どれだけ懺悔してもしきれない。
 火事の前にタイムスリップできたらと、何度願ったことだろう。

 俺は輝星を強く責めたてていい人間じゃなかった。
 反省の念にかられ、背を丸めベンチに座りこむ。

 苦しそうに瞳を陰らす俺を、見ていられないのだろう。
 輝星は小さいころから俺の負の感情に敏感で、俺を笑顔にしようと必死になるタイプだから。

 輝星は申し訳なさそうに眉を下げると

 「僕の方こそムキになってごめんね。霞くんは何も悪くないよ。燃えた家具が倒れてきたせいだから」と、隣に座り俺の顔を心配そうにのぞき込んできた。

 「火事の時、輝星は俺をかばってくれた。倒れてきた家具を腕で受け止め、俺に覆いかぶさってくれた。おかげで俺は無傷だった。でも輝星は腕に酷いやけどを負って……」

 俺が悔し目を突き刺したのは輝星の右腕。
 ジャージの長い袖でやけど跡は見えないが、右腕の広範囲がただれているに違いない。

 俺が輝星を傷つけてしまった。
 やけどの激痛で悶えさせてしまった。

 炎が燃え盛る部屋の中で、俺が転んでしまったから。
 だから輝星が身をていして、俺を守らなければいけなくなったんだ。
 
 小6の時の自分が許せない。
 いや、そもそもの発端は幼稚園の時からだろう。
 俺が輝星を好きにならなければ、独り占めしたいくらい大好きにならなければ……

 過去も今も、悪いのは全て俺なんだ。
 こんな俺が輝星のそばにいたらダメなんだ。
 俺が隣にいたら、また輝星に不幸地獄に突き落とされてしまう。

 笑顔が作れずため息が止まらない。
 そんな俺のもとに降ってきたのは、穏やかな癒し声だった。

 「霞くんは勘違いをしてる。僕はこのやけどの跡が大好きなんだよ」

 そんなはずは……

 「ただれた肌を見ていると、こんな僕でも霞くんを助けられたんだって嬉しくなる。僕にとっては勲章なの」

 たぶん輝星は今、俺を笑顔にするために太陽みたいなキラキラスマイルを輝かせているんだろう。
 でもごめん、俺は笑えない。
 顔すら上げられない。
 太ももにひじを押し込み、合わせた手の平に額をあて、ただただ地面を見つめてしまう。

 「そういうところだよ、俺が輝星から離れようと思ったのは」

 「そういうところ?」と飛んできたハテナに、俺は頷いた。

 俺の罪をなにもわかっていない輝星に、自分の醜さを暴露しなければ。
 永遠に縁を切られるくらい嫌われることを覚悟のうえで、俺は言葉を紡ぐ。

 「俺が悪いんだ。輝星と幼稚園で出会ってから俺は輝星を洗脳した」

 「僕、洗脳なんてされてないよ」

 「輝星を独り占めしたくて、俺以外と遊んでほしくなくて、輝星に甘い言葉をたくさん吹きかけて、俺だけを選んでくれたら頭を撫でて、大好きってたくさん伝えて。俺の執着のせいで、輝星の感覚がマヒしてしまったんだ」

 「僕の感覚が……まひって……」

 「輝星は自分よりも、俺を大事にするようになった」

 「当たり前だよ、だって自分の命より霞くんの方が大事だもん」

 「そういうところが怖いんだ」

 「何がいけないの? 自分より大事なものがあることは幸せなことだって、本に書いてあったよ」

 「輝星は火の中に飛び込んで……倒れてきた家具から俺を守ってくてれ……」

 「さっきも言ったけど僕は誇らしかった。霞くんのことも霞くんの宝物も守れたこと。あっでも、メダルは焼け焦げて形と色が変わちゃってて、本当は原型そのままで霞くんに渡してあげたかったのに」

 「二人で火事のアパートから脱出したあと、輝星は倒れたでしょ?」

 ふらついたと思ったら急に倒れて。
 コンクリートに体を打ちつける前に俺が抱きとめたけれど、意識がなくて。
 名前を叫んでも体を揺すっても、輝星は目を開けてくれなくて。
 
 「ものすごく怖かった。生きた心地がしなかった。もう二度と輝星は目を覚まさないんじゃないか。輝星が死んじゃったらどうしようって」

 「……霞くん」

 「倒れている輝星が天国に行ってしまう気がして、最悪な結末ばっかり脳裏によぎって、俺は怖くて怖くて、早く目覚めてよって願っても願っても輝星は目を閉じたままで」

 「……」

 「駆けつけた救急隊員がこの子は大丈夫だよって言ってくれたけど、輝星を乗せた救急車がそのまま輝星を天国に連れて行っちゃう気がした。もう輝星とは話せなくて、テニスもできなくて、笑顔も見れないんじゃないかって、俺は涙を流すことしかできなくて……自分が無力で悔しくて……輝星を助けたいのにって……」

 「でも僕は大丈夫だったでしょ。病院で処置してもらって、その日中に目覚めた。侮らないで、僕の生命力」

 重い空気を一掃しようと輝星は笑い声を弾ませてくれたけれど、俺の気分は沈んだままだ。
 表情筋までダダ下がりのまま。

 「俺と一緒にいたら、輝星がまた命を投げ出すかもしれない。俺を守ろうととっさに動いて、その一瞬で命の火が消えるかもしれない。それが怖かった。だから中学に上がる前、俺は輝星から離れることにした。輝星の人生を断ち切るのが俺自身なんて、絶対に嫌だったから」

 本心を伝え終えた俺なのに、まだ心のモヤモヤがはれてはくれない。
 沈黙を選んだのは俺だけじゃない。
 輝星も苦しそうな顔でうつむいている。

「小学校までの俺は、輝星のことが大好きすぎたんだ。俺の執着のせいで死の淵に追い詰めて、本当にごめん」

「大好きだったって……やっぱり過去形なんだね……」

「え?」