今日の午後、探偵から報告を受けた出来事について、圭一郎は帰宅する前は確認する勇気がなかった。
だが、桃が作ったハンバーグを食べたことにより、奇跡的に圭一郎は気分が高揚していた。もう、この勢いのままに確認するしかない。
「桃、頼んでいたお使いはきちんとやってくれたのか?」
桃がギクリと肩を震わせて無言のまま固まってしまったので、圭一郎はもう一度尋ねた。そうしてようやく貼りついた笑顔の桃が振り返る。
「も、もも、もちろんです。ちゃんとお送りしておきました。あ、領収書です」
桃はエプロンのポケットからデパートの名前の入った領収書を差し出した。少し手が震えている。
「……」
「な、何か?」
「いや。ご苦労だった、ありがとう」
圭一郎はにっこり笑って領収書を受け取る。桃は明らかにほっとした顔をしていた。
「手紙はきちんと同封してくれたか?」
「ええ、もちろんです」
「時候の挨拶はあれで良かったかな?」
「少し早かったのでは? 『入梅の候』だなんて、まだ梅雨入りしていませんよ……あ」
迂闊だ。迂闊過ぎる。どうしてこんなに簡単に引っ掛かるんだ。
失言した桃よりも、圭一郎の方がガックリきてしまった。
「手紙、読んだな?」
圭一郎が軽く睨むふりをすると、桃は開き直って答えた。
「だ、だって封がしてなかったじゃん! あれじゃあ読まれても文句は言えないよ!」
「まあ、それは確かにそうだ」
「このあたしにあんな状態の手紙を渡すなんて読んでくれって言ってるようなもの……って、まさか!?」
ここで桃はようやくハッとして、大きな瞳を更に大きくして圭一郎に言った。
「あ、あれは、あたしをはめる罠……だったの?」
「よく気づいたな、えらいえらい」
「バ、ババ、バカにすんなよ!?」
そうして桃は動揺したままペラペラと白状してしまう。
「道理で手紙に内容がないと思った! 『おじ様お元気ですか、僕は元気です。それではさようなら』なんてナメてんじゃないわよ!」
「よく覚えたな、えらいぞ」
「うるさい! なんの目的があってあんなことを!?」
ようやく本題だ。圭一郎は眼光を鋭くして言った。
「そうやってお前を外に出せば、誰かと接触すると思ってな」
「うっ!」
桃は一歩後ずさったが、圭一郎も同時に踏み込んで桃の右腕を掴んだ。
「お前が会っていた男は誰だ?」
「み、見てたの……!?」
桃は心底驚いた表情をしていた。圭一郎はその様に考えを巡らせる。
茨村雪之助よ、何故こんなぽんこつ娘を送り込んだ。本当に意味がわからない。
やはり、目的は産業スパイではないはずだ。ならば、桃をここに送り込むことこそが奴の目的なのか。
一体、何のために?
「答えろ、あの男はお前の何なんだ?」
考えても出ない答えに苛立った圭一郎は桃に厳しい顔で迫った。
「い、言うもんか!」
だが桃も怯まずに言った。さすがにヤクザに囲まれて暮らせば、圭一郎の睨んだ顔などはぬるいに違いない。
「言わないのなら何をされるか、わかっているな?」
「あ、あたしに何かしたら大叔父様とやらがどうなるかわかんないよ! 住所だって組に伝えてあるんだから!」
「ああ、あの住所は私の腹心の部下のマンションだ。大叔父様があんな所に住んでいる訳ないだろう、サラリーマン向きの集合住宅だぞ」
おそらく明日には、山内に山盛りのフルーツが届く。
「ひ、卑怯!」
桃は懸命に腕を振り解こうとしていたが、それを許す圭一郎ではない。
「全く、身内を人質にとろうとするなんてお前はどんな教育を受けたんだ」
「やだあ! 離してよ!」
不意に、桃の姿の後ろに男の影がちらついた。写真の男、遊馬という男の顔が。
「きゃあっ!」
圭一郎は力任せに桃の腕を引いた。寝室の扉を開ける。
「ああっ!」
それから無慈悲に桃をベッドに沈めて、その上にのしかかる。
「……」
「ちょ、ちょっと待って……ウソでしょ?」
桃の瞳は狼狽に揺れていた。圭一郎は構わず桃の頬に触れた。
「やあ……っ!」
渡さない。
羞恥に紅く染まる柔らかな頬。熱を帯びていく桜色の唇。
「桃……」
圭一郎は自らの襟とネクタイを緩めた。桃はそれを見てますます顔を赤らめて身を捩る。
「桃……」
「あ……うぅ」
両手で顔を包めば、桃の瞳には圭一郎しか映らない。
そうだ、俺だけを見ろ。他の男には渡さない。
圭一郎はここでやっとその決意を強固にし、その唇をとらえた。
「んん……! う……っ」
初めて触れた唇は、とても柔らかくて甘い。吸いつくように、圭一郎の唇とぴったり合った。
「にい……さま」
「そうだよ、桃……」
その瞳が揺れる。懐かしいあの日の姿を探すように。
俺はここだと教えるように、圭一郎はもう一度口付けた。
「お前は……俺のものだ」
もうずっと前から。
君は僕のものなんだ。
圭一郎は語るように桃を抱きしめた。
今は、これ以上は求めないけれど。
今夜だけは俺の腕の中にいて欲しい。
桃を抱いたまま、艶やかな髪に顔を埋める。
暖かい陽射しのような香りの中に、圭一郎はその意識を沈めた。
だが、桃が作ったハンバーグを食べたことにより、奇跡的に圭一郎は気分が高揚していた。もう、この勢いのままに確認するしかない。
「桃、頼んでいたお使いはきちんとやってくれたのか?」
桃がギクリと肩を震わせて無言のまま固まってしまったので、圭一郎はもう一度尋ねた。そうしてようやく貼りついた笑顔の桃が振り返る。
「も、もも、もちろんです。ちゃんとお送りしておきました。あ、領収書です」
桃はエプロンのポケットからデパートの名前の入った領収書を差し出した。少し手が震えている。
「……」
「な、何か?」
「いや。ご苦労だった、ありがとう」
圭一郎はにっこり笑って領収書を受け取る。桃は明らかにほっとした顔をしていた。
「手紙はきちんと同封してくれたか?」
「ええ、もちろんです」
「時候の挨拶はあれで良かったかな?」
「少し早かったのでは? 『入梅の候』だなんて、まだ梅雨入りしていませんよ……あ」
迂闊だ。迂闊過ぎる。どうしてこんなに簡単に引っ掛かるんだ。
失言した桃よりも、圭一郎の方がガックリきてしまった。
「手紙、読んだな?」
圭一郎が軽く睨むふりをすると、桃は開き直って答えた。
「だ、だって封がしてなかったじゃん! あれじゃあ読まれても文句は言えないよ!」
「まあ、それは確かにそうだ」
「このあたしにあんな状態の手紙を渡すなんて読んでくれって言ってるようなもの……って、まさか!?」
ここで桃はようやくハッとして、大きな瞳を更に大きくして圭一郎に言った。
「あ、あれは、あたしをはめる罠……だったの?」
「よく気づいたな、えらいえらい」
「バ、ババ、バカにすんなよ!?」
そうして桃は動揺したままペラペラと白状してしまう。
「道理で手紙に内容がないと思った! 『おじ様お元気ですか、僕は元気です。それではさようなら』なんてナメてんじゃないわよ!」
「よく覚えたな、えらいぞ」
「うるさい! なんの目的があってあんなことを!?」
ようやく本題だ。圭一郎は眼光を鋭くして言った。
「そうやってお前を外に出せば、誰かと接触すると思ってな」
「うっ!」
桃は一歩後ずさったが、圭一郎も同時に踏み込んで桃の右腕を掴んだ。
「お前が会っていた男は誰だ?」
「み、見てたの……!?」
桃は心底驚いた表情をしていた。圭一郎はその様に考えを巡らせる。
茨村雪之助よ、何故こんなぽんこつ娘を送り込んだ。本当に意味がわからない。
やはり、目的は産業スパイではないはずだ。ならば、桃をここに送り込むことこそが奴の目的なのか。
一体、何のために?
「答えろ、あの男はお前の何なんだ?」
考えても出ない答えに苛立った圭一郎は桃に厳しい顔で迫った。
「い、言うもんか!」
だが桃も怯まずに言った。さすがにヤクザに囲まれて暮らせば、圭一郎の睨んだ顔などはぬるいに違いない。
「言わないのなら何をされるか、わかっているな?」
「あ、あたしに何かしたら大叔父様とやらがどうなるかわかんないよ! 住所だって組に伝えてあるんだから!」
「ああ、あの住所は私の腹心の部下のマンションだ。大叔父様があんな所に住んでいる訳ないだろう、サラリーマン向きの集合住宅だぞ」
おそらく明日には、山内に山盛りのフルーツが届く。
「ひ、卑怯!」
桃は懸命に腕を振り解こうとしていたが、それを許す圭一郎ではない。
「全く、身内を人質にとろうとするなんてお前はどんな教育を受けたんだ」
「やだあ! 離してよ!」
不意に、桃の姿の後ろに男の影がちらついた。写真の男、遊馬という男の顔が。
「きゃあっ!」
圭一郎は力任せに桃の腕を引いた。寝室の扉を開ける。
「ああっ!」
それから無慈悲に桃をベッドに沈めて、その上にのしかかる。
「……」
「ちょ、ちょっと待って……ウソでしょ?」
桃の瞳は狼狽に揺れていた。圭一郎は構わず桃の頬に触れた。
「やあ……っ!」
渡さない。
羞恥に紅く染まる柔らかな頬。熱を帯びていく桜色の唇。
「桃……」
圭一郎は自らの襟とネクタイを緩めた。桃はそれを見てますます顔を赤らめて身を捩る。
「桃……」
「あ……うぅ」
両手で顔を包めば、桃の瞳には圭一郎しか映らない。
そうだ、俺だけを見ろ。他の男には渡さない。
圭一郎はここでやっとその決意を強固にし、その唇をとらえた。
「んん……! う……っ」
初めて触れた唇は、とても柔らかくて甘い。吸いつくように、圭一郎の唇とぴったり合った。
「にい……さま」
「そうだよ、桃……」
その瞳が揺れる。懐かしいあの日の姿を探すように。
俺はここだと教えるように、圭一郎はもう一度口付けた。
「お前は……俺のものだ」
もうずっと前から。
君は僕のものなんだ。
圭一郎は語るように桃を抱きしめた。
今は、これ以上は求めないけれど。
今夜だけは俺の腕の中にいて欲しい。
桃を抱いたまま、艶やかな髪に顔を埋める。
暖かい陽射しのような香りの中に、圭一郎はその意識を沈めた。