☆霞side☆

 輝星の肩に手を回し、大好きな人と二人きりになれる軒下に輝星を連れてきた俺。
 ベンチに座らせたまではいいが、輝星は隅っこで震えている。

 大やけどを負わせてしまった俺のことを、今でも許せないんだろう。
 泣きそうな顔でうつむく輝星は、俺を一切見ようとはしない。
 じっと足元を見つめ、とにかく苦しそうで。
 なんて声を掛ければ、輝星の笑顔が引き出せるのか。
 考えてはみるものの、6年間も無視し続けてきただけに正解が全くわからないんだ。

 輝星と流瑠さんは付き合っていない。
 それがわかった瞬間、心の底から嬉しかった。
 キスも俺の勘違いだった。
 安どのため息が止まらなかった。
 大好きすぎるからこそ悪い方への想像が膨らんでしまったんだと思うと、恋心というのは感情を脅かす悪魔なのかと恐ろしくなる。
 
 そして言われた。
 俺のことが今でも大好き。
 一緒にテニスができるなんて嬉しすぎだと。

 舞い上がる恋心。
 暴走気味にエンジンをふかす独占欲。

 告白されたと勘違いした俺は、輝星を後ろから抱きしめて、俺だけのものにしようと強引に人気のない部室棟に連れてはきたものの、輝星の横に座っている今、とてつもない後悔に襲われている。

 冷静になって勘違いに気がつくなんて、どれだけ舞い上がっていたんだろう。
 さっきのは輝星からの告白なわけがない。

 輝星が俺を拒絶しているのは一目瞭然だ。
 クラスメイトに振りまくような無邪気な笑みなんて、俺には見せてはくれない。
 今も俺の隣に座り、ただただ気まずそうに、ただただうつむき続けるだけ。
 
 そういえば輝星は小さいころから、俺を喜ばせるためにオーバーな言葉を使う男子だったな。
 『僕は今でも霞くんのことが大好き』という言葉も同様だろう。
 流瑠さんのヤケドしそうなくらいの情熱に戸惑う俺を気遣って、誇張表現をこぼしただけに決まっている。

 輝星に好かれるはずがないんだから、この俺が。
 小6で俺は輝星を拒絶した。
 そして拒絶の前には、一生消えることのない酷いヤケド痕を輝星の腕に刻みつけてしまった。


 「なんで霞くんは、僕を避けるようになったの?」


 震える声が耳に届き、目を見開く。
 弱りきった大きな瞳が、じっと俺を見上げていた。
 輝星は今にも泣きそうで、俺が何を言っても輝星の涙腺に刃物を突き刺してしまいそうな恐怖に襲われる。
 俺の声帯は震えることをためらってしまって、声が出なくて。

 輝星を悲しませたいわけじゃない。
 俺が輝星を笑顔にしたい。
 俺だけが、輝星を笑顔にできる唯一の存在になりたい。
 輝星を自分だけのものにしたいという欲張りすぎる感情を、俺は幼稚園の頃から変わらず持ち続けている。

 でも小6の時に気がついた。
 これは病的な執着だ。
 一途すぎる俺の恋心が輝星を不幸にしてしまう。
 手に負えないほど燃え上がる熱い愛情が、輝星を地獄に突き落としてしまう。

 いやいや、想像のように語るのは間違いか。
 だって俺は、実際に地獄に突き落としてしまった。
 輝星を死の淵に立たせてしまった。

 一歩間違えば輝星は死んでいたんだ。
 小6のあの日。
 燃え上がる炎の中で。