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 冬は慌ただしく過ぎてゆく。
 なんとか第一志望に合格した橘は、残りの自由登校期間をバイトと物件探しで埋めていた。
 進学先は東京の私大。地元から通えないこともないが、通学にかかる時間を考慮して1人暮らしをすることにした。
 結局、やりたいことなんか見つからなかった。それでも、進んでみるしかない。
 バイトと物件サイト巡りの合間、橘は自室の机の引き出しを開ける。
 そこには花岡から貰ったビターオレンジとカモミールのブレンドアロマが入っている。
 受験勉強中はマグカップに入れた熱湯に垂らし、受験本番の日はハンカチに染み込ませて持っていった。やり方は花岡から直接教わった。いつの間にか、残りが少なくなっている。
 学校へ行く機会もなくなり、花岡と最後に顔を合わせたのは12月初めだ。それでも、この香りを嗅ぐと色々なことを思い出す。
 花岡の受ける国公立入試は私大より遅い。気になってはいたが、余計なプレッシャーになっても嫌なので連絡をあまり取っていなかった。
 花岡の受験が、うまくいきますように。
 例えそれが別れを意味していても、橘は純粋にそう願っていた。

 


 卒業式を間近に控えた3月上旬のことだった。
 『明日、空いてますか』
 バイト終わり、夜道で光るスマホのメッセージ。――眩しくて、少しだけ不安で、でも浮き足立つ。メッセージを見ただけで、こんな気持ちになる相手はただ1人だ。
 『20時までバイトがあるからその後でいい?』
 その返答に、スタンプではなく『大丈夫です』と返してくるのが花岡らしい。