泣きそうな顔でベンチに座る輝星を、もう一度瞳に映す。
うつむいてはいるものの、頬に涙の痕がはっきりと残っているのがわかる。
輝星にこんな顔をさせたいんじゃない。
本当はずっとずっと笑っていて欲しい。
輝星は人を幸せにするエンジェルスマイルの持ち主だから。
キラキラな笑顔を引き出せるのが、唯一、俺だけだったらいいのに……
輝星の隣で、輝星の笑顔を独り占めできたらいいのに……
輝星のことが自分よりも大事だからこそ、輝星を自分のものにしてはダメだと思えてくる。
輝星が使ってと伝えたくて、真っ赤な折り畳み傘を輝星の隣に置いた時だった。
ふいに流瑠さんの笑顔が浮かんだのは。
『私、カステラが最推しなの!』
『その時思ったんだ。お互いがお互いのことを大事に思っている、素敵なカプだなって』
『てらっちを守ってあげてね、カスミ王子!』
ポニーテールを揺らす流瑠さんが再び脳内に浮かび、ハッとする。
無性に、おびえて委縮している自分のメンタルを殴りたくなった。
しっかりしろと怒気を飛ばし、拳を食い込ませたくなった。
何を俺は恐れていたんだろう。
流瑠さんの言う通りだ。
これから先、俺が全力で輝星を守ればいい。
輝星が俺のために自己犠牲を払わないよう俺自身が気をつけ、輝星をとことん愛すればいいだけのことだったんだ。
まさか恋敵と思っていた相手の言葉で、目が覚めるとは。
思ってもみなかった出来事に、額に手を当て溜息をもらす。
俺は再び表情を引き締めると、ベンチに置かれた折り畳み傘を手にした。
愛情色に染まった目が覚めるような真っ赤な傘。
勢いよく開き、勢いよく軒下から飛び出し、雨粒が跳ねる場所まで駆けていく。
なんで俺がわざわざ雨の中、傘を開いて立っているんだと不思議に思っているんだろうな、輝星は。
自分の想いを伝えたい。
怖いとか輝星の幸せとかそんなのなしで、俺の心に綴じ目込め続けた愛情だけを言葉にしたい。
湧き上がる欲が俺の表情筋を押し上げていく。
輝星に好かれたい。
大好きという感情に囚われ弱気になっていた俺自身もひっくるめて、大好きになって欲しい。
最上級の笑顔をうかべ、俺は輝星をまっすぐに見つめた。
「大好きだよ、輝星」
笑顔にさらに甘さを追加してみる。
はちみつトロトロのハニーボイスでささやいても、輝星は困惑を隠せない様子。
「そんなはずないでしょ。だって霞くんは僕のことなんて……」と、目を見開いて。
「大好きすぎて怖かった。自分のせいで輝星を失いたくなかった」
「本当に僕のことが好きなの?」
「そうだよ。出会ったころから、1秒も途絶えることなくね」
涙がにじみ出した輝星の瞳。
「僕だって霞くんのこと……出会ったころからずっと大好きだもん……」
両想いだとわかった嬉しさがこみあげてきて、俺は傘を持たない方の手を広げる。
「知っていると思おうけど、俺は嫉妬深いんだ。独占欲が強いし、輝星への執着はえげつないと自分でも思う。そんな俺で良かったら、輝星、俺を選んでよ。一生俺の隣にいて。輝星を溺愛する権限を俺だけに与えて」
手を広げたまま微笑めば、輝星の頬にとめどなく涙があふれだし
「僕の方が霞くんへの愛が大きいからね。出会ったころから僕が勝ちつづけているんだからね」
子供のように泣きじゃくり、俺の胸に飛び込んできて。
本当に可愛いな輝星はと、傘を見っていない方の腕で抱きしめる。
一つだけ言いたいことがある。
輝星ごめん、君は間違っているよ。
俺の愛情の方が大きいに決まっているんだ。
でも今は幸せな空気を壊したくないから、反論しないであげるけど。
「雨の中、一本の傘の下でぬくもりを確かめ合いたいのは、輝星だけだよ」
俺が耳元で囁けば、輝星は顔を俺の胸に押し当てたままうんうん頷いて。
弱っているけれどちゃんと意志を示してくれるその姿が可愛くてたまらなくて、俺は抱きしめる腕に力を込めた。
本当はずっとこのままでいたいけれど……でも……
あることを思いつき、「ねぇねぇ」輝星の腕を軽く叩く。
潤んだ大粒の瞳が俺を見上げた。
――ほんと可愛い。
――キュンとしすぎて死神に魂を持って行かれそうになったよ。
心停止を免れた俺は、王子様風の笑顔を輝星だけに咲かせる。
「このまま校庭を通って、校舎に入ろうか」
「相合傘で? 傘、こんな真っ赤なだよ 霞くんは女子たちに王子様認定をさているんだから、絶対に目立っちゃうよ」
「俺は目立ちたい」
「え?」
「輝星と推しカプ認定をされたいんだ」
「推しカプ認定って……流瑠ちゃんから?」
「高校のみんなから」
「僕たちが付き合っているって、みんなに伝えるってこと?」
「そうすれば誰も、輝星を俺から奪おうなんてしないと思う。野生のオス感が強い奏多であっても」
「なんで奏多くんの名前が出てきたの?」
「いいからいいから、ほら校舎に戻ろう」
「待って待って、本当に相合傘のまま行くの? みんなに注目されちゃう。まだ心の準備ができてないから!」
一本の真っ赤な傘のした、逃がさないとばかりに俺は輝星の肩を抱く。
「地雷カプじゃ絶対にダーメ」
「え? 霞くん、それなんのこと?」
「フフフ。輝星もちゃんと、カステラを押しカプ認定してね」
「……うっ、嬉しいけど……恥ずかしすぎだよ」
はちみつみたいに甘い俺の声は、輝星の顔だけじゃなく、首筋や耳までも赤く染め上げたのでした。