◆◆◆
「……わっ」
髪から雫を滴らせる橘を見て、花岡は少し驚いたようだった。
夏真っ盛りの第2科学室は相も変わらず灼熱だが、部屋には柑橘系の爽やかな香りが満ちている。
「5限プールだったからさー。扇風機借りようと思って」
橘は首から掛けたタオルで無造作に髪を拭い、古ぼけた扇風機の前に座り込む。
「今どきこんなアナログな扇風機も珍しいよな。それにしても暑すぎる」
「……アイス食べます?」
「え、なんであんの?」
「抽出に使ったレモンが余ったので、絞って凍らせたんです」
そう言って花岡は得意げな顔で冷凍庫を開けた。色んな顔をするようになったな、なんて橘はちらりと思う。
一緒になって覗き込むと、棒の刺さった試験管のような器がずらりと並んでいる。花岡から手渡された試験管を、橘は興味深く見つめた。
「――明日から夏休みか」
試験管を手で少し温め、棒を引き抜く。淡い黄色の細長いアイスキャンディだ。
「花岡は夏休み何す……すっっっぱ!!」
言葉の途中で橘は思わず叫んでしまった。
「レモンまんまじゃねえかこれ!」
「第2科学室に砂糖とかないので……」
咳き込みながら睨む橘に、花岡は悪びれず笑いながら答える。……その笑顔に免じて許してしまえるのがちょっと癪だ。
「……橘くんは夏休み、何するんですか」
「短期バイトでプールの監視員するくらいしか決まってないかな」
ふたり並んで扇風機を浴びる。濡れた髪を通り抜ける風は、ほんのりレモンの香りで心地よい。
「花岡は?」
「祖父母の田舎に帰るのと、店の手伝いですかね」
それを聞いて、橘はふと気がつく。……そういえば花岡の店に行ったことがない。
一緒に帰っても、学校から徒歩圏内の花岡と電車通学の橘は途中で別れるのだ。
「じゃあ夏休み店遊びに行くわ」
「――ええ?!」
橘が何気なくそう言うと、花岡は驚いたように尻もちをついた。
「え、そんなに嫌だった?」
「嫌じゃない!けど……」
花岡は真っ赤になった顔を手でパタパタと仰いでいる。
「まあまあ。顔ちょっと見に行くだけだからさ」
「……今まで、家に友達とか来たことなくて」
照れ隠しなのか、花岡はおもむろに立ち上がってカーテンを開けた。痛いほどの強烈な日差しが部屋に差し込む。
「恥ずかしいけど、ちょっと嬉しいかも」
――振り返ったその花岡の笑顔が眩しくて、橘は思わず目を細めた。
レモンの酸っぱさを、一瞬忘れる眩しさだった。
「……わっ」
髪から雫を滴らせる橘を見て、花岡は少し驚いたようだった。
夏真っ盛りの第2科学室は相も変わらず灼熱だが、部屋には柑橘系の爽やかな香りが満ちている。
「5限プールだったからさー。扇風機借りようと思って」
橘は首から掛けたタオルで無造作に髪を拭い、古ぼけた扇風機の前に座り込む。
「今どきこんなアナログな扇風機も珍しいよな。それにしても暑すぎる」
「……アイス食べます?」
「え、なんであんの?」
「抽出に使ったレモンが余ったので、絞って凍らせたんです」
そう言って花岡は得意げな顔で冷凍庫を開けた。色んな顔をするようになったな、なんて橘はちらりと思う。
一緒になって覗き込むと、棒の刺さった試験管のような器がずらりと並んでいる。花岡から手渡された試験管を、橘は興味深く見つめた。
「――明日から夏休みか」
試験管を手で少し温め、棒を引き抜く。淡い黄色の細長いアイスキャンディだ。
「花岡は夏休み何す……すっっっぱ!!」
言葉の途中で橘は思わず叫んでしまった。
「レモンまんまじゃねえかこれ!」
「第2科学室に砂糖とかないので……」
咳き込みながら睨む橘に、花岡は悪びれず笑いながら答える。……その笑顔に免じて許してしまえるのがちょっと癪だ。
「……橘くんは夏休み、何するんですか」
「短期バイトでプールの監視員するくらいしか決まってないかな」
ふたり並んで扇風機を浴びる。濡れた髪を通り抜ける風は、ほんのりレモンの香りで心地よい。
「花岡は?」
「祖父母の田舎に帰るのと、店の手伝いですかね」
それを聞いて、橘はふと気がつく。……そういえば花岡の店に行ったことがない。
一緒に帰っても、学校から徒歩圏内の花岡と電車通学の橘は途中で別れるのだ。
「じゃあ夏休み店遊びに行くわ」
「――ええ?!」
橘が何気なくそう言うと、花岡は驚いたように尻もちをついた。
「え、そんなに嫌だった?」
「嫌じゃない!けど……」
花岡は真っ赤になった顔を手でパタパタと仰いでいる。
「まあまあ。顔ちょっと見に行くだけだからさ」
「……今まで、家に友達とか来たことなくて」
照れ隠しなのか、花岡はおもむろに立ち上がってカーテンを開けた。痛いほどの強烈な日差しが部屋に差し込む。
「恥ずかしいけど、ちょっと嬉しいかも」
――振り返ったその花岡の笑顔が眩しくて、橘は思わず目を細めた。
レモンの酸っぱさを、一瞬忘れる眩しさだった。