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 「さみーっ」 
 細川の悲鳴と同時に、更に北風が吹き付ける。
 鉛色の空からは今にも雪が降り出しそうだ。
 「駄目だ、一旦どっか寄ろう」
 「体育会系の癖に軟弱だなー」
 デカい体を縮こませて震える細川に、丸山がケラケラと笑う。橘はふたりの後ろで一緒に笑いながら、マフラーをぐるりと巻きなおした。
 高2の2学期。残すは終業式だけとなり、橘は珍しく部活が休みのクラスメイトと下校していた。
 ふと、橘は旧校舎の窓を見上げる。
 ――あの後すぐ。12月に入ってからは店が忙しいとかで、花岡は第2科学室にいないことのほうが多くなった。クリスマスのギフトにアロマは人気らしい。
 人見知りの花岡が接客をこなせているのか、橘はそこが少し心配ではあったが。
 「なにしてんだ橘ー」
 「どっか寄りたいとこある?」
 ごめんごめん、と橘は謝りながら思考を振り払う。何気なくスマホを見ると、日付が目に入った。12月22日。
 ――終業式は12月25日。
 クリスマスであり、花岡の誕生日。
 「――なあ、駅前の雑貨屋寄っていい?」
 

 思えば、他人に誕生日プレゼントを渡したことなんてなかった。
 雑貨屋はクリスマス一色で、女子ウケしそうなキラキラふわふわとした物が所狭しと置いてある。橘は全く意図せず小さなくまのぬいぐるみを手に取り、いやいや…と首を振った。
 「てかさ、橘って彼女できただろ」
 「――は?」
 後ろから覗き込んだ細川の言葉に驚き、橘は思わずくまを落としそうになってしまう。
 「あぶな!……てかなんでだよ」
 「いや、なんか放課後楽しそうにさっさと教室出てくし。たまにB組の前通る時手振ってたりするし」
 これも彼女へのプレゼントだろ?と細川がニヤニヤ笑う。
 「お前らばっか羨ましいって。丸山もラブラブだし」
 細川が指差した先には、それこそ彼女へのプレゼントを選んだであろう丸山が会計をしていた。可愛い包装紙でラッピングまでしてもらっている。
 「まあ、橘前より雰囲気柔らかくなったのはあるよな」
 「丸山まで何言ってんだよ」
 橘はくまをそっと戻すと、小さくため息をついた。そんな風に見られてたとは。
 「そういう細川は好きな子とどうなったんだよ」
 「え?告って振られてその後付き合えたけど別れた」
 「なんだその猛スピードは!」
 橘が思わずツッコむと、細川はハァ、と呆れた顔をした。
 「高校生の恋愛なんて今しかできないんだぞ!どんどんいかないと勿体ないって」
 そんなことないだろ、と彼女と付き合ってそろそろ1年になる丸山が笑う。細川は鼻息荒く続けた。
 「来年は部活ラストスパートだし、受験勉強でそれどころじゃないだろうし」
  ……また進路の話だ。橘は少しだけ複雑な気持ちになる。
 結局あの後、橘は進路希望調査表をほぼ白紙のまま提出した。周りが未来の話をするたび、置いてかれているような気がしてしまう。
 「で、丸山はプレゼント何買ったの」
 橘がさり気なく話をそらすと、丸山は少し照れながらとあるキャラクターの名前を挙げた。
 「特に本人から聞いてはないけど、よくこのキャラのグッズ持ってるから好きなんだろうなって。とりあえずマグカップにした」
 「へー、よく見てんだな」
 「相手をよく見て想像するって大事だぞ。細川も俺を見習いな」
 呑気に感心した細川に、丸山はからかいながらそう返す。
 ……相手をよく見る、か。
 第2科学室に行くようになってから、橘の目に映る景色は少し変わった。雑貨屋に並んでいるアロマオイルや香水もそうだ。
 気分が華やぐ香り、逆に落ち着く香り、甘い香り、目の覚める香り。特に気にも留めてなかったそれらはたくさんの種類があって、それぞれ効能がある。
 ……花岡の邪魔にならないように、実際に買って使うことはなかったけれど。贈るにしても香りのものは……。
 「橘はこの後どーすんの」
 細川に声を掛けられて、橘はハッとした。
 「ごめん、この後寄るとこあるわ」
 「おー、彼女へのプレゼント吟味しろよ」
 しつこいな、と苦笑しながら細川達と別れる。橘はふと、あの日触れた花岡の手の感触を思い出していた。
 ……そういえば。