私は、今、岩崎聡ほどの男がどうして表に堂々と言えない『別れさせ屋』などという仕事をしているのかが気になっている。
私は気になることは必ずクリアーにしていかないと、前に進めない人間だ。
彼は私に、御曹司という設定で近づいて来た。
おそらく私が経済的に安定したパートナーを求めているとプロファイリングしたのだろう。
御曹司という設定は『別れさせ屋』をやっている以上、偽りの設定である可能性が高い。
しかし、私は彼から隠しきれない育ちの良さを感じた。
今、目の前の彼は『別れさせ屋』としてアウトローを演じているが、私にはお坊ちゃんが悪ぶっているようにしか見えない。
元カレである原裕司への気持ちは恋ではない。
そもそも、恋愛という贅沢をできるような環境に育ってない私にはその感情が芽生えない。
彼への復讐は、彼を奪ったビッチ女への復讐と共に必ず果たす。
私は人を傷つけて平気で幸せになれると思っている人間を決して許さない。
一生苦しむくらいの後悔と絶望を味合わせてやりたい。
「聡、真希ちゃんを雇ってあげよう。真希ちゃんの能力なら公務員試験もすぐ受かるわよ。真希ちゃんも出会いが欲しいなら、マッチングアプリでもしたら? あなた可愛いし素敵な子だからお相手はすぐ見つかると思うけれど」
私の脅しに強張った顔をする岩崎さんを見て、お色気お姉さんがフォローしてきた。
「ヤリモクが多いマッチングアプリは私には地雷です」
私の話をしっかりとお色気お姉さんは聞いていたのだろうか。
胸の大きい女はそこに成分を取られているのか、抜けたような発言をしてくる女が多い。
(このお姉さんの相手にするのは疲れるな⋯⋯悪い人じゃないんだけど)
「そっか、そうだよね。私は戸部マリアって言うの。私のことはマリアって呼んで。ねえ、聡、私の名前も教えちゃったし真希ちゃん雇おうよ」
マリアさんは大きなおっぱいを岩崎さんに近づけながらおねだりをしていた。
私のようなツルツルぺったんこにはないリーサル・ウェポンを持っている方だ。
「まあ、真希ちゃんが原さんと別れてくれないと成功報酬も貰えないしな。わかったよ」
私は岩崎さんの言葉に驚いた。
裕司は200万円をこの事務所に既に払っているのに、それとは別に成功報酬も払うらしい。
(そこまでしても裕司は私と別れたいということか⋯⋯)
今の私は心臓を針で刺されたくらい心が痛くて、立っているのも辛い。
「ありがとうございます。私、頑張ります」
声が震えそうになるのを必死で耐えた。
永遠を誓った恋人からは捨てられ、今は違法業者に必死にしがみついている自分が痛い。
「じゃあ、早速この案件を真希ちゃんに依頼したら?」
お色気お姉さん改めマリアさんが出してきた資料に一瞬呼吸が止まった。
「良いんじゃないのか? まずは、ターゲットの漆原俊哉に接触してみろよ。真希」
岩崎さんが私を呼び捨てにしてきて、仲間に入れてくれたのだと確信した。
しかし、彼を優しい人と見做していたのは私の勘違いかもしれない。
彼は、私をターゲットにした時に私の個人情報について調べたはずだ。
(この案件が私の地雷であることは分かるはず⋯⋯)
私が怖気付いてこの仕事から退くことを狙ってだとしたらみくびられたものだ。
それは、よくある不倫話の案件だった。
依頼者は漆原茜、40歳の大手航空会社のキャビンアテンダントだ。
10年に及ぶ結婚生活と6年に及ぶ不妊治療の末に長女の美羽を出産。
彼女は在宅勤務が中心のウェブデザイナーの俊哉の支えがありながら仕事を続けていた。
現在3歳の美羽は『月の光こども園』という認定こども園に通っているが、俊哉が保育士の鈴木佳奈と不倫。
茜は俊哉の2年に及ぶ不倫に気が付きつつも、いつか終わると沈黙していた。
しかし、佳奈の度重なる自宅での不貞行為を匂わせに精神が限界を迎えたらしい。
茜が望むのは、俊哉と佳奈を別れさせてストレスのない結婚生活の継続をすること。
(茜さんも、血の涙を流しながら浮気に目を瞑ろうとしているのね⋯⋯)
「この方からは着手金50万円しか取らないんですね」
金銭感覚が少しおかしくなっているのは、裕司が200万円以上私と別れる為に使っていたからだろう。
でも、50万円は茜さんにとっては月収相当に値するはずだ。
キャビンアテンダントは今や昔のように高給取りの職業ではない。
そこまでして、2年も自分を裏切っていた夫と一緒にいたい彼女の執着が気になる。
(子供がいるから、この結婚に執着している?)
「真希ちゃんの時は、聡が2週間も稼働したからね。本来、男の実働部隊は別の子がやっているのよ」
マリアさんが言った言葉に私は今、ここにはいない『別れさせ屋』の1人が誰か分かってしまった。
私は自分の視界に入った人間は全て覚えてしまう癖がある。
この2週間、私の視界に桐島雨くんは20回以上入っている。
つまり、岩崎さんが私を落とすロミオトラップをかけている時サポートをしていたのだろう。
桐島雨くんは私と同じW不倫によって親に捨てられた子だ。
彼の母親は彼の姉であった5歳の晴香ちゃんだけを連れて、私の父親と消えた。
当時0歳8ヶ月だった雨くんは、その日保育園に登園せず赤ちゃんポストに入れられたという。
その日以来、雨くんは保育園にくることなく施設で育てられた。
ちなみに私の母親は雨くんの父親と同じ日に失踪している。
うちと桐島家は家族ぐるみで仲が良かった。
そして当時5歳の私は子供ながらにこの捻れた不倫関係に気がついていた。
私の父親と雨くんの母親は職場が同じだった。
雨くんの母親は父の職場の上司に当たり、実は今では多くの会社で導入している社内システムを開発した優秀な人だ。
その上、女優のように美しくて近所でも評判だった。
子供を預ける保育園まで一緒だった彼らは、上手く周囲に隠して不倫をしていた。
しかし、敏感な私には子供ながらに2人の特別な雰囲気に直ぐ気がついた。
私の母親は家ではスッピンで私と同系統のブスだ。
メイクは上手だったから、結婚をするまでは綺麗な自分を父に見せられていたのだろう。
父は母の素顔に幻滅する度に冷たくなっていったらしい。
母は大学生の時に、私を妊娠し大学を中退している。
父は社会人で女子大生に手を出したクズだ。
その上、父は「ブスに金を使いたくない」と言って経済的DVもした。
母は私を産んで直ぐに仕事にでたので、私は0歳児から保育園生活をしていた。
母のポッカリ空いた心を埋めたのが同じく不倫をされた側である雨くんの父親だ。
そんな爛れた4人はパートナーをかえて、子供を捨て同じ日に姿を消した。
そのことが分かったのは、母が祖父にお金を無心しに一度会いに来たからだ。
その時に自分は父が雨くんの母親と逃げて一緒になると聞いたから、自分も雨くんの父親と一緒になったと言い訳をしていた。
祖父は2度と家の敷居を跨がないようにと母を追い返した。
その時、母は祖父の横にいた私のことは一瞥もしてくれなかった。
赤ちゃんだった雨くんは私を覚えていないだろうが、私は彼の行く末が気になっていた。
この2週間、私を執拗に追う男の子がいたので身元を調べたら成長した桐島雨くんだったのだ。
イッツアスモールワールド、世界は知れば知るほど狭い。
「雨のことはそのうち紹介するよ。真希を引っ掛けるには18歳の雨じゃ若過ぎて役不足だと思ったから、真希の担当は俺だったんだ」
岩崎さんは私の強い結婚願望を裕司から聞いたのだろう。
確かに18歳の若い子に言い寄られても私は煩わしいと思うだけだ。
「この仕事、私にサポートは必要ありません。1人で片付けたら報酬の半分を私にください」
仕事を辞めてしまった今、お金が必要だった。
愛情を持って私を育ててくれた祖父も亡くなり、今は残された家に1人暮らしている。
古い一軒家でスペインに行く時までに売ろうと思って売りに出していたが、期間限定で借りたいという人しか現れなかった。
「半分は多いだろう。1人で片付けても報酬の3割しかやれないな」
私だって、5割も取り分がもらえるなどと甘いことは思っていない。
最初から3割で十分だと思って交渉している。
「ディール! 交渉成立ですね。では、ミッションに行って参ります。それから、裕司からの成功報酬は早めに受け取ってくださいね。彼、これから地獄に堕ちる予定だから、お金が払えなくなるかも」
私の言葉に岩崎さんが「怖い女だな」と一言呟いた。
私は気になることは必ずクリアーにしていかないと、前に進めない人間だ。
彼は私に、御曹司という設定で近づいて来た。
おそらく私が経済的に安定したパートナーを求めているとプロファイリングしたのだろう。
御曹司という設定は『別れさせ屋』をやっている以上、偽りの設定である可能性が高い。
しかし、私は彼から隠しきれない育ちの良さを感じた。
今、目の前の彼は『別れさせ屋』としてアウトローを演じているが、私にはお坊ちゃんが悪ぶっているようにしか見えない。
元カレである原裕司への気持ちは恋ではない。
そもそも、恋愛という贅沢をできるような環境に育ってない私にはその感情が芽生えない。
彼への復讐は、彼を奪ったビッチ女への復讐と共に必ず果たす。
私は人を傷つけて平気で幸せになれると思っている人間を決して許さない。
一生苦しむくらいの後悔と絶望を味合わせてやりたい。
「聡、真希ちゃんを雇ってあげよう。真希ちゃんの能力なら公務員試験もすぐ受かるわよ。真希ちゃんも出会いが欲しいなら、マッチングアプリでもしたら? あなた可愛いし素敵な子だからお相手はすぐ見つかると思うけれど」
私の脅しに強張った顔をする岩崎さんを見て、お色気お姉さんがフォローしてきた。
「ヤリモクが多いマッチングアプリは私には地雷です」
私の話をしっかりとお色気お姉さんは聞いていたのだろうか。
胸の大きい女はそこに成分を取られているのか、抜けたような発言をしてくる女が多い。
(このお姉さんの相手にするのは疲れるな⋯⋯悪い人じゃないんだけど)
「そっか、そうだよね。私は戸部マリアって言うの。私のことはマリアって呼んで。ねえ、聡、私の名前も教えちゃったし真希ちゃん雇おうよ」
マリアさんは大きなおっぱいを岩崎さんに近づけながらおねだりをしていた。
私のようなツルツルぺったんこにはないリーサル・ウェポンを持っている方だ。
「まあ、真希ちゃんが原さんと別れてくれないと成功報酬も貰えないしな。わかったよ」
私は岩崎さんの言葉に驚いた。
裕司は200万円をこの事務所に既に払っているのに、それとは別に成功報酬も払うらしい。
(そこまでしても裕司は私と別れたいということか⋯⋯)
今の私は心臓を針で刺されたくらい心が痛くて、立っているのも辛い。
「ありがとうございます。私、頑張ります」
声が震えそうになるのを必死で耐えた。
永遠を誓った恋人からは捨てられ、今は違法業者に必死にしがみついている自分が痛い。
「じゃあ、早速この案件を真希ちゃんに依頼したら?」
お色気お姉さん改めマリアさんが出してきた資料に一瞬呼吸が止まった。
「良いんじゃないのか? まずは、ターゲットの漆原俊哉に接触してみろよ。真希」
岩崎さんが私を呼び捨てにしてきて、仲間に入れてくれたのだと確信した。
しかし、彼を優しい人と見做していたのは私の勘違いかもしれない。
彼は、私をターゲットにした時に私の個人情報について調べたはずだ。
(この案件が私の地雷であることは分かるはず⋯⋯)
私が怖気付いてこの仕事から退くことを狙ってだとしたらみくびられたものだ。
それは、よくある不倫話の案件だった。
依頼者は漆原茜、40歳の大手航空会社のキャビンアテンダントだ。
10年に及ぶ結婚生活と6年に及ぶ不妊治療の末に長女の美羽を出産。
彼女は在宅勤務が中心のウェブデザイナーの俊哉の支えがありながら仕事を続けていた。
現在3歳の美羽は『月の光こども園』という認定こども園に通っているが、俊哉が保育士の鈴木佳奈と不倫。
茜は俊哉の2年に及ぶ不倫に気が付きつつも、いつか終わると沈黙していた。
しかし、佳奈の度重なる自宅での不貞行為を匂わせに精神が限界を迎えたらしい。
茜が望むのは、俊哉と佳奈を別れさせてストレスのない結婚生活の継続をすること。
(茜さんも、血の涙を流しながら浮気に目を瞑ろうとしているのね⋯⋯)
「この方からは着手金50万円しか取らないんですね」
金銭感覚が少しおかしくなっているのは、裕司が200万円以上私と別れる為に使っていたからだろう。
でも、50万円は茜さんにとっては月収相当に値するはずだ。
キャビンアテンダントは今や昔のように高給取りの職業ではない。
そこまでして、2年も自分を裏切っていた夫と一緒にいたい彼女の執着が気になる。
(子供がいるから、この結婚に執着している?)
「真希ちゃんの時は、聡が2週間も稼働したからね。本来、男の実働部隊は別の子がやっているのよ」
マリアさんが言った言葉に私は今、ここにはいない『別れさせ屋』の1人が誰か分かってしまった。
私は自分の視界に入った人間は全て覚えてしまう癖がある。
この2週間、私の視界に桐島雨くんは20回以上入っている。
つまり、岩崎さんが私を落とすロミオトラップをかけている時サポートをしていたのだろう。
桐島雨くんは私と同じW不倫によって親に捨てられた子だ。
彼の母親は彼の姉であった5歳の晴香ちゃんだけを連れて、私の父親と消えた。
当時0歳8ヶ月だった雨くんは、その日保育園に登園せず赤ちゃんポストに入れられたという。
その日以来、雨くんは保育園にくることなく施設で育てられた。
ちなみに私の母親は雨くんの父親と同じ日に失踪している。
うちと桐島家は家族ぐるみで仲が良かった。
そして当時5歳の私は子供ながらにこの捻れた不倫関係に気がついていた。
私の父親と雨くんの母親は職場が同じだった。
雨くんの母親は父の職場の上司に当たり、実は今では多くの会社で導入している社内システムを開発した優秀な人だ。
その上、女優のように美しくて近所でも評判だった。
子供を預ける保育園まで一緒だった彼らは、上手く周囲に隠して不倫をしていた。
しかし、敏感な私には子供ながらに2人の特別な雰囲気に直ぐ気がついた。
私の母親は家ではスッピンで私と同系統のブスだ。
メイクは上手だったから、結婚をするまでは綺麗な自分を父に見せられていたのだろう。
父は母の素顔に幻滅する度に冷たくなっていったらしい。
母は大学生の時に、私を妊娠し大学を中退している。
父は社会人で女子大生に手を出したクズだ。
その上、父は「ブスに金を使いたくない」と言って経済的DVもした。
母は私を産んで直ぐに仕事にでたので、私は0歳児から保育園生活をしていた。
母のポッカリ空いた心を埋めたのが同じく不倫をされた側である雨くんの父親だ。
そんな爛れた4人はパートナーをかえて、子供を捨て同じ日に姿を消した。
そのことが分かったのは、母が祖父にお金を無心しに一度会いに来たからだ。
その時に自分は父が雨くんの母親と逃げて一緒になると聞いたから、自分も雨くんの父親と一緒になったと言い訳をしていた。
祖父は2度と家の敷居を跨がないようにと母を追い返した。
その時、母は祖父の横にいた私のことは一瞥もしてくれなかった。
赤ちゃんだった雨くんは私を覚えていないだろうが、私は彼の行く末が気になっていた。
この2週間、私を執拗に追う男の子がいたので身元を調べたら成長した桐島雨くんだったのだ。
イッツアスモールワールド、世界は知れば知るほど狭い。
「雨のことはそのうち紹介するよ。真希を引っ掛けるには18歳の雨じゃ若過ぎて役不足だと思ったから、真希の担当は俺だったんだ」
岩崎さんは私の強い結婚願望を裕司から聞いたのだろう。
確かに18歳の若い子に言い寄られても私は煩わしいと思うだけだ。
「この仕事、私にサポートは必要ありません。1人で片付けたら報酬の半分を私にください」
仕事を辞めてしまった今、お金が必要だった。
愛情を持って私を育ててくれた祖父も亡くなり、今は残された家に1人暮らしている。
古い一軒家でスペインに行く時までに売ろうと思って売りに出していたが、期間限定で借りたいという人しか現れなかった。
「半分は多いだろう。1人で片付けても報酬の3割しかやれないな」
私だって、5割も取り分がもらえるなどと甘いことは思っていない。
最初から3割で十分だと思って交渉している。
「ディール! 交渉成立ですね。では、ミッションに行って参ります。それから、裕司からの成功報酬は早めに受け取ってくださいね。彼、これから地獄に堕ちる予定だから、お金が払えなくなるかも」
私の言葉に岩崎さんが「怖い女だな」と一言呟いた。