どうやら二人の仲の良さは生徒公認のみたいだ。
髪がゆるふわな輝星は、まとっている雰囲気が陽だまりぬくぬくの癒し系。
背が低くて華奢な体格に、大きな瞳にかかる長いまつげ、愛くるしい幼顔。
心にスッと入り込む絶妙の距離感で優しく微笑まれたら、男女先輩後輩関係なくみんな好感をもってしまうようだ。
そして先生たちのお気に入りでもある。
『萌黄は将来、幼稚園の先生なんてどうだ? 子供からも保護者からも好かれること間違いなしだ』
『私は介護のお仕事が合うと思うの。老人ホームに慰労に行った時、輝星くん大人気だったでしょ。うちの孫と結婚してくれ。むこに入って欲しいなんて、みんなから腕をぐいぐい引っ張られていたし』
と、輝星の前で進路指導を始めたと思ったら
『何言ってるの先生たち! 人に好かれる才能を活かすなら、アイドルしかないでしょ!』
と、アイドルオーディションの紙を輝星の目の前に突きつける生徒までいて。
輝星はオロオロのタジタジで。
『僕は栄養士になりたいんです。先生とか介護士とかアイドルにはなりませんから』
困り果てたように両手を振る輝星を陰から見て、俺は再認識したんだ。
もう輝星は俺だけのものじゃない。
どんどん俺から離れて行っちゃうんだなって。
人に好かれる才能を持つ輝星に対し、鈴木流瑠さんも人気者という点ではひけをとらない。
気持ち釣り気味な目もと。
凛とした黒い瞳。
ストレートで綺麗な黒髪は前髪と一緒に高い位置で結われ、一見性格がきつそうなポニーテール美女に見えるのだが、見た目と性格のギャップに沼ってしまう生徒は数知れず。
困っている人を見かけた瞬間に猛ダッシュ。
『手伝うよ』
『こんな重い荷物、職員室から一人で運んできたの? 偉すぎ』
『お礼なんて全然いらないいらない。あっ、じゃあこうしない? 今度校内で私と目が合ったらニコッて笑って、それがお礼。ねっ、いいでしょ?』
『やった、約束ね』
地声の大きさから、流瑠さんの声しか俺の耳に届かないことが多いけれど、いろんなところに目を向け、いろんな人に笑顔を振りまくところは輝星と同じだなって、俺も流瑠さんを一人の人間として尊敬している。
そう、いい人なんだ。
いい人なだけに俺は苦しいんだ。
輝星が心を許している相手が嫌な人だったら、思う存分憎めるのに。
……なんて、中学に入る前に輝星を突き放し傷つけた俺が、こんなことを想う資格なんてないんだけどね。
バスの窓枠にひじをのせる。
手の甲に頬をあて、悲哀に染まる瞳で夜空を見上げてみた。
なに自分勝手なことを思っているんだと、呆れてしまったんだろう。
月は隠れてしまった。
闇夜に広がる雲の後ろでほんのりと光をこぼすだけ。
バスの揺れが不快でたまらない。
6年前に固めた俺の決意を崩そうとする。
あの頃は、お互い関わらないことが輝星のためだと思いこんでいた。
俺が今まで通り独占していたら、輝星がいつか天国に行ってしまうんじゃないかと怖くてたまらなかった。
一緒にいたくて。大好きで。手放したくなくて。
俺だけの世界に閉じ込めたくて。
輝星にも同じ思いでいて欲しくて。
でも怖くて。死なないで欲しくて。守ってあげたくて。輝星には幸せになって欲しくて。
いろんな感情に襲われた小6の俺は、嫌われるくらい酷く輝星を突き放すことで、輝星の幸せを願っていたんだ。
高3になった輝星は今、彼女ができて幸せそうだ。
あの時の決断は間違っていなかったと、宝物を手放した小6の俺を褒めてあげたい。
ただ……
毎日が苦しい。
同じ教室に自ら手放した大事な人がいる状況。
みんなに愛される笑顔を、輝星はクラスみんなに振りまいている。
休み時間や昼休みは、誰も入れないような楽しい空気を流瑠さんと二人で作り出している。
俺には笑いかけてくれなくて。
俺も俺で笑顔を作れなくて。
冷たい目を輝星に突き刺すことしかできなくて。
やっぱり一緒にいたくて。
小学校の頃に戻りたくて。
輝星の瞳に俺だけを映して欲しくて。
他の人には笑いかけないでほしくて。
はぁぁぁぁぁ。
俺の重すぎる恋心は、死んでも来世にまで引き継がれそうだな。
いっそ今すぐ生まれ変わって、輝星を思う存分愛する人生をやり直したい。
俺のメンヘラ闇落ち度が増してしまったからだろう。
月を隠す雲が、さらに厚みを増した。
今夜の月は情けない俺を慰めるつもりはないらしい。
ふふふ、当たり前か。