどうしても劣るから。出来る男であるところを彼女に見せるの」

 不思議なことに私は子供が絡んでいない、この話には憎悪を持たなかった。

 それでも関口南という人物が結婚してもいつまでも女として見られたくて、夫以外の男にちょっかいを出す女だということだけは引っ掛かった。
(川上陽菜もそんな女だった⋯⋯)

「お姉さん。すごく俺のこと真剣に考えてくれるんですね。こんなに俺のこと考えてくれる人は今までいなかった気がします。お名前は何とおっしゃるのですか?」

 私の予想通り、皆本くんは愛情不足に育てられた子のようだ。

「山田真希よ。じゃあ、そのうち職場で会おうね」
 皆本くんは頭を下げると、事務所を出て行った。

「ちょっと、真希ちゃん。今度はコールセンターで働くの? というか、あれで帰しちゃうと『別れさせ屋』の仕事にならないんだけど⋯⋯」
「コールセンターは、私の実績を話せば即日雇って貰えると思います。マリアさん、『別れさせ屋』の仕事をしているのはなぜですか? お金に困ってもない育ちの良いマリアさんや聡さんがする仕事ではないですよ」
私の言葉にマリアさんが、微かに震えている。

 それを心配そうに聡さんが見つめていた。
(何? 脅されてやっている仕事?)

「真希、とりあえず盗聴器を探そう。発見器も買ったことだし! それから、手作り弁当って俺の分も作ってもらっちゃダメ? 絶対、もう真希の嫌がることはしないから家にも帰ってきて欲しいんだけど」

 聡さんが捨て犬のような顔で懇願してくる。

 彼が私を女として見ていることが分かった以上、彼の側にいるのは私にとってはキツイことだ。
 裕司の時も女として求められてキツかったけれど、家族が欲しかったから我慢できた。

 彼の母親が優しく子供思いの素敵な人で、私は彼女の娘になれるのを楽しみにしていた。

 聡さんと私は出会って1ヶ月も経っていないし、彼がセレブ過ぎて家族になる未来もイメージできない。

「DNA鑑定の結果が出るまで一緒にいます。お弁当くらい作りますよ」

 私は断るつもりでいたのに、なぜだか真逆のことを言っていた。
 聡さんに抱きしめられて眠った日の温もりが、とても幸せで忘れられない。
 髪まで乾かしてもらって、大切に扱われている気がした。
(私も相当な寂しがりやね⋯⋯)

「ありがとう! 真希」
 聡さんは私に近づいて抱きしめてこようとした手を引っ込めた。

 私が何を嫌がるか分からなくて迷っているのだろう。
 こんな病的に面倒な女を好きになるなんて、可哀想な人だ。

ピピー!
「はあ⋯⋯盗聴器ありましたね」
 コンセントのところに、盗聴器が仕掛けてあった。
 私がそれを外していると、聡さんとマリアさんが驚いたような顔をしている。

「雨が仕掛けたってことなのか?」
聡さんの言葉に私は深く頷いた。

 彼は雨くんを相当信用していたらしい。
雨くんと2年も一緒に寝食を共にしていて、信頼関係を築いていただろうから当然の反応だ。

(確かに、雨くんは明るく無邪気で無害な男の子をうまく演じていた⋯⋯)

「嘘! 雨もサニーの手下だったってこと?」
 マリアさんは余程ショックだったのか顔を覆って泣き出した。