「おめでとー!」
「結婚おめ!」

 音楽室に入ったおれたちに、ふりそそぐ紙吹雪のシャワー。
 目を丸くして部屋のなかを見渡す。
 オーガイ以外にも、クラスメートが半分くらい。
 あとグリー部の仲間や後輩の姿……
 全部で50人くらい、教室の両サイドに立ち、アーチみたいになって出迎えてくれる。

 五線譜の黒板に描かれた教会の絵と、『HAPPY WEDDING!』の文字。
 ふわふわ浮いたパステルブルーやピンクの風船。
 天井から垂れさがった、白と水色のリボンテープ。

「こ……これって……?」
 目をぱちくりさせるおれに、
「桜木先生にお願いして、みんなで準備したんだ。どうしても――おまえとここで結婚式を挙げたくて」
 花菱は告げる。

「――音楽室はおれの聖域みたいなモンだからな」
 ピアノの向こうにいた桜木先生が、ゆっくりと歩いてくる。
「ちゃんとした式はおとなになってまた挙げる予定だけど、最後にここで結婚式の思い出を作りたいんだと。おまえのカレシはなんていうかホント――スパダリだよな」

 グリー部の仲間が、白いウェディングヴェールを持ってくる。
 てっぺんに白い小花があしらわれた、ふんわりしたレースの被り物。

「……おれもつけるから、夏音もつけてくれる?」 
「う、うん……」
 頭につけた、胸の前まで垂れさがるヴェールに頬を染めたおれに、
「かわいい」
 花菱は目じりを下げてほほえむ。
 ガタイのいい花菱にウェディングヴェールは正直似合わなかった。
 けれど、
(もしかして……おれに花嫁役を押しつけたくなかったのかな……?)
 と思った。
 ふたりともつければ公平だと考えたのかもしれない。
 花菱はそういうやつだ。

「……花菱も、意外に似合ってる」
「えー、ホントに?」
「うん」
 互いのヴェールを持ち上げ、後ろに流す。
 視界の端で揺れる、繊細なレースの模様。

「おーい、そろそろはじめるぞぉ!」
 教卓の前で、神父のマントをはおったオーガイがおれたちを手招きする。
 猫足の黒椅子に腰を下ろした桜木先生が、ピアノを弾きはじめる。

(あ……)

 ――パッヘルベルの「カノン」。

 新学期の自己紹介のとき弾いてくれたのと同じ繊細なメロディが空間に響き渡っていく。
 教室の中央に敷かれた青い布の上を、手をつないだおれたちは歩き出す。
 
 これまで花菱と過ごした日々が、走馬灯のように頭を駆けめぐる。
 昼休みのお弁当、放課後の勉強、手をつないで歩いた渡り廊下、校舎の陰で隠れてしたキス……
 どれもみな、いとしくて、特別で、奇蹟の連続みたいな、思い出の宝石。
 そこにまた「いま」の思い出が追加される。

 教卓の前で立ち止まり、向かい合い、見つめあう。
 白いリングピローの指輪を抜き取った花菱が、おれの右手の薬指にはめる。
 ぴったりなサイズに、
(こいつ……おれが寝てるときにこっそりサイズ測ったんだろうな)
 と推測する。
 
(「夏音……ゆびわ……おれの……」)

 耳もとでささやかれ、「あっ……」と我に返ったおれは、もうひとつの指輪を花菱の薬指につける。
 花菱が用意していたのは、なんの飾りもないシンプルな銀の指輪だった。

 こほんっ、とわざとらしく咳ばらいをしたオーガイが、
「えーでは、誓いのキスを――」
 と告げる。
「いいぞ!」
「やれ! やれ!」
 とたん、猛烈なキスコールが湧き上がる。
「キスしろ! キッス!」
「いけー! 花菱!」

 おれのヴェールを前に垂らし顔を隠した花菱は、ヴェールの下でキスをする。
 教卓の上の天井から吊られた手作りのくす玉が割られ、ふわふわしたスポンジや紙吹雪が花びらのようにおれたちにふりそそぐ。
「おまえらぜったい別れんなよ!」
「ここまでして別れたらシャレにならないからな!」
「ぜったい幸せになれよ!」
「おめでとー!」

 荒々しい祝福のなか、寄り添い、ほほえみあうおれたちに、
「……ところでおまえらセックスしたのか?」
 オーガイが、ボソッと聞いてくる。

 その問いに、花菱は、唇に人差し指を軽く押し当て、笑う。
 ないしょ、ということなのだろう。
 悠然としたその態度に、ふと、いたずら心にかられたおれは、
「――したい」
 花菱の耳に口を寄せ、ささやいた。

「――今夜、したい」
 
「えっ……!?」
「おれがその気になるまで待つっていったじゃん。だったら今夜――したい」
「えっ……!? えぇぇぇっっっ――――……?」
 これまでにないうろたえっぷりを見たおれは、クスッ、と笑う。
 
「ちょ――ちょっと待って……あとで――桜木先生に相談するから――――」
 耳たぶまで真っ赤になった花菱は、大きな手で口もとをおさえる。

「あっ、なんだよっ? おまえらもしかして初夜かぁ? ……ちっくしょー、けっきょくドーテーはおれだけかよぉ……」
 やってらんねぇ、と神父のマントを脱ぎ捨てたオーガイに、
「安心しろ、おれも童貞だ」
「おれも」
「おまえは男子校の童貞率の高さを知らないのか?」
 とにじり寄ってくる連中。

「――まったくおまえらは盛りのついたネコか」
 あきれたようにつぶやいた桜木先生が、
「ちなみにおれはネコだからな。タチのアドバイスはできんぞ」
 花菱にいう。
「――ネコって?」
 花菱の質問に、
「……ググれ」
 ひとこと、いいすてる。

「さー、撤収撤収! 今日中に全部片づけるぞ~!」

 ブーブーいいながら後片づけをはじめる仲間たちのあいだを抜け、手をつないだおれたちは窓辺に向かう。
 まぶしい春の光が、カーテンの切れ間から揺らめき、光の()となり教室の床の上で踊る。
 おれと花菱は、握りあった手と手を、光の向こうに向かって伸ばす。

 ずっと――ずっとこのまま――青いままで、いたい。


 おそろいの結婚指輪が、太陽の光を受けて十字にきらめいた。



 (終わり)