「海斗……だって……」
僕は本当に愕然としていて、やっとの事でそれだけを口にする事しか出来なかった。
「はい。朝森海斗くんです。どうもたっくんとは、仲良しみたいですね? そうなると、わたしはたっくんにとっては、親友の彼女で妹という事になるんですかね?」
僕は五花が楽しそうにそんな話をする間、ゆっくりとその事実を脳内で咀嚼し、しかし飲み込めず、そのまま吐き戻しそうになってしまった。
「海斗くん、付き合ってみるとなかなか面白い男の子なんですよ。とっても賢くて、とっても性格が良くて、とっても格好いい。そんな男の子が、わたしの前だと無様な姿をさらすのが、面白くって、面白くって……」
だがその言葉を聞いた瞬間、僕の中で焼け付くような怒りが燃え盛るのを感じた。
同時に、ようやく現実を受け入れられた。
半ば強制的な受け入れ方だったが。
「五花……キミが……キミが海斗まで滅茶苦茶にするのなら……僕は絶対に、一生かけてもキミを許さない……! 殺してやる……!」
僕は止めようがないほど強い怒りに飲み込まれて、立ち上がりながら五花の襟首に掴みかかって、そのまま左の壁にドンっと五花の身体を押し付ける。
僕はそれくらい、海斗という友人を尊敬していたし、大切な存在だと思っていた。
「いった……乱暴はやめてくださいよ。わたしが何をしたっていうんですか? 新しく出来た妹がたっくんの親友と楽しくお付き合いしているって、それだけの話じゃないですか?」
五花は痛そうに顔を歪めながらも、僕を挑発的に見上げて笑みを浮かべる。僕にはその笑みが、悪魔の微笑みのように思えた。
「ふざけるなよ? キミが付き合ってる男にどんな事をしてるか、僕は一番分かってるうちの一人だと言ってもいい。それが海斗にとって、どれだけ惨めで、屈辱なのか、キミが理解してないはずないだろう? 海斗はな、キミみたいな奴が穢していい奴じゃないんだ! 才能の塊で、天才的な感性を持ってて、性格だって信じられないくらい良くて! 海斗は! 凄いんだよ! それなのに、僕みたいな奴と仲良くしてくれてる! 僕はそんな海斗に、普通に、幸せに生きてほしいんだ……」
叫んでいるうちに、気づけば感情が高ぶりすぎて、僕の右目から涙が一滴垂れて落ちた。
その涙は、五花の短めに丈を折られた制服のスカートを濡らし……
五花は、それを見て両目を見開いて驚いた。
「たっくんは……わたしが思っていたより遥かにずっと、海斗くんの事を大事にしていたんですね……」
「そうだよ!!」
僕は怒りをぶつけるように、叫び返す。
「だったら……」
だが五花は、そんな僕の叫びに微笑みを浮かべ、こんな悪魔の誘惑で返してきた。
「たっくんが代わりに、わたしのおもちゃになってくださいよ?」
今度は僕が両目を見開いた。
「五花……いったい……何を言って……正気か?」
思わず、目の前の少女が本当に理解できなくて、後ずさってしまう。
五花はそんな僕に向かって微笑みを崩さないままに詰め寄って、下から憎らしいほどに可愛らしい上目遣いで見つめてくる。
「正気も正気です。わたし今、浮気はくだらないなって事で、海斗くん一本に絞って虐めてるんですけど、それ別に海斗くんじゃなくてもいいんですよね。何なら、たっくんの方が、同じ家に住んでるし、面白いかもしれないです。いや、そっちの方がずっといいですね。ねぇたっくん、そうしましょう? 今日からわたしは海斗くんとお別れして、たっくんと付き合うんです。そうすれば、たっくんも海斗くんがこれ以上不幸にならなくて、嬉しいですよね? そうですよね?」
僕は五花の言葉を聞いていると、どんどん目の前の輪郭がぼやけて、意識が遠のいていくのを感じた。
それくらい五花の言葉は、僕にとって受け入れ難く、それでいて魅惑的で、僕の意識を混乱させるものだった。
五花と付き合う……
海斗を差し置いて……僕が……
そう思うと、思い出すのはあの夏の日々だ……
あのドロドロに煮えたぎった、マグマのような性欲を持て余した日々……
僕はずっと……ずっとずっとずっと、あの無念の欲望を、晴らしたいと思っていた……
五花と付き合えば、今度こそそういう機会も訪れる? 今回の五花は浮気もしていないと言う……
分からない……分からない……
そうしていると次に蘇るのが、海斗との想い出だった。
あの狼の絵だって、元々は海斗の孤独な桜を描いた絵に感動して、インスピレーションを受けて描いたものだった。
正直言って、海斗の絵に比べれば、平凡な作品だ。
それでも、海斗の感性に揺り動かされた僕の心は、いつもの僕の限界を超えて、あの力作を生み出した。
それくらい、海斗と言う存在は、僕にとって、尊敬できる天才で、誰よりも大切にしたい友達で……
そんな海斗という存在から、僕が五花を奪ってしまっていいのだろうか……
これは海斗という人間にとって、本当に幸せな事なんだろうか……
それが僕にとって分からなくて……分からなくて……
「うーん、ずいぶん辛そうな、迷ってる顔になっちゃいましたね? そうやって現実から逃避していると、わたしみたいな悪い女の子に好き勝手されちゃいますよ?」
途端、僕の唇を、柔らかく、ぬめりとした感触が襲った。
そこから電流のような快感が生じて、僕は無理やり現実に引き戻される。
五花が、僕にキスしていた。
ファーストキスだった。
僕はあまりの衝撃に、全ての思考を停止させてしまい、結果として、全ての意識が、目の前の五花が与えてくれている感触に集中する。
それは思わず目をとろんとさせて、うっとりとしてしまうような、とんでもない快感だった。
五花はちろちろと僕の唇に舌を這わせて、さらに太ももを僕の股の間に入れてきて、股間を持ち上げるようにして刺激してくる。
そうして両手を僕の背中に這わせながら、自らの豊満に育った胸を、僕のお腹と胸の間辺りに押し付けてくるのだ。
僕は何も考えられなかった。
ただ、五花が与えてくれるものを、一ミリたりとも逃したくない、そんな本能だけに基づいた獣になっていた。
五花が刺激する股間のあたりから、男性ホルモンなのか快楽物質なのか分からない何かの物質が、どくどくと分泌されてくるのを感じる。
気持ちいい……
気持ちいい、気持ちいい、気持ちいい……
それは僕にとって、今まで人生で体験したどの瞬間よりも気持ちよく、そして性欲を高ぶらせる出来事だった。
気づけば、五花は、キスを止めていた。
五花はいったん唇を離して、そこでべろを「えーっ」と出して、何かを求めるような笑みを浮かべる。
五花は挑発しているのだ。
今度はお前から、来い、と。
電流が脳を貫いて、背筋から身体を勝手に動かすのを感じた。
僕はそのまま、その突き出された舌に、自らの舌を押し当てようとして……
「はいおしまいです」
いつの間にか背中から離されていた五花の右手が、そんな僕の顔を押しとどめていた。
「続きはわたしと付き合ってから、ですよ? 恋人でもない女の子と自分からキスなんてしちゃだめです。当然ですよね、たっくん?」
僕はそういわれると、何も言えなかった。
というより、完全に理性を失っていた自分の行動に愕然として、ショック過ぎて、何も言う事が出来なかったというのが正しいだろう。
「わたしと付き合ってくれますよね、たっくん? わたし、これでもたっくんの事、好きなんですよ?」
そんな五花の問いに、僕は――
僕は――
――五花とは付き合えないと、そう思った。
「ごめん、五花。五花とは付き合えない」
途端、五花は目の光を失ったように感じた。
一瞬、絶望的な沈黙が生まれた。
そして、その沈黙を破るように、五花は、僕の今の発言が受け入れられないと猛烈に抗議を始める。
「……どうしてです? ……どうしてなんです? ねぇ、どうして!? どうしてわたしと付き合ってくれないんですか!?」
気づけば、五花の表情は、真剣そのもので、目に涙すら浮かんでいた。
その表情を見て、僕は、五花が今の告白を遊びで言っていたわけではないのかもしれないと、うっすら思い、後悔しそうになったが――
「五花は結局僕をおもちゃにしたいだけなんだろう? それに、五花は義理とはいえ僕の妹だし、何より親友の彼女だ。僕はもし五花を親友から奪ったなんて事になったら、それこそ一生自分を許せそうにない」
「そんな……そんなの、違う……違います……違うんです……わたしは今度こそ、たっくんを……」
「……信じられない。五花はそれだけの事を僕にしたんだ。諦めてくれ」
僕は心を鬼にして、五花を拒絶する。
だって、そうだろう?
きっと、海斗の奴は、この酷い女に散々弄ばれて、恋心を煽られて――
――きっと、ものすごくこいつの事を好きになってる。
そんな海斗からこの女を奪えば、もしかしたら、海斗は二度と僕の事を許さないかもしれない。
そんなのは、僕には耐えられない。
耐えられないんだよ。
だから、僕は五花とは付き合えない。
たとえ、こいつが僕の事を、本当に好きになっていたとしても――
まあ、そんな可能性は微粒子以下の確率でしか存在しないとは思うが――
それでも、僕は――
「……そうですか」
五花は、両目からぽろぽろ涙をこぼしながら、僕を憎々し気に睨んで、こういった。
「わたしはこのまま海斗くんと仲良くすればいいって事ですか。それがたっくんの望みなんだ。そうなんですよね?」
五花は、こういう時も、やはり鋭かった。
鋭すぎるほどに鋭い感性で、僕の心を読み取り、抉ってくる。
「……そうだ」
だから、僕は頷く。
頷く事で、彼女の心を抉り返し、僕という存在に失望させようとする。
「……最悪です。たっくんの事、ここまで嫌いになれるとは思いませんでした」
五花は、そういって、僕を親の敵のように睨む。
「死んでください。うう……! ううううう……!」
そして、五花は泣きだし、そのまま後ろを振り返ると、僕の部屋から走り去っていった。
そうして僕は、ぽたり、ぽたりと、五花の涙が床に染みを作っている部屋の中、一人取り残されていた。
――いっそ本当に死んでやろうかな。
そんな馬鹿な考えを一人弄ぶ事しか、出来ないまま――
僕は本当に愕然としていて、やっとの事でそれだけを口にする事しか出来なかった。
「はい。朝森海斗くんです。どうもたっくんとは、仲良しみたいですね? そうなると、わたしはたっくんにとっては、親友の彼女で妹という事になるんですかね?」
僕は五花が楽しそうにそんな話をする間、ゆっくりとその事実を脳内で咀嚼し、しかし飲み込めず、そのまま吐き戻しそうになってしまった。
「海斗くん、付き合ってみるとなかなか面白い男の子なんですよ。とっても賢くて、とっても性格が良くて、とっても格好いい。そんな男の子が、わたしの前だと無様な姿をさらすのが、面白くって、面白くって……」
だがその言葉を聞いた瞬間、僕の中で焼け付くような怒りが燃え盛るのを感じた。
同時に、ようやく現実を受け入れられた。
半ば強制的な受け入れ方だったが。
「五花……キミが……キミが海斗まで滅茶苦茶にするのなら……僕は絶対に、一生かけてもキミを許さない……! 殺してやる……!」
僕は止めようがないほど強い怒りに飲み込まれて、立ち上がりながら五花の襟首に掴みかかって、そのまま左の壁にドンっと五花の身体を押し付ける。
僕はそれくらい、海斗という友人を尊敬していたし、大切な存在だと思っていた。
「いった……乱暴はやめてくださいよ。わたしが何をしたっていうんですか? 新しく出来た妹がたっくんの親友と楽しくお付き合いしているって、それだけの話じゃないですか?」
五花は痛そうに顔を歪めながらも、僕を挑発的に見上げて笑みを浮かべる。僕にはその笑みが、悪魔の微笑みのように思えた。
「ふざけるなよ? キミが付き合ってる男にどんな事をしてるか、僕は一番分かってるうちの一人だと言ってもいい。それが海斗にとって、どれだけ惨めで、屈辱なのか、キミが理解してないはずないだろう? 海斗はな、キミみたいな奴が穢していい奴じゃないんだ! 才能の塊で、天才的な感性を持ってて、性格だって信じられないくらい良くて! 海斗は! 凄いんだよ! それなのに、僕みたいな奴と仲良くしてくれてる! 僕はそんな海斗に、普通に、幸せに生きてほしいんだ……」
叫んでいるうちに、気づけば感情が高ぶりすぎて、僕の右目から涙が一滴垂れて落ちた。
その涙は、五花の短めに丈を折られた制服のスカートを濡らし……
五花は、それを見て両目を見開いて驚いた。
「たっくんは……わたしが思っていたより遥かにずっと、海斗くんの事を大事にしていたんですね……」
「そうだよ!!」
僕は怒りをぶつけるように、叫び返す。
「だったら……」
だが五花は、そんな僕の叫びに微笑みを浮かべ、こんな悪魔の誘惑で返してきた。
「たっくんが代わりに、わたしのおもちゃになってくださいよ?」
今度は僕が両目を見開いた。
「五花……いったい……何を言って……正気か?」
思わず、目の前の少女が本当に理解できなくて、後ずさってしまう。
五花はそんな僕に向かって微笑みを崩さないままに詰め寄って、下から憎らしいほどに可愛らしい上目遣いで見つめてくる。
「正気も正気です。わたし今、浮気はくだらないなって事で、海斗くん一本に絞って虐めてるんですけど、それ別に海斗くんじゃなくてもいいんですよね。何なら、たっくんの方が、同じ家に住んでるし、面白いかもしれないです。いや、そっちの方がずっといいですね。ねぇたっくん、そうしましょう? 今日からわたしは海斗くんとお別れして、たっくんと付き合うんです。そうすれば、たっくんも海斗くんがこれ以上不幸にならなくて、嬉しいですよね? そうですよね?」
僕は五花の言葉を聞いていると、どんどん目の前の輪郭がぼやけて、意識が遠のいていくのを感じた。
それくらい五花の言葉は、僕にとって受け入れ難く、それでいて魅惑的で、僕の意識を混乱させるものだった。
五花と付き合う……
海斗を差し置いて……僕が……
そう思うと、思い出すのはあの夏の日々だ……
あのドロドロに煮えたぎった、マグマのような性欲を持て余した日々……
僕はずっと……ずっとずっとずっと、あの無念の欲望を、晴らしたいと思っていた……
五花と付き合えば、今度こそそういう機会も訪れる? 今回の五花は浮気もしていないと言う……
分からない……分からない……
そうしていると次に蘇るのが、海斗との想い出だった。
あの狼の絵だって、元々は海斗の孤独な桜を描いた絵に感動して、インスピレーションを受けて描いたものだった。
正直言って、海斗の絵に比べれば、平凡な作品だ。
それでも、海斗の感性に揺り動かされた僕の心は、いつもの僕の限界を超えて、あの力作を生み出した。
それくらい、海斗と言う存在は、僕にとって、尊敬できる天才で、誰よりも大切にしたい友達で……
そんな海斗という存在から、僕が五花を奪ってしまっていいのだろうか……
これは海斗という人間にとって、本当に幸せな事なんだろうか……
それが僕にとって分からなくて……分からなくて……
「うーん、ずいぶん辛そうな、迷ってる顔になっちゃいましたね? そうやって現実から逃避していると、わたしみたいな悪い女の子に好き勝手されちゃいますよ?」
途端、僕の唇を、柔らかく、ぬめりとした感触が襲った。
そこから電流のような快感が生じて、僕は無理やり現実に引き戻される。
五花が、僕にキスしていた。
ファーストキスだった。
僕はあまりの衝撃に、全ての思考を停止させてしまい、結果として、全ての意識が、目の前の五花が与えてくれている感触に集中する。
それは思わず目をとろんとさせて、うっとりとしてしまうような、とんでもない快感だった。
五花はちろちろと僕の唇に舌を這わせて、さらに太ももを僕の股の間に入れてきて、股間を持ち上げるようにして刺激してくる。
そうして両手を僕の背中に這わせながら、自らの豊満に育った胸を、僕のお腹と胸の間辺りに押し付けてくるのだ。
僕は何も考えられなかった。
ただ、五花が与えてくれるものを、一ミリたりとも逃したくない、そんな本能だけに基づいた獣になっていた。
五花が刺激する股間のあたりから、男性ホルモンなのか快楽物質なのか分からない何かの物質が、どくどくと分泌されてくるのを感じる。
気持ちいい……
気持ちいい、気持ちいい、気持ちいい……
それは僕にとって、今まで人生で体験したどの瞬間よりも気持ちよく、そして性欲を高ぶらせる出来事だった。
気づけば、五花は、キスを止めていた。
五花はいったん唇を離して、そこでべろを「えーっ」と出して、何かを求めるような笑みを浮かべる。
五花は挑発しているのだ。
今度はお前から、来い、と。
電流が脳を貫いて、背筋から身体を勝手に動かすのを感じた。
僕はそのまま、その突き出された舌に、自らの舌を押し当てようとして……
「はいおしまいです」
いつの間にか背中から離されていた五花の右手が、そんな僕の顔を押しとどめていた。
「続きはわたしと付き合ってから、ですよ? 恋人でもない女の子と自分からキスなんてしちゃだめです。当然ですよね、たっくん?」
僕はそういわれると、何も言えなかった。
というより、完全に理性を失っていた自分の行動に愕然として、ショック過ぎて、何も言う事が出来なかったというのが正しいだろう。
「わたしと付き合ってくれますよね、たっくん? わたし、これでもたっくんの事、好きなんですよ?」
そんな五花の問いに、僕は――
僕は――
――五花とは付き合えないと、そう思った。
「ごめん、五花。五花とは付き合えない」
途端、五花は目の光を失ったように感じた。
一瞬、絶望的な沈黙が生まれた。
そして、その沈黙を破るように、五花は、僕の今の発言が受け入れられないと猛烈に抗議を始める。
「……どうしてです? ……どうしてなんです? ねぇ、どうして!? どうしてわたしと付き合ってくれないんですか!?」
気づけば、五花の表情は、真剣そのもので、目に涙すら浮かんでいた。
その表情を見て、僕は、五花が今の告白を遊びで言っていたわけではないのかもしれないと、うっすら思い、後悔しそうになったが――
「五花は結局僕をおもちゃにしたいだけなんだろう? それに、五花は義理とはいえ僕の妹だし、何より親友の彼女だ。僕はもし五花を親友から奪ったなんて事になったら、それこそ一生自分を許せそうにない」
「そんな……そんなの、違う……違います……違うんです……わたしは今度こそ、たっくんを……」
「……信じられない。五花はそれだけの事を僕にしたんだ。諦めてくれ」
僕は心を鬼にして、五花を拒絶する。
だって、そうだろう?
きっと、海斗の奴は、この酷い女に散々弄ばれて、恋心を煽られて――
――きっと、ものすごくこいつの事を好きになってる。
そんな海斗からこの女を奪えば、もしかしたら、海斗は二度と僕の事を許さないかもしれない。
そんなのは、僕には耐えられない。
耐えられないんだよ。
だから、僕は五花とは付き合えない。
たとえ、こいつが僕の事を、本当に好きになっていたとしても――
まあ、そんな可能性は微粒子以下の確率でしか存在しないとは思うが――
それでも、僕は――
「……そうですか」
五花は、両目からぽろぽろ涙をこぼしながら、僕を憎々し気に睨んで、こういった。
「わたしはこのまま海斗くんと仲良くすればいいって事ですか。それがたっくんの望みなんだ。そうなんですよね?」
五花は、こういう時も、やはり鋭かった。
鋭すぎるほどに鋭い感性で、僕の心を読み取り、抉ってくる。
「……そうだ」
だから、僕は頷く。
頷く事で、彼女の心を抉り返し、僕という存在に失望させようとする。
「……最悪です。たっくんの事、ここまで嫌いになれるとは思いませんでした」
五花は、そういって、僕を親の敵のように睨む。
「死んでください。うう……! ううううう……!」
そして、五花は泣きだし、そのまま後ろを振り返ると、僕の部屋から走り去っていった。
そうして僕は、ぽたり、ぽたりと、五花の涙が床に染みを作っている部屋の中、一人取り残されていた。
――いっそ本当に死んでやろうかな。
そんな馬鹿な考えを一人弄ぶ事しか、出来ないまま――