1週間後、6月になり大阪も梅雨入りした。しとしとと降る雨は飲食店のみならず商売人の天敵である。とは言え、世都と龍平くんは粛々と開店準備をする。今日も雨だった。
それでも高階さんはいつもの様に「よぅ」と訪れ、サマーゴッデスの日本酒ハイボールをお供に、ゴーヤチャンプルーでお食事を楽しんでいた。
ゴーヤチャンプルーは言わずと知れた沖縄県の郷土料理だが、ゴーヤがお手軽に買える季節になると、やはり作りたくなる一品だ。
世都は作りやすい様にアレンジを施している。豚ばら肉を炒め、種とわたを取ってスライスしたゴーヤ、一口大にカットした厚揚げを炒め、日本酒と砂糖、お醤油とお塩にこしょうで調味をしてから削り節をたっぷりと混ぜ込んで、仕上げに卵でとじる。
ゴーヤは苦味が苦手な人も多いが、世都はそれもゴーヤの良さだと思っている。なのでお砂糖やお塩で揉んだり茹でたりせずに、そのまま使うのだ。
ゴーヤの味わいが際立ってはいるものの、豚肉と厚揚げから出る旨味、そして卵が全体をまとめて、一体になるのだ。削り節がゴーヤの癖を和らげてくれるのである。
そんな雨天の、お客さまがちらほらなときに相川さんは畠山さんを伴って来店した。20時ごろだった。
「いらっしゃいませ」
「こんばんは」
「こんばんは」
笑顔で迎えた世都に、ふたりは微笑んでぺこりと頭を下げた。そのままするりとカウンタ席に腰を降ろす。
「嫌なお天気になりましたねぇ。雨は大丈夫でした?」
「はなやぎ」は商店街のアーケード内にあるので、雨の様子は分からないのだ。
「今は小雨ですよ。駅出てすぐに軒先に入ってまえば濡れませんし」
「あ、そうですね」
岡町駅の正面にも店舗が並んでいるのだが、それらも岡町商店街の一部で、軒先テントがあるのだ。そのまま商店街のメイン通りに繋がっているので、入ってしまえば雨に濡れる心配は無い。
世都が冷たいおしぼりを渡すと、ふたりは「ありがとうございます」と受け取り、さっそく手を拭いた。
「ああ〜、気持ちええわぁ。もう湿度も高くなってきてますもんねぇ」
畠山さんはそう言いながら目を細めた。
「不快ですよね。うちで少しでも涼んでってくださいね。お食事はもうされました?」
「はい。畠山くんのご両親と4人で。そう、その話をしたくて」
相川さんと畠山さんは目を合わせて頷き合う。そして、真っ直ぐな目を世都に向けた。
「あの、私たち、どうにか結婚できることになりそうなんです」
その朗報に、世都は「あら、まぁ!」と破顔した。
「それはおめでとうございます! 良かったですねぇ」
「いろいろ話を聞いてくれはって、ありがとうございました。何とかなりそうです」
「畠山さんのお母さまも、賛成してくれはったんですねぇ」
すると、ふたりは苦笑いを浮かべる。もしや、まだお母さまには認められていないのだろうか。でもそれなら結婚は難しいのでは無いだろうか。
「これは、僕もドン引きしてしもたんですけど」
お母さまは相川さんの存在を知らないとき、息子である畠山さんに良い結婚相手を見つけてあげたくて、結婚相談所に相談していたそうだ。そのときに紹介してくれた女性が数人いたのだが、釣書だけでは信用できず、興信所に頼んで過去のことから調べ尽くしたらしいのだ。
確かにこれには世都も引いてしまう。母親というのはそこまでするものなのだろうか。しかし畠山さんが、それだけお母さまに大事にされているということだけは確かなのだろう。
「まぁ、そりゃあ釣書には悪いことなんか書かはれへんでしょうけど、紹介してもろた人が、学生時代にいじめしとったとか、逆にいじめられとったとか、ギャルやったとか、そういう人がごろごろで、母のお眼鏡には叶わんかったらしいです。父も知らんかったみたいで、今日聞いて驚いてました」
世都は少しの違和感を感じたが、今は口を挟むまいと、小さく頷いた。
「で、私に引き合わされて、うちの家庭環境を知って、最悪やて思いはったらしいんですけど、私自身に非が無かったこと、何より畠山くん自身が選んだ人間やから、まぁぎりぎりええわって思わはったそうで」
「……あの、もしかしてお母さま、相川さんにも興信所を?」
世都が恐る恐る聞くと、畠山さんは途端に顔をしかめる。
「はい。ほんまに失礼な話ですよ。そりゃ過去にいじめしとったなんて褒められたことや無いし、引っかかるんも分からんや無いです。でも学生時代っちゅうか若いころなんて、誰でも何かしらあったり無かったりしますよ。さすがに犯罪とかやったらきついですけど。いや、いじめでもきついですけどね」
「でも、お母さまが興信所に頼んでくれはったお陰で、私にそういうことが無いって分かったんやから、ええ様に考えようと思って」
「そりゃあ相川は大変やったんやから、そんなことしてる暇無いやろ。そもそもそんな人間性や無いんやし」
「ありがとう」
相川さんが微笑み、畠山さんはほっとした様に口角を上げて頷く。良かった、ふたりで幸せになれるのだ。本当におめでたいことだ。何かお祝いができたら良いのだが。
「……ん? いじめしとった方があかんのは分からんでも無いんですけど、いじめられとったのもあかんのは、何かあるんですか?」
世都が違和感を感じたことを聞くと、畠山さんは「あー」とまた苦笑して頭を掻いた。
「いじめられるんは、それなりの理由がある。それが母の持論です」
「ああ……」
なるほど。ということは、お母さまはいじめる側の人なのだなと納得できた。これは本当に嫁いびりに発展しかねない。つい心配になってしまう。だがきっと畠山さんが守ってくれるだろう。
それでも高階さんはいつもの様に「よぅ」と訪れ、サマーゴッデスの日本酒ハイボールをお供に、ゴーヤチャンプルーでお食事を楽しんでいた。
ゴーヤチャンプルーは言わずと知れた沖縄県の郷土料理だが、ゴーヤがお手軽に買える季節になると、やはり作りたくなる一品だ。
世都は作りやすい様にアレンジを施している。豚ばら肉を炒め、種とわたを取ってスライスしたゴーヤ、一口大にカットした厚揚げを炒め、日本酒と砂糖、お醤油とお塩にこしょうで調味をしてから削り節をたっぷりと混ぜ込んで、仕上げに卵でとじる。
ゴーヤは苦味が苦手な人も多いが、世都はそれもゴーヤの良さだと思っている。なのでお砂糖やお塩で揉んだり茹でたりせずに、そのまま使うのだ。
ゴーヤの味わいが際立ってはいるものの、豚肉と厚揚げから出る旨味、そして卵が全体をまとめて、一体になるのだ。削り節がゴーヤの癖を和らげてくれるのである。
そんな雨天の、お客さまがちらほらなときに相川さんは畠山さんを伴って来店した。20時ごろだった。
「いらっしゃいませ」
「こんばんは」
「こんばんは」
笑顔で迎えた世都に、ふたりは微笑んでぺこりと頭を下げた。そのままするりとカウンタ席に腰を降ろす。
「嫌なお天気になりましたねぇ。雨は大丈夫でした?」
「はなやぎ」は商店街のアーケード内にあるので、雨の様子は分からないのだ。
「今は小雨ですよ。駅出てすぐに軒先に入ってまえば濡れませんし」
「あ、そうですね」
岡町駅の正面にも店舗が並んでいるのだが、それらも岡町商店街の一部で、軒先テントがあるのだ。そのまま商店街のメイン通りに繋がっているので、入ってしまえば雨に濡れる心配は無い。
世都が冷たいおしぼりを渡すと、ふたりは「ありがとうございます」と受け取り、さっそく手を拭いた。
「ああ〜、気持ちええわぁ。もう湿度も高くなってきてますもんねぇ」
畠山さんはそう言いながら目を細めた。
「不快ですよね。うちで少しでも涼んでってくださいね。お食事はもうされました?」
「はい。畠山くんのご両親と4人で。そう、その話をしたくて」
相川さんと畠山さんは目を合わせて頷き合う。そして、真っ直ぐな目を世都に向けた。
「あの、私たち、どうにか結婚できることになりそうなんです」
その朗報に、世都は「あら、まぁ!」と破顔した。
「それはおめでとうございます! 良かったですねぇ」
「いろいろ話を聞いてくれはって、ありがとうございました。何とかなりそうです」
「畠山さんのお母さまも、賛成してくれはったんですねぇ」
すると、ふたりは苦笑いを浮かべる。もしや、まだお母さまには認められていないのだろうか。でもそれなら結婚は難しいのでは無いだろうか。
「これは、僕もドン引きしてしもたんですけど」
お母さまは相川さんの存在を知らないとき、息子である畠山さんに良い結婚相手を見つけてあげたくて、結婚相談所に相談していたそうだ。そのときに紹介してくれた女性が数人いたのだが、釣書だけでは信用できず、興信所に頼んで過去のことから調べ尽くしたらしいのだ。
確かにこれには世都も引いてしまう。母親というのはそこまでするものなのだろうか。しかし畠山さんが、それだけお母さまに大事にされているということだけは確かなのだろう。
「まぁ、そりゃあ釣書には悪いことなんか書かはれへんでしょうけど、紹介してもろた人が、学生時代にいじめしとったとか、逆にいじめられとったとか、ギャルやったとか、そういう人がごろごろで、母のお眼鏡には叶わんかったらしいです。父も知らんかったみたいで、今日聞いて驚いてました」
世都は少しの違和感を感じたが、今は口を挟むまいと、小さく頷いた。
「で、私に引き合わされて、うちの家庭環境を知って、最悪やて思いはったらしいんですけど、私自身に非が無かったこと、何より畠山くん自身が選んだ人間やから、まぁぎりぎりええわって思わはったそうで」
「……あの、もしかしてお母さま、相川さんにも興信所を?」
世都が恐る恐る聞くと、畠山さんは途端に顔をしかめる。
「はい。ほんまに失礼な話ですよ。そりゃ過去にいじめしとったなんて褒められたことや無いし、引っかかるんも分からんや無いです。でも学生時代っちゅうか若いころなんて、誰でも何かしらあったり無かったりしますよ。さすがに犯罪とかやったらきついですけど。いや、いじめでもきついですけどね」
「でも、お母さまが興信所に頼んでくれはったお陰で、私にそういうことが無いって分かったんやから、ええ様に考えようと思って」
「そりゃあ相川は大変やったんやから、そんなことしてる暇無いやろ。そもそもそんな人間性や無いんやし」
「ありがとう」
相川さんが微笑み、畠山さんはほっとした様に口角を上げて頷く。良かった、ふたりで幸せになれるのだ。本当におめでたいことだ。何かお祝いができたら良いのだが。
「……ん? いじめしとった方があかんのは分からんでも無いんですけど、いじめられとったのもあかんのは、何かあるんですか?」
世都が違和感を感じたことを聞くと、畠山さんは「あー」とまた苦笑して頭を掻いた。
「いじめられるんは、それなりの理由がある。それが母の持論です」
「ああ……」
なるほど。ということは、お母さまはいじめる側の人なのだなと納得できた。これは本当に嫁いびりに発展しかねない。つい心配になってしまう。だがきっと畠山さんが守ってくれるだろう。