表門にヤクザ風の男が乗り込んできた。
運転手の早川が死にかけている。
そんな報告を聞いた圭一郎は半信半疑ながらも部屋を飛び出した。
桃を中途半端に残していくことに後ろ髪を引かれたが、先導する松尾がとにかく真っ青な顔をしているので仕方なくそれを振り切った。
「旦那様! あれあれ、あそこです!」
松尾が指差す先、門扉の通用口で、早川と男三人が言い合いをしていた。
「まあ、とにかく行ってみよう」
圭一郎が一歩踏み出すと、松尾はそこで止まってブンと頭を下げる。
「よろしくお願いします!」
「……」
ああ、こいつは来る気がないのか。
圭一郎はちゃっかりした使用人を軽く睨んだものの、向こうで更に大声が聞こえたので一人で門扉まで歩いた。
「ですから、あなた方は何が言いたいんです……?」
「ああ!? オメエ、なめとんのか!?」
早川よりも頭ひとつほど小さい男が、態度だけは横柄に食ってかかっていた。柄シャツにぶかぶかのズボンを履き、見るからにチンピラだ。
「おう、津田ァ、ちゃんとやれや。ただ喚くだけじゃあ、その運転手はビクともせんぞ」
早川を締め上げようとしているが背が足りない津田と呼ばれた男のすぐ後ろで、坊主頭の男が立っている。やはり柄シャツで大きく開襟した胸元には金色の鎖ネックレスが揺れていた。朝から酒でも飲んでいるのか顔がむくんでいる。
「へい、アニキ! だから、社長を呼べって言ってるだろうがあ!」
「とんでもない! 旦那様はあなた方のような人とはお会いになりません!」
早川は焦って涙声でありながらも、毅然と立って三人を突っぱねていた。悲しいかな、二人のチンピラはどちらも小男で、早川の方が身長が高かった。それが早川に余裕を生ませ、強気を保っていられている。
圭一郎は少し歩みを緩めてその場を見守った。おそらくどこかで雇われたチンピラが会社にいちゃもんをつけにきたのだろう。早川が意外な頑張りを見せているので出て行かない方がいいかもしれないと思った。
「どけ、津田。おう、お前ええ度胸しとるのう!?」
「ヒイィ! 口がクサイ!」
坊主頭の方に詰め寄られた早川は即座に悶絶していた。やはり、出て行った方がいいかもしれない。
「早川、すまない。ご苦労だった」
「だ、旦那様!? 何故ここに! いけません!」
慌てる早川の前に出た圭一郎は、チンピラ二人を睨みながら落ち着いて言う。
「私が湊圭一郎だ。なんだ君達は」
とりあえず凄んでみるが上手くいくだろうか。圭一郎は言葉と裏腹にかなり緊張していた。
「アニキぃ! めっちゃ男前ですやん! どうします!?」
「狼狽えるなァ! こんなんウチの若頭に比べたらほんの坊やじゃあ!」
チンピラ二人が騒ぐ言葉を圭一郎は注意深く聞いていた。若頭、と口走ったがまさか……
「山本、津田。その辺にしておけ」
四人の会話に割って入ってくる一人の男。後方で控えていた三人目の男がゆっくりと近づいてきた。
もしや、この男が……
「兄さん」
チンピラ二人は急に大人しくなって、男に道をあけ下がった。やはりこの男が……
「──うん?」
圭一郎の眼前に現れたのは、想像していた人物ではなかった。写真とは似ても似つかぬ姿。金髪をモヒカン風に立てて眼鏡をかけているスーツ姿のその男は、小太りで貫禄のある見た目ではあるが意外と身長が低かった。年齢もだいぶ上に見える。
「どうも。お初にお目にかかります、茨村組の伊達と言います」
「あ、ああ……」
圭一郎は思わず面食らってしまった。生涯の恋敵に会えるのかと身構えていた所に、全く別の人物が現れたからだ。
「どうですか、うちのお嬢の働きぶりは?」
伊達と名乗った男は余裕の笑みを浮かべて世間話でもするように話しかける。開口一番に桃の話をするだなんてどういう了見なのかと圭一郎はその真意を疑った。
「お嬢、とは誰の事です?」
この場に早川がいる以上、迂闊に頷くことは出来なかった。それを聞いた伊達は笑いながらまた言う。
「おやおや、しらばっくれるおつもりで。そちらがハマと繋がってるのはバレてるんですよ?」
──濱家か!
圭一郎は即座に理解した。あの探偵が大胆に調べまくったから組の上層部が動いたんだ、と。
「まあ、あいつも食っていくのが大変でしょうから多少のことには目をつぶってやるんですがね。今回はちょっとよくなかったなあ」
ニヤと笑いながら歯を見せる様は、普通の人が相対したら竦み上がるだろう。だが圭一郎は足を踏み締めて睨み返した。
「だ、旦那様! 私、富澤さんを呼んできます!」
早川が慌てて言うが、圭一郎は首を振って答えた。
「いや。大丈夫だ。けれどお前はここを下がりなさい」
「かしこまりました!」
早川は躊躇せずに走った。圭一郎はああ言ったがおそらく富澤を呼んでくるのだろう。そうなると彼らと話せる時間は限られる。
「用件を伺おう」
圭一郎の短い言葉に、伊達はまたニヤと笑ってメモ書きを差し出した。
「若頭がお会いしたいと仰っています。時間と場所はここに」
「……貫井遊馬か?」
「やはり、ご存知じゃないですか」
「わかった。必ず行く」
ついに直接見えることになるのだと、圭一郎はにわかに緊張した。
「では。おい、帰るぞ」
伊達は満足そうに笑って踵を返す。
「伊達ぇ!」
そこに息石切ってやってきたメイド。桃であった。
「げ、やばい」
ギクリとした伊達とは対照的に、チンピラ二人は桃の姿を見ると嬉しそうに手を振った。
「お嬢だ!」
「おお、お嬢!!」
「津田と山本! お前達、何しに来たの!?」
桃は驚いていたが、少し嬉しそうな顔をみせる。それで本当に桃はヤクザの元にいたのだということを、圭一郎は実感せざるを得なくなった。
「やばい! お前達、とっとと帰るぞ!」
「ええー? せっかくお嬢に会えたのにぃ?」
「お嬢! 少し痩せたんじゃねえですかい?」
桃に群がろうとするチンピラ二人は、圭一郎が立ちはだかり、伊達にも殴られて止まった。
「バカヤロウ! 帰るんだよ!」
「待ってよ、伊達!」
桃が呼び止めても、伊達は子分達を連れてそそくさと去っていった。
「ああ……行っちゃった」
残念そうな桃を見つめながら、圭一郎はわからないように受け取ったメモ紙をそっとポケットにしまった。
運転手の早川が死にかけている。
そんな報告を聞いた圭一郎は半信半疑ながらも部屋を飛び出した。
桃を中途半端に残していくことに後ろ髪を引かれたが、先導する松尾がとにかく真っ青な顔をしているので仕方なくそれを振り切った。
「旦那様! あれあれ、あそこです!」
松尾が指差す先、門扉の通用口で、早川と男三人が言い合いをしていた。
「まあ、とにかく行ってみよう」
圭一郎が一歩踏み出すと、松尾はそこで止まってブンと頭を下げる。
「よろしくお願いします!」
「……」
ああ、こいつは来る気がないのか。
圭一郎はちゃっかりした使用人を軽く睨んだものの、向こうで更に大声が聞こえたので一人で門扉まで歩いた。
「ですから、あなた方は何が言いたいんです……?」
「ああ!? オメエ、なめとんのか!?」
早川よりも頭ひとつほど小さい男が、態度だけは横柄に食ってかかっていた。柄シャツにぶかぶかのズボンを履き、見るからにチンピラだ。
「おう、津田ァ、ちゃんとやれや。ただ喚くだけじゃあ、その運転手はビクともせんぞ」
早川を締め上げようとしているが背が足りない津田と呼ばれた男のすぐ後ろで、坊主頭の男が立っている。やはり柄シャツで大きく開襟した胸元には金色の鎖ネックレスが揺れていた。朝から酒でも飲んでいるのか顔がむくんでいる。
「へい、アニキ! だから、社長を呼べって言ってるだろうがあ!」
「とんでもない! 旦那様はあなた方のような人とはお会いになりません!」
早川は焦って涙声でありながらも、毅然と立って三人を突っぱねていた。悲しいかな、二人のチンピラはどちらも小男で、早川の方が身長が高かった。それが早川に余裕を生ませ、強気を保っていられている。
圭一郎は少し歩みを緩めてその場を見守った。おそらくどこかで雇われたチンピラが会社にいちゃもんをつけにきたのだろう。早川が意外な頑張りを見せているので出て行かない方がいいかもしれないと思った。
「どけ、津田。おう、お前ええ度胸しとるのう!?」
「ヒイィ! 口がクサイ!」
坊主頭の方に詰め寄られた早川は即座に悶絶していた。やはり、出て行った方がいいかもしれない。
「早川、すまない。ご苦労だった」
「だ、旦那様!? 何故ここに! いけません!」
慌てる早川の前に出た圭一郎は、チンピラ二人を睨みながら落ち着いて言う。
「私が湊圭一郎だ。なんだ君達は」
とりあえず凄んでみるが上手くいくだろうか。圭一郎は言葉と裏腹にかなり緊張していた。
「アニキぃ! めっちゃ男前ですやん! どうします!?」
「狼狽えるなァ! こんなんウチの若頭に比べたらほんの坊やじゃあ!」
チンピラ二人が騒ぐ言葉を圭一郎は注意深く聞いていた。若頭、と口走ったがまさか……
「山本、津田。その辺にしておけ」
四人の会話に割って入ってくる一人の男。後方で控えていた三人目の男がゆっくりと近づいてきた。
もしや、この男が……
「兄さん」
チンピラ二人は急に大人しくなって、男に道をあけ下がった。やはりこの男が……
「──うん?」
圭一郎の眼前に現れたのは、想像していた人物ではなかった。写真とは似ても似つかぬ姿。金髪をモヒカン風に立てて眼鏡をかけているスーツ姿のその男は、小太りで貫禄のある見た目ではあるが意外と身長が低かった。年齢もだいぶ上に見える。
「どうも。お初にお目にかかります、茨村組の伊達と言います」
「あ、ああ……」
圭一郎は思わず面食らってしまった。生涯の恋敵に会えるのかと身構えていた所に、全く別の人物が現れたからだ。
「どうですか、うちのお嬢の働きぶりは?」
伊達と名乗った男は余裕の笑みを浮かべて世間話でもするように話しかける。開口一番に桃の話をするだなんてどういう了見なのかと圭一郎はその真意を疑った。
「お嬢、とは誰の事です?」
この場に早川がいる以上、迂闊に頷くことは出来なかった。それを聞いた伊達は笑いながらまた言う。
「おやおや、しらばっくれるおつもりで。そちらがハマと繋がってるのはバレてるんですよ?」
──濱家か!
圭一郎は即座に理解した。あの探偵が大胆に調べまくったから組の上層部が動いたんだ、と。
「まあ、あいつも食っていくのが大変でしょうから多少のことには目をつぶってやるんですがね。今回はちょっとよくなかったなあ」
ニヤと笑いながら歯を見せる様は、普通の人が相対したら竦み上がるだろう。だが圭一郎は足を踏み締めて睨み返した。
「だ、旦那様! 私、富澤さんを呼んできます!」
早川が慌てて言うが、圭一郎は首を振って答えた。
「いや。大丈夫だ。けれどお前はここを下がりなさい」
「かしこまりました!」
早川は躊躇せずに走った。圭一郎はああ言ったがおそらく富澤を呼んでくるのだろう。そうなると彼らと話せる時間は限られる。
「用件を伺おう」
圭一郎の短い言葉に、伊達はまたニヤと笑ってメモ書きを差し出した。
「若頭がお会いしたいと仰っています。時間と場所はここに」
「……貫井遊馬か?」
「やはり、ご存知じゃないですか」
「わかった。必ず行く」
ついに直接見えることになるのだと、圭一郎はにわかに緊張した。
「では。おい、帰るぞ」
伊達は満足そうに笑って踵を返す。
「伊達ぇ!」
そこに息石切ってやってきたメイド。桃であった。
「げ、やばい」
ギクリとした伊達とは対照的に、チンピラ二人は桃の姿を見ると嬉しそうに手を振った。
「お嬢だ!」
「おお、お嬢!!」
「津田と山本! お前達、何しに来たの!?」
桃は驚いていたが、少し嬉しそうな顔をみせる。それで本当に桃はヤクザの元にいたのだということを、圭一郎は実感せざるを得なくなった。
「やばい! お前達、とっとと帰るぞ!」
「ええー? せっかくお嬢に会えたのにぃ?」
「お嬢! 少し痩せたんじゃねえですかい?」
桃に群がろうとするチンピラ二人は、圭一郎が立ちはだかり、伊達にも殴られて止まった。
「バカヤロウ! 帰るんだよ!」
「待ってよ、伊達!」
桃が呼び止めても、伊達は子分達を連れてそそくさと去っていった。
「ああ……行っちゃった」
残念そうな桃を見つめながら、圭一郎はわからないように受け取ったメモ紙をそっとポケットにしまった。