幼稚園で出会って、輝星は俺に懐いてくれた。
 誰よりも俺を優先してくれるようになった。

 友達よりも俺。
 家族よりも俺。

 そうなるように輝星を調教したのは俺自身で、他の友達と輝星が話しているだけで嫉妬して、俺以外と遊ばないでとくぎを刺し、輝星が俺と一緒にいるときには、王子様笑顔を振りまきながら輝星をたくさんほめて、頭を撫でて、抱きしめて。
 アメと鞭を使い分けながら、俺にしか懐かないように輝星のマインドを変えていったんだ。
 そして……
 俺の愛情沼につき落とされ溺れた輝星が行きついてしまったのは、自分の命を捨ててでも俺を助けたいという自己犠牲の領域。
 やりすぎだったと懺悔したのは、輝星の命の炎が燃え尽きそうになったあの時だ。

 「僕がいつか死んじゃうかもって……そんなことで僕をさけてたの?」

 信じられないと言わんばかりに、輝星の表情が歪んでいる。

 そんなこと?
 輝星の命より大事なものなんてない。
 わかってもらいたい俺は、眉尻を上げ語気を強める。

 「実際に輝星は、炎が燃え広がった部屋に飛び込んで行っちゃったでしょ! 輝星が焼け死んだらって怖くなったあの時の俺の気持ち、なんでわらかないの!」

 荒らげた声は予想以上の鋭さだった。
 怖の色に染まった輝星の瞳が震えている。
 俺は「大声を出してごめん」と頭を下げ、輝星から視線をそらす。

 小6の時、俺はアパート暮らしだった。
 アパートと言っても期間限定で、家を建て替えている間だけの借り住まい。

 学校帰りだった。
 ランドセルを背負いながら、輝星と俺のアパート近くに来た時だった。
 自分が住むアパートの方から黒煙が上がっているのを見つけたのは。
 輝星とともに走った。
 嫌な予感は的中。
 燃えていたのは俺たち家族が住む3階建てのアパートで、家事の様子を眺めている人はいるものの、まだ消防車は到着していない。

 顔面蒼白で携帯を耳に押し当てた大家さんが、俺を見つけて駆け寄ってきた。

 『良かった、霞くんが無事で』

 大家さんは俺の肩を両手でつかむと

 『君の家族も仕事に行っていて無事だよ。他の住民の安否確認も取れてる。学校帰りの霞くんだけが、アパートの中に取り残されていないか心配だったんだ。でも良かった、無事で良かった』

 心から俺の心配をしている大家さんは『もうすぐ消防車が来てくれる。危ないから絶対にアパートに近づかないでね』と残し、また誰かに電話を掛けながら去っていって。

 ――俺の部屋が燃えてる
 
 現実が受け入れられずに放心状態だった俺は、つい悲しみをこぼしてしまったんだ。

 『輝星が作ってくれた金メダルが燃えちゃう……俺の宝物なのに……』と。

 輝星が俺のそばにいないと気づいたのは、視界に黒いランドセルが映りこんだから。

 ――輝星のランドセルだ。

 『危ないからアパートに入るな! 焼け死ぬぞ! オイ、戻ってこい!』と男性の怒鳴り声が鼓膜に突き刺さって。
 顔を上げたら、遠くに見えるアパートの階段を輝星が駆けあがっていて。

 ――俺が「金メダルが燃えちゃう」なんてつぶやいたからだ。
 ――輝星が炎に焼かれ、苦しみながらあの世に行ってしまったらどうしよう……

 恐怖でいてもたってもいられなくなった俺は「火の中に飛び込んだらダメだ!」と止める大人たちの声を振り切り、燃えるアパートの中に駆けこんだ。


 6年まえに体験した恐怖がよみがえり、二度とあんな地獄は味わいたくないと目をつぶった現在の俺は、部室棟前に置かれたベンチに浅く座りなおす。
 唇を噛みしめ、声を鋭く尖らせた。

 「いつだって輝星は俺を優先した! 自分の命より俺の笑顔を大事にした! あの時だって、まさか火の中に飛び込んでいくなんて!」
 
 輝星はベンチに座りうつむいたままだ。
 地面に転がった石を足の裏で転がしながら

 「だって僕が作ってプレゼントした金メダルが燃えちゃうって……絶望した顔で霞くんが立ち尽くしていたから……喜んでほしくて……」 
 
 ふてくされたように唇を尖らせている。

 ねぇ、なんでわかってくれないの?

 「輝星がくれた金メダルは、間違いなく俺の宝物だった!」

 テニスの試合で結果が残せない俺のために、粘土と金色の折り紙で一生懸命作ってくれたもの。
 死ぬまで大事にする自信すらあった。

 「でも、輝星の命の方が俺にとって大事だったんだよ!」

 また俺のわめき声で輝星を責めてしまった。
 輝星は納得できないらしい。
 勢いで腰を上げた俺の前に、物申したい顔の輝星が立ったかと思うと、ほっぺに空気を詰め込み

 「僕だってあの時、信じられなかったよ。なんで僕を追いかけて火の中に飛び込んできたの? アパートの外の安全な場所で待ってて欲しかったんだよ!」と、責めるように人差し指を俺に突き刺してきて。

 もちろん俺も黙っていない。
 さらに声を荒らげる。

 「輝星が煙を吸い込んで倒れたらどうしようとか、炎に包まれて焼かれたらどうしようとか、最悪なことを考えるに決まってるでしょ! 俺に安全な場所で待っててほしかった? 無理だよ! いてもたってもいられなかったんだよ! でも……」

 高ぶる感情を輝星にぶつけた俺は、あの時の後悔にさいなまれ肩を落とした。
 こわばっていた上半身の力が抜け、脱力しながら溜息を吐く。

 確かに俺の行動は軽率だった。
 輝星を助けなきゃと、必死に輝星を追いかけて火の中に飛び込んだのに……

 「俺のせいで、輝星の腕に二度と消えないヤケドの跡を刻みつけてしまった……」