流瑠ちゃんは隠れ腐女子だ。
 僕以外には完璧に隠し通しているらしい。
 場をわきまえている。
 そういう話になるとちゃんと声のトーンを落としているあたり、さすが成績上位者。

 そんな彼女にはこの高校に推しカプがいる。
 これまでの会話でわかっているとは思うが、もう一度伝えておこう。
 流瑠ちゃんが脳内で愛してやまないカップルこそ、霞くんと僕なんだ。
 僕らの名前2文字を取って【カステラ】と命名したのが小5の時というから、カプ()でに年季が入っている。

 腐の沼に落とした張本人が僕という事実を聞いて頭を下げたこともあるが、本人は幸せらしく、腐女子に変化した瞬間から脳内バラ色に染まるようになったそう。
 『人生に潤いをありがとう』と、高校の入学式で初めて言葉を交わした時に感謝されてしまった。
 その時は説明不足で、いったい何のこと?と首をかしげたのだが。

 小5から中3まで脳内で僕たち推しカプを勝手に妄想しすぎたせいで、会話をしない現実の僕たちが許せなくなってしまうみたい。
 そう言われても僕を避けたのは霞くんの方。
 僕は今でも霞くんのことが大好きだし……



 どうして腐女子ちゃんって、好物の話になると舌が回っちゃうんだろう。
 ニコニコウキウキしているから、言葉を遮るのも罪な気がして。

 「カプ名ってね攻めが先で受けが後。カステラで言うとテラっちは受けだね」

 いや、遮らせて。

 「あのさ、なんでもBLに置き換えるのやめて」と、今度は僕がほっぺをプクり。

 笑顔キープの僕が流瑠ちゃんには負の感情もさらけ出せるから、いい意味でストレス発散になってるんだけど。

 「テラっちってさ、髪の毛が柔らかなユルフワじゃん。筋肉も脂肪もあんまなくて。背がちっちゃいわ目がグリグリのまん丸だわ。見た目からしてわかりやすい受けなんだけど」

 男なのに女の子寄りの外見って言いたいわけね。
 自覚あり、耳痛ですがなにか。

 「マンガだったら私は俺様受けにしびれるんだよ。顔強魔王様系なのに好きな人だけには甘えるみたいな。そのギャップよくない?」

 見た目も性格も俺様とは無縁の僕。
 流瑠ちゃんの期待に沿えずすみません。

 「あっ、テラっちはそのままでいいからね。推しカプ同士が幼なじみってだけでおいしいんだから。これでテラっちが優雅な王子様の霞くんに甘えてくれたら、胸キュンで脳が破裂して死神に魂を持ってかれるかもな。良い! それ味わいたい! あっ、その時は救急車よろしくね」

 ほんと腐女子ちゃんは妄想力が半端ないな。
 その偉大な妄想で世界平和が実現できるのではないかと、本気で思える時があるし。

 「流瑠ちゃん、魂は大事してよ」

 僕の口から冷たいため息がもれる。
 つっこんだ数秒後、遅れてブハッと笑いがこみあげてきた。

 推しカプにキュンキュンしたせいで脳が破裂してもいいと思っているの?
 アハハ、流瑠ちゃんの脳内をのぞいてみたいよ。
 頭をメスで解剖して。いやいやグロテスクすぎ~

 「あっ、いま私をバカにしたでしょ」

 「違う違う」と手を振りながらも、目じりにたまった笑い涙をサッと拭いさる。

 「琉瑠ちゃんが瞳を輝かせながらありったけの熱量で好きを語りつくすから、幸せそうでなによりだなってしみじみ浸ってただけ」

 僕と霞くんのイチャイチャを妄想されるのは恥ずかしいから、やめて欲しかったりするけれど。

 「テラっちさ、今年の夏も制服の半袖着ない気? 長袖暑くない? もうみんな衣替えしてるよ」

 突然流瑠ちゃんが話題を変えたせい、笑いの熱が急速冷凍。悲しみがヌモっと顔を出す。
 作り笑いが顔に張りつけられなくて、長めの前髪で目を隠した。

 もう僕は期待しないって決めたんだ。
 どうせ霞くんに選ばれない。友達にも恋人にも。
 校内だけならまだしも、たまに一緒になる狭いバスの中でも無視されまくっているのがその証拠。

 期待って残酷なんだよ。
 輝かしい未来像がモクモクと膨らむほど、裏切られた時のショックは計り知れない。
 ハートがめった刺しに斬り刻まれてしまうんだ。

 だから僕は、霞くんと奏多くんを推しカプと思い込むことにしたわけで。
 【カスミソウ】が本当に付き合ってくれれば、霞くん以外の人を好きになれるかもと微かな期待を持ってしまっているわけで。

 はぁぁぁ。 
 霞くん以外を好きになれる日なんて、この先来るのかな……

 「なんか今、睨まれた気がする」

 なんのことと、僕は首をひねる。
 ポニーテールを揺らしながら、流瑠ちゃんはテニスコートを指さした。

 「霞くんだよ、こっち見てた。やっぱりテラっちに気があるって」

 いやいや、それはない。
 僕が外に視線を向けている今まさに、奏多くんと笑い合っているわけだし。

 「私が推しカプを壊すなんて絶対に嫌だからね」

 「僕と霞くんの縁はもう繋がってないよ。それに僕は霞くんのことなんて好きじゃない」

 「ほんと?」

 疑い深いジト目やめて。
 右腕がぶり返したように痛みだしちゃう。

 「……あっ、うん。好きじゃない、好きじゃない」と、髪が行ったり来たりするほど頭をブンブンブン。

 「いま間があった」

 鋭すぎ。この子は僕の心を読めるエスパーなの?

 「すぐに返事できなかったのは、卵こぼしそうだったから」

 「動揺しすぎて菜箸で高速カシャカシャしてる。卵泡立ってる。テラッちあやしい」

 「だから何度も言ってるでしょ! 僕の推しカプは霞くんと奏多くん! 僕と霞くんは地雷カプ!」

 「ふ~ん、俺様系の奏多くんが受けなんだ」

 「嬉しそうにニマニマしないで。流瑠ちゃん経由でしかBLの知識が入ってこない僕には、攻めとか受けとかわからないから!」


 お願いだから流瑠ちゃんやめて。
 僕の恋心を放っておいて。
 変にかき乱さないで。

 霞くんが僕を毛嫌いしているのは現実なの。
 あからさまに避けられているの。

 もう限界。しんどい。恋心を捨て去りたい。

 なんで僕、霞くんなんかを好きになっちゃったんだろう。