「彩子ー!」
校庭に響き渡る威勢の良い先生の怒鳴り声が、耳を直撃する。
「なーんですかーー!」
負けじと声を張り上げると、登っていた桜の木の頂上にいた雀たちが鳴きながら飛んでいってしまった。先生はこちらに竹刀を持ち、駆け寄ってくる。
「貴様ー!なーに木に登っとるんじゃーーー!」
今はお昼休憩の時間だというのに、ちっとも休めやしない。
先生方は休みたくないのだろうか。
「せんせーも登ってみてくださいよー。気持ちいいですよ」
「女がこんなことをして恥ずかしくないのかー!このじゃじゃ馬が!さっさと降りてこい!」
恥ずかしいも何もこの前、親戚の2つ年上のたえちゃんからもらった髪飾りをカラスに取られ、偶然、桜の木にある鳥の巣にそれらしきものがあったから、登っただけだ。結局取り返すことができたが、新品だった髪飾りは小汚くなってしまった。そして降りれなくなった。
木の枝で足を擦りむいたり、手に刺さったりでいいことなんてないかと思ったが、案外風が気持ちよく、桜の木が揺れる音は穏やかになれる。
どうせ降りれたところで、木に登っとるなとか、髪飾りを持ってくるなとかで、あの竹刀で叩かれるに決まっている。
「はよ降りんか!馬鹿者!」
「じゃあ、どうやって降りればいいんですか」
「飛び降りろ!」
そこまで高くもないし、運動神経はいいほうだから、飛び降りれることには飛び降りれる。だが、その一歩が出ない。
「嫌ですよー!」
こんなことで弱音なんか吐くほど腰抜けじゃない。
「もう知らん!勝手にしろ!」
そう言って、校舎のほうへ戻っていく。様子を見に来た友達や野次馬も戻るよう牽制される。
まぁ、呑気に空でも見とくかと一人日向ぼっこをする。まだ桜の花が咲き誇っている。耳をすませば、鶯の鳴き声が聞こえてくる。
 どれくらいたっただろう。うっかり昼寝をしてしまっていたようっだ。
ふと、カツカツと正門の方からスーツを着た男の人が入ってきた。二十歳前後くらいだろう。こんな女学校に何用かとじっと見る。
こちらの視線に気づいたようで、その男は顔を上げた。色白で格好良くもなく平凡な顔だ。真顔でこちらを見てくる。
「……降りれないのか?」
それだけ言ってこちらの返事を待つ。なんと無愛想な男だろうか。
「降りれるけど降りないだけです」
無愛想な男にはそれ相応の態度で返してやる。
「お前、嫁の貰い手がいないやろ」
堪忍袋の緒が切れた。
「はいぃー!?女子(おなご)に向かって…」
言いかけてる最中にその男は両腕を広げて立っている。
「ほら、受け止めてやるから」
怖いだなんて言ってないし、飛び降りれないだなんて一言も言ってない。けれどその男は真面目な顔して待っている。
「あぁ、もう!」
こうなったら飛んでやる。目を瞑って思いっきり踏み込む。
目を開けるとしっかりと受け止めてくれている男の意外と逞しい肩があった。
「ありがとう、ございます」
躊躇いがちに御礼を言う。なんやかんや助けてもらって照れくさい。
「重い」
「一言余計や!」
さっきまで赤くなったのが馬鹿みたいだ。
「それじゃ、さよなら」
「さよなら」
できれば二度と会いたくない。そう神様にお願いしながら、校舎に戻った。