怒涛の定期テストを終えて柚月はホッと息をはいた。
公武のおかげで物理もなんとかこなすことができた。
チラリと前を見る。
黒板近くで陽翔が友だちとはしゃいだ声を出している。柚月の視線に気づいて笑顔で手を振ってくる。学祭のことなどなかったようにいつもどおりだ。それはきっと陽翔なりの優しさなのだろう。
──だからって、わたしまでいままでと変わらずに接したら、ますます陽翔くんを傷つけちゃうわよね。
柚月は自重してそっとほほ笑み返すにとどめた。
その柚月へ「はい、進路調査書だって」と仁奈が用紙を差し出した。
「高二でもぼやぼやするなってことかな」と亜里沙も用紙を手にしていた。仁奈が続ける。
「柚月、どこにするの?」
「……考えているところはあるんだけど」
「お父さんのところにすればいいでしょ。地質学だっけ? とりあえず北海道の大学だったら総合入試の理系?」
「いやよ。絶対に落ちられないでしょ」
「確かに」と二人は笑う。
「仁奈は医学部? 亜里沙は?」
「大阪の大学の看護学部かなあ」
へ? と柚月は声を裏返す。
「亜里沙、大阪へいっちゃうのっ?」
「柚月だって道外でもいいんだよ?」、「そうだよ、海外でもいいんだし」と二人にけしかけられて「そうなんだけど」と歯切れが悪くなる。
「ひょっとして本当に道外で海に関する研究がやりたいとか?」
「そ、そんなこと、思っていないわよ」
「……思っていたんだ」
「でもやっぱり──海は駄目だし」
そっか、と二人も声を小さくする。
なんでもないような顔を作ってあらためて進路希望調査書を見る。
進路かあ。どうしようかなあ。今度のおにぎり会のときに公武さんへ相談してみようかなあ。迷惑かなあ。
ところがだ。
土日のどちらかでおにぎり会をやるものとばかり思っていたけれど、「次回のおにぎり会は来週にしていただけませんか」と公武から連絡が入った。別件の仕事でどうにも抜けられないという。
「もちろん構いません」と返信をしながら、なんだか身体の力が抜けていく。
「人に頼らず進路は自分でちゃんと考えろってことよね」
ほうっと息をはく。
そっか。今週は公武さんに会えないのか。
自分でも驚くほど残念だった。
翌週になるとテストの返却がはじまった。
自己採点でだいたい予想はしているものの、現実を目の当たりにしてクラス全体がざわついていく。
陽翔もそのひとりで、テストが戻るたびに「柚月はどうだった?」と絡むありさまだ。いつもどおりの光景なのだが──。
それに眞帆の視線が加わった。
学祭で陽翔へ告白をしていたらしい例の女子だ。
その眞帆が、陽翔が柚月へ絡むたびに射るような視線を向けてくる。
それにたまらず陽翔へ生返事をすると「なんだよ柚月、つれなさすぎでしょ」と陽翔はますます絡んでくる。
ひたすら身を縮めるだけの柚月の態度にヤケになったのか。
札幌でも真夏日になったその日、陽翔が吠えた。
「海へいきたいーッ」
「おー、いいねえ海」、「夏だからねえ~」と適当な声があがる。
「明日の土曜はどうだ?」、「俺は模試だ」、「オレはその次の週だからいけるわ」、「ほんじゃいっちゃう?」、「私もいけるよ」、「じゃあウチも」と次第に話はまとまっていく。
気をよくした陽翔は満面の笑顔で柚月へ近づいた。
「柚月もいこうぜ」
「わたし、海はちょっと……」
「なんでよ。石狩の海にメノウがとれる海岸があるんだよ。絶対楽しいぞお」
「そっか、楽しんできて」
「だから一緒にいこうって。柚月もメノウを見たいだろう?」
「うん。でも、やっぱ駄目かな」と断るけれど、「いいでしょ。いこうよ」と陽翔は粘る。
ああもう、と仁奈が陽翔の前へ出る。
「海っていうけど、陽翔くんって明日は模試じゃないの?」
う、と陽翔はひるむ。仁奈はうんざりとした顔で、「それに」と小声で続けた。
「彼女といけば?」
へ、と陽翔は目をしばたたく。
それからハッとした顔で柚月を見て「いないし」と答えた。
それって、と柚月は目を見張る。うしろから「……柚月のために振ったってこと?」と亜里沙の声が聞こえた。
仁奈も視線を揺らしてから「だけど」と声を出す。
「そもそも柚月は海へいけないんだよ」
「どういうこと」
「お父さんから禁止されているんだって」
仁奈が柚月へ振り向いて、柚月も「うん」と続いた。
「小さいころからずっとなの。父に、海へいっては駄目って」
「どうして」
「──母が海で命を落としたから」
あ、と陽翔の顔がこわばる。
数秒、息を止めたみたいに固まって、「……ごめん」と絞り出すような声を出した。
「おれ、知らなかったから。だったら──そっか。おれ、ずっと柚月にひどいことをいっていたんだね。本当にごめん」
ううん、と柚月は小さく首を振る。
けれど陽翔は見たこともないほど深刻な顔になった。口元を手で抑えて「おれって最低でしょ」とつぶやきながら席へ戻っていく。なんとなく後味が悪い。
不意に仁奈が耳元でささやいた。
「『可哀そう、申し訳ないな』なんて思う必要はないよ」
「へっ?」
「柚月はなんにも悪くないから。陽翔くんに同情する必要はないってこと」
「そうそう。同情と愛情を勘違いしないで、柚月は自分が一番大切だって思う人と一緒にいたらいいんだよ」
亜里沙の言葉に「……わたしは」と口ごもると仁奈が柚月の肩へ手をまわしてきた。
「あわてる必要はないし、誰かに気兼ねすることもないよ。気持ちはゆっくり育てていけばいいんだよ」
うなずいた亜里沙が「実はさ」と小声で続けた。
「これは学祭のときにいいかけて、結局いわなかったことなんだけどさー」
そうだ、と顔を跳ねあげた。学祭で地震にあう前に二人がいいかけていたことがあった。
「学祭前からかな。眞帆からあんたと陽翔くんのことをあれこれ探りをいれられていたのよ」
「学祭のあともね」と仁奈が加える。
「あたしたちからあんたに陽翔くんを振るようにいってくれとかなんとかさ。もっと勝手なこともいわれたわ。もちろん断ったら、いろいろと嫌がらせをしてくれていたわけ」
嫌がらせ? と息をのむ。
「──ぜんぜん気づかなかった。ごめん。わたしはなにもいわれなかったから」
「あんたが謝ることじゃないでしょ。それに、あんたって計り知れないところがあるからね。あの子も怖くて声をかけられなかったんでしょ」
えー、と声をあげると、「それにさ」と仁奈は声を落とした。
「眞帆が学祭で陽翔くんを押しとおして彼女になったのならさ。彼女がいるのにあんたにいいよる陽翔くんが悪いわけで、眞帆に同情もしていたんだけど」
「でも彼女じゃないでしょ。ただの嫌がらせでしょ。腹立つわー」と亜里沙も鼻息をあらくする。
そんなことがあったのか。わたし、知らないところで二人に守られていたんだなあ。「ありがとう」と声が震える。
「それで? 話ってそれだけ? ほかにもいいかけていたことがあったわよね。それは?」
ああ、と二人とも一変して照れた顔になる。「えっと、それはですね」とはにかみながら亜里沙が口を開いた。
「あたしたち、彼氏ができたんだー。部活関係でね。仁奈は先輩であたしは後輩」
「なにそれ、聞いてない」
「照れくさくてですね」
「もうなんなの。おめでとうー」と柚月は二人へ抱きついた。「そういうわけだから」と仁奈がしんみりとした声を出す。
「私たち、あんたにも幸せになってもらいたいのよ。陽翔くんであれ、公武氏であれ」
「は? えっと、その」
「だから急がなくてもいいんだよ、ちゃんと自分のことを考えて選ぶんだよーって話だよ」
わかった? と二人して顔をのぞき込んできた。
二人の気持ちが嬉しくて、柚月は「うん」と力強くうなずいた。
*
そして迎えた土曜日。
ようやく公武とのおにぎり会だ。
巌は今日も不在だ。学生の野外調査の付き添いだった。
これは春先から予定に入っていたので「なんだってお前らはそんなにちょくちょく研究会するんだよ」と巌は柚月へ八つ当たりをして出かけていった。
公武は相変わらず早くきていたようで、天陣山の斜面で柚月へ丁寧に頭をさげる。
「先週は大変失礼しました。蓄電池チームから制御プログラムの微調整を急遽頼まれまして。納期ギリギリとのことで三日くらいほぼ徹夜で過ごしていました」
「そんなに? 大変でしたねえ」
「柚月さんにおにぎりを見ていただけなくて大変残念でした。その思いをぶつけて今回はこちらをお持ちしました」
見せられたのは大きなトッピング具材が乗ったおにぎりだった。おにぎり自体もサイズが大きめだ。
「どうぞ」とうながされてひと口頬張る。中にもタラコがたっぷりと入っていた。
「これは食べごたえがありますねえ。おいしい」
「よかった。社内でも好評なんです」
ホッとしたように公武は目尻をさげる。
「僕の目指すふんわりおにぎりについても、だんだん理解を得られるようになってきまして、あともうひといきで社長というか専務の試食にまでこぎつけそうです」
「やっぱり最後は専務さんの判断なんですか? 専務さんってどんな方なんですか?」
「僕をこの会社へ誘ってくださったかたです」
「専務さんだったんですか」
大変な恩師であるとは聞いていた。公武さんは義理堅そうだもの。そういう人の誘いなら断れないだろうなあ。
そう思ってお茶をすすったときだった。
「あれ?」
サコッシュ中のスマートフォンが振動した。
一回ではない。二回三回、いや、止まらない。
あわててスマートフォンを取り出し表示させる。
「ええっ?」
そこに表示されていた未読メッセージ数は百近く。
クラスグループのSNSだ。それとは別に仁奈と亜里沙とのグループアカウントからもメッセージがあった。
それを見て目を見張る。
──陽翔くんが行方不明なんだって。
公武のおかげで物理もなんとかこなすことができた。
チラリと前を見る。
黒板近くで陽翔が友だちとはしゃいだ声を出している。柚月の視線に気づいて笑顔で手を振ってくる。学祭のことなどなかったようにいつもどおりだ。それはきっと陽翔なりの優しさなのだろう。
──だからって、わたしまでいままでと変わらずに接したら、ますます陽翔くんを傷つけちゃうわよね。
柚月は自重してそっとほほ笑み返すにとどめた。
その柚月へ「はい、進路調査書だって」と仁奈が用紙を差し出した。
「高二でもぼやぼやするなってことかな」と亜里沙も用紙を手にしていた。仁奈が続ける。
「柚月、どこにするの?」
「……考えているところはあるんだけど」
「お父さんのところにすればいいでしょ。地質学だっけ? とりあえず北海道の大学だったら総合入試の理系?」
「いやよ。絶対に落ちられないでしょ」
「確かに」と二人は笑う。
「仁奈は医学部? 亜里沙は?」
「大阪の大学の看護学部かなあ」
へ? と柚月は声を裏返す。
「亜里沙、大阪へいっちゃうのっ?」
「柚月だって道外でもいいんだよ?」、「そうだよ、海外でもいいんだし」と二人にけしかけられて「そうなんだけど」と歯切れが悪くなる。
「ひょっとして本当に道外で海に関する研究がやりたいとか?」
「そ、そんなこと、思っていないわよ」
「……思っていたんだ」
「でもやっぱり──海は駄目だし」
そっか、と二人も声を小さくする。
なんでもないような顔を作ってあらためて進路希望調査書を見る。
進路かあ。どうしようかなあ。今度のおにぎり会のときに公武さんへ相談してみようかなあ。迷惑かなあ。
ところがだ。
土日のどちらかでおにぎり会をやるものとばかり思っていたけれど、「次回のおにぎり会は来週にしていただけませんか」と公武から連絡が入った。別件の仕事でどうにも抜けられないという。
「もちろん構いません」と返信をしながら、なんだか身体の力が抜けていく。
「人に頼らず進路は自分でちゃんと考えろってことよね」
ほうっと息をはく。
そっか。今週は公武さんに会えないのか。
自分でも驚くほど残念だった。
翌週になるとテストの返却がはじまった。
自己採点でだいたい予想はしているものの、現実を目の当たりにしてクラス全体がざわついていく。
陽翔もそのひとりで、テストが戻るたびに「柚月はどうだった?」と絡むありさまだ。いつもどおりの光景なのだが──。
それに眞帆の視線が加わった。
学祭で陽翔へ告白をしていたらしい例の女子だ。
その眞帆が、陽翔が柚月へ絡むたびに射るような視線を向けてくる。
それにたまらず陽翔へ生返事をすると「なんだよ柚月、つれなさすぎでしょ」と陽翔はますます絡んでくる。
ひたすら身を縮めるだけの柚月の態度にヤケになったのか。
札幌でも真夏日になったその日、陽翔が吠えた。
「海へいきたいーッ」
「おー、いいねえ海」、「夏だからねえ~」と適当な声があがる。
「明日の土曜はどうだ?」、「俺は模試だ」、「オレはその次の週だからいけるわ」、「ほんじゃいっちゃう?」、「私もいけるよ」、「じゃあウチも」と次第に話はまとまっていく。
気をよくした陽翔は満面の笑顔で柚月へ近づいた。
「柚月もいこうぜ」
「わたし、海はちょっと……」
「なんでよ。石狩の海にメノウがとれる海岸があるんだよ。絶対楽しいぞお」
「そっか、楽しんできて」
「だから一緒にいこうって。柚月もメノウを見たいだろう?」
「うん。でも、やっぱ駄目かな」と断るけれど、「いいでしょ。いこうよ」と陽翔は粘る。
ああもう、と仁奈が陽翔の前へ出る。
「海っていうけど、陽翔くんって明日は模試じゃないの?」
う、と陽翔はひるむ。仁奈はうんざりとした顔で、「それに」と小声で続けた。
「彼女といけば?」
へ、と陽翔は目をしばたたく。
それからハッとした顔で柚月を見て「いないし」と答えた。
それって、と柚月は目を見張る。うしろから「……柚月のために振ったってこと?」と亜里沙の声が聞こえた。
仁奈も視線を揺らしてから「だけど」と声を出す。
「そもそも柚月は海へいけないんだよ」
「どういうこと」
「お父さんから禁止されているんだって」
仁奈が柚月へ振り向いて、柚月も「うん」と続いた。
「小さいころからずっとなの。父に、海へいっては駄目って」
「どうして」
「──母が海で命を落としたから」
あ、と陽翔の顔がこわばる。
数秒、息を止めたみたいに固まって、「……ごめん」と絞り出すような声を出した。
「おれ、知らなかったから。だったら──そっか。おれ、ずっと柚月にひどいことをいっていたんだね。本当にごめん」
ううん、と柚月は小さく首を振る。
けれど陽翔は見たこともないほど深刻な顔になった。口元を手で抑えて「おれって最低でしょ」とつぶやきながら席へ戻っていく。なんとなく後味が悪い。
不意に仁奈が耳元でささやいた。
「『可哀そう、申し訳ないな』なんて思う必要はないよ」
「へっ?」
「柚月はなんにも悪くないから。陽翔くんに同情する必要はないってこと」
「そうそう。同情と愛情を勘違いしないで、柚月は自分が一番大切だって思う人と一緒にいたらいいんだよ」
亜里沙の言葉に「……わたしは」と口ごもると仁奈が柚月の肩へ手をまわしてきた。
「あわてる必要はないし、誰かに気兼ねすることもないよ。気持ちはゆっくり育てていけばいいんだよ」
うなずいた亜里沙が「実はさ」と小声で続けた。
「これは学祭のときにいいかけて、結局いわなかったことなんだけどさー」
そうだ、と顔を跳ねあげた。学祭で地震にあう前に二人がいいかけていたことがあった。
「学祭前からかな。眞帆からあんたと陽翔くんのことをあれこれ探りをいれられていたのよ」
「学祭のあともね」と仁奈が加える。
「あたしたちからあんたに陽翔くんを振るようにいってくれとかなんとかさ。もっと勝手なこともいわれたわ。もちろん断ったら、いろいろと嫌がらせをしてくれていたわけ」
嫌がらせ? と息をのむ。
「──ぜんぜん気づかなかった。ごめん。わたしはなにもいわれなかったから」
「あんたが謝ることじゃないでしょ。それに、あんたって計り知れないところがあるからね。あの子も怖くて声をかけられなかったんでしょ」
えー、と声をあげると、「それにさ」と仁奈は声を落とした。
「眞帆が学祭で陽翔くんを押しとおして彼女になったのならさ。彼女がいるのにあんたにいいよる陽翔くんが悪いわけで、眞帆に同情もしていたんだけど」
「でも彼女じゃないでしょ。ただの嫌がらせでしょ。腹立つわー」と亜里沙も鼻息をあらくする。
そんなことがあったのか。わたし、知らないところで二人に守られていたんだなあ。「ありがとう」と声が震える。
「それで? 話ってそれだけ? ほかにもいいかけていたことがあったわよね。それは?」
ああ、と二人とも一変して照れた顔になる。「えっと、それはですね」とはにかみながら亜里沙が口を開いた。
「あたしたち、彼氏ができたんだー。部活関係でね。仁奈は先輩であたしは後輩」
「なにそれ、聞いてない」
「照れくさくてですね」
「もうなんなの。おめでとうー」と柚月は二人へ抱きついた。「そういうわけだから」と仁奈がしんみりとした声を出す。
「私たち、あんたにも幸せになってもらいたいのよ。陽翔くんであれ、公武氏であれ」
「は? えっと、その」
「だから急がなくてもいいんだよ、ちゃんと自分のことを考えて選ぶんだよーって話だよ」
わかった? と二人して顔をのぞき込んできた。
二人の気持ちが嬉しくて、柚月は「うん」と力強くうなずいた。
*
そして迎えた土曜日。
ようやく公武とのおにぎり会だ。
巌は今日も不在だ。学生の野外調査の付き添いだった。
これは春先から予定に入っていたので「なんだってお前らはそんなにちょくちょく研究会するんだよ」と巌は柚月へ八つ当たりをして出かけていった。
公武は相変わらず早くきていたようで、天陣山の斜面で柚月へ丁寧に頭をさげる。
「先週は大変失礼しました。蓄電池チームから制御プログラムの微調整を急遽頼まれまして。納期ギリギリとのことで三日くらいほぼ徹夜で過ごしていました」
「そんなに? 大変でしたねえ」
「柚月さんにおにぎりを見ていただけなくて大変残念でした。その思いをぶつけて今回はこちらをお持ちしました」
見せられたのは大きなトッピング具材が乗ったおにぎりだった。おにぎり自体もサイズが大きめだ。
「どうぞ」とうながされてひと口頬張る。中にもタラコがたっぷりと入っていた。
「これは食べごたえがありますねえ。おいしい」
「よかった。社内でも好評なんです」
ホッとしたように公武は目尻をさげる。
「僕の目指すふんわりおにぎりについても、だんだん理解を得られるようになってきまして、あともうひといきで社長というか専務の試食にまでこぎつけそうです」
「やっぱり最後は専務さんの判断なんですか? 専務さんってどんな方なんですか?」
「僕をこの会社へ誘ってくださったかたです」
「専務さんだったんですか」
大変な恩師であるとは聞いていた。公武さんは義理堅そうだもの。そういう人の誘いなら断れないだろうなあ。
そう思ってお茶をすすったときだった。
「あれ?」
サコッシュ中のスマートフォンが振動した。
一回ではない。二回三回、いや、止まらない。
あわててスマートフォンを取り出し表示させる。
「ええっ?」
そこに表示されていた未読メッセージ数は百近く。
クラスグループのSNSだ。それとは別に仁奈と亜里沙とのグループアカウントからもメッセージがあった。
それを見て目を見張る。
──陽翔くんが行方不明なんだって。