中学に上がる前、輝星を避けるようになった理由か……
ベンチに座ったまま、俺は瞳を閉じた。
言葉にするのが怖い。
本心を話して輝星にどう思われるのか。
悪い方に想像してしまい、胃がギューッと縮こまる。
でもわかって欲しい自分もいるんだ。
俺は輝星を嫌ってなんかい。
輝星に幸せになって欲しくて距離をとった。
今でも大好きなんだよって。
体操服の袖が引っ張られたと気づき、まぶたを開ける。
俺を見あげた輝星。
「僕は霞くんに嫌われるようなことしをちゃったの?」
泣きそうな瞳を弱々しく揺らしている。
違う。
輝星は悪くない。
全部俺のせいなんだ。
切なる想いを吐き出せない俺に愛想を尽かせたのか、輝星は俺から視線をそらした。
泣き出しそうな顔でうつむいていて、膝に乗せた拳をガタガタと震わせている。
「嫌われてるってわかってたのに……霞くんは僕の顔なんてもう見たくないってわかってたのに……同じ高校を受験してごめんね……」
雨音にかき消されそうな弱り声を、一音も聞き漏らしたくない俺の耳が一生懸命拾う。
まさか輝星は、俺と同じ高校に通いたくてここを受験したの?と聞き返したくてたまらない。
「一緒の高校に入ったら……また親友に戻れるかもって……霞くんが僕に笑ってくれるかもって……期待しちゃって……」
確かに輝星がこの高校を選んだのは意外だった。
俺はスポーツ推薦。
テニスを極める環境が整っていることに魅力を感じ、迷いもなくこの高校を選んだ。
だが俺たちの地元から、この高校を受ける人はほぼいない。
私立高校のうえ、偏差値が高すぎる。
テストで学年5位以内に入らないと合格は厳しいとさえ言われていて、制服のオシャレさゆえこの高校に憧れを持つ同級生はたくさんいたが、中学の先生に「オマエはもう少し偏差値が低い高校にした方がいい」と指導され泣く泣く諦めた生徒を俺はたくさん見てきた。
そしてなにより通学が大変だ。
バスで往復1時間半もかかってしまう。
輝星は誰にでも笑顔を振りまくコミュ力モンスターだが、勉強がそこまで秀でてはいない。
中学の定期テストでも真ん中あたり。
だから多くの人が行く、地元の公立高校に通うものだと俺は思い込んでいたんだ。
この高校に受かったということは、輝星は受験のためにガムシャラに勉強に励んだということになる。
必死に勉強をしてまでこの高校に入った理由が、俺だったなんて。
信じられない。
中学3年間、俺に拒絶されて続けていたじゃないか。
それなのに……
「でも霞くんは……」と空気が小さく震え、輝星に焦点を合わせる。
「高校に入って奏多くんと仲良くなって……奏多くんとたくさん笑い合ってて……僕とは目も合わせてくれなくて……」
顔を見られたくないのか、輝星はベンチに腰かけたまま俺に背を向けた。
「小学校までは言ってくれてたのに……輝星以外の友達なんていらないって……だから輝星も、俺以外と仲良くしないでって……」
肩が小刻みに震えている。
声も辛そうに震えている。
輝星を守りたい。
その一心で輝星から離れたけれど、大好きな人をこれほどまでに傷つけていたんだな。
死ぬまで心の中に閉じ込めておくつもりだった想い。
他人に打ち明けるのを拒んできた本心。
意を決して、俺は雨音に溶かした。
「……怖かったんだ」
はぁぁぁと深いため息を吐いたのち、輝星が俺を注視している気配を肩越しで感じとった。
視線を合わる勇気が出ないまま、俺は穏やかに言葉を続ける。
「輝星は俺を守るためなら、簡単に命を投げ出そうとするでしょ?」
予想外だったのか、輝星の瞳孔が開く。
「このまま一緒にいたら、いつか輝星は俺のために死んじゃうんじゃないかと思った。そう思ったら怖くて怖くてたまらなくなった。だから中学に入る前に決めたんだ。輝星とは距離をとろうって」