太ももに振動を感じ、ポケットからスマホを取り出す。
やる気のない視線をスマホ画面に落とした。
メッセージが届いたお知らせあり。奏多からだ。
テニスの全国大会用の戦術でも思いついたのだろうか。
試合が始まるのは夏休みに入ってから、まだ1か月以上も先のこと。
戦術を話し合うのは対戦相手が決まってからにすると奏多は言っていたけれど、気が変わったのかもしれないな。
とりあえず読んで、とりあえずスタンプだけ返して、あとは学校で話せばいいか。
スマホの画面に浮き上がるアイコンをタップし、奏多からのメッセージを目で追いかける。
『トーナメント表見た? 球技大会の』
すでに各クラスに配られているのか。
うちの高校で行われるクラス対抗球技大会は、来週に迫っているしね。
『テニスでお前とダブルス組む萌黄って、さっきバス停にいた奴だよな?』
その通り、輝星のことだけど……
って……
ん? ダブルスを組む? 俺と?
『ペアの片方はテニス部員以外って決まりあるけど、あいつテニスできるわけ?』
待って待って、俺は小倉くんとペアを組む予定だよ。
『絶対にお前と決勝で当たりたい。萌黄を徹底的に鍛えとけよ』
メッセージはそれで終わっている。
追加でカンガルーがパンチを繰り出すスタンプが送られてきたけれど、頭の中がハテナだらけの俺はスタンプ一つ返す心の余裕すら持ち合わせていない。
動揺する心臓を落ち着かせたくて、目をしばたかせながら胸に手を当てた。
なんで奏多はとんでもない勘違いをしているの?
輝星はテニスには出ないよ。
彼は男女混合のドッチボールメンバーなんだから。
添えられていたテニスのトーナメント表を、指で拡大してみた。
目を見開いてしまったのは、あるはずもない【萌黄】の文字を見つけたからだ。
しかも俺の名前の斜め上に。
もともと俺の隣には別の名前が書いてあったようで、黒ペンで消された上に、手書きの後付けで【萌黄】と記されている。
俺とダブルスを組むのは中学までテニス部だった小倉くんのはず。
最近休みがちでまだ一度も一緒にボールを打ち合ってはいないけれど、ペアに決まった時、頑張ろうねってお互いグータッチを決めたじゃないか。
体の震えが止まらない。
手違いであってほしい。
いや、奏多のことだ。
俺を騙すためにトーナメント表に手を加えたとも考えられる。
テニスというスポーツは敵を騙して点を取るスポーツだと俺は思っていて、県大会優勝を果たした俺と奏多も人を騙す術にたけていると思うから。
小学校の時に俺と輝星のペアがテニスでいい結果を残せなかったのは、輝星が人を騙せない綺麗な心の持ち主だったからだろうな。
幸せだったころが詰まった思い出箱に片足を突っ込んだところで、手に持っていたスマホが震えだした。
今度は奏多からのメッセージじゃない。
うちのクラスの体育大会委員をしている堀北くん。
焦る気持ちのまま画面を開く。
びっくりするほどの長文羅列で面を食らったのち、心臓をいったん落ち着かせとようと窓の外の夜空を見上げた。
闇夜に白く輝く月が俺を見つめている。
さっきまで隠れていたくせに。
アタフタする俺を楽しみたいんだろうなと思ったら、折れそうなほど細い月がにやけた人間の口に見えてきた。
今は癒しが欲しいのに意地悪だな、今夜の月は。
心の安定を諦め、俺は再び文字羅列に視線を戻す。